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8話

 おっさんは俺の格好を見てうんうんと頷いている。ひとしきり、着方が間違っているところを直してから、おっさんが何かを差し出してきた。

 ……四つ折りにされた妙にゴツゴツしたそれは、どうやら手紙のようだ。いや、俺この世界の字はわからないんだけど。……とりあえず広げてみる。


 ……こりゃ驚いた。この紙……たぶん羊皮紙だ……に書かれていた文字は、俺がよく知っている文字、アルファベットだった。英語ではなく、フランス語かスペイン語。あいにく俺はどちらもわからない。

 手紙の内容は置いておくとして、ひとつわかったことがある。


 この、地球ではないどこかの世界には俺と同じような状況の人間がいる、ということだ。手紙はそう古いものでもないみたいだし、これを書いた人物と接触したい。


 身振り手振りでこの手紙を書いた人物はいるか聞いてみた。……いや、手紙が残されている時点でここには、少なくとも近場にはいないんだろうけど。



 何度か紙に字を書く仕草を繰り返すと、どうやら大まかに意味は伝わったようだ。おっさんは軽く首を振り、親指を自分の首に当て、横に引いた。

 ……まあ、なんだ。もう死んでいるみたいだ。


 だけど、それでもいい。この世界に飛ばされたのが俺だけじゃないということは、他にもまだ生きている同じような人間がいるかもしれない。



 さて、これで装備は整った。正直不安しかないけど、そんな状況にはなれている。大学に入る前に就いていた仕事じゃ、もっとひどい状況の時もあった。その時と比べれば、言葉は通じないだけでこうやって世話焼いてくれる人がいるとかどんなチート使ったの? ってくらいの差がある。



 おっさんと一緒に武具の詰まった部屋をでた。一度建物を出て、すぐ隣に建てられた茅葺きの小屋に案内される。中には簡単なテーブルと藁を敷いたベッドがあった。テーブルの上には金属製の水差しが置いてある。りんごが二つ転がっていた。どうやらここで寝ろ、ということらしい。

 渡された頭陀袋には普通の固焼きパンと革の水筒に入った水、干し肉が補充されていた。水は五日分くらいはある。

 それらと一緒に地図まで入っていた。この村の周辺の地図で、所々に湧き出る水の絵がバツ印と一緒に描かれている。


「ありがとう」


 言葉は通じなくても、言っておかなきゃいけないことはあるだろ? 自己満足上等、この世の九割は自己満足なんだし。

 藁を敷いたベッドに横になる。掛け布団がないと眠れない派なので、マントを代わりに身体にかける。部屋に明かりはなかったけど、月明かりのおかげか、行動できなくなるほどではなかった。


 そういえば、ここに来てから星空を見上げてなかったな。野宿した時はいつも曇っていたし。今日は晴れているみたいだから月でも見てみよう。



 音を立てないように小屋の外に出る。季節は秋なのか、夜風が少し冷たい。履きっぱなしのジーンズのポケットからタバコを取り出す。入れっぱなしだったから取り出したタバコは少しへたっていた。

 買ったばかりでよかった。数が減ってたら箱の中で折れてたかもしれない。特に最後の一本が折れていた時の失望と言ったらない。それほど吸うわけじゃないからこその失望と言える。まあヘビースモーカーだってタバコが折れてたらがっかりするだろうけど。


 外は月明かりで仄明るい。村の外に広がる麦畑が銀色に輝いてる。今までの人生で見たこともないほど幻想的だ。


 タバコに火をつけ、一口大きく吸い込んだ。久しぶりのタバコはいつもより喉にしみる気がする。


 改めて夜空を見上げる。首を上げた途端、視界が星の海でいっぱいになった。

 邪魔になる光源がない時点で半ば予想してたことだけど、これは軽く予想を超えている。こんな数の星、今まで見たことがない。まさに空が星で埋め尽くされていると言ってもいいくらいだ。今日ほど視力が良くてよかったと思えた日はない。


 さらに驚いたのは、月が二つあることだ。まあ異世界物だとよくある話だけど、二つの月は離れたところに浮かんでいる。大きい方の青白い月は天頂に近いところに浮かんでいる。対して少し小さめの黄色がかった月の方は地平線にかなり近いところに浮かんでいる。

 なにも考えずにこうして夜空を見るなんて、日本にいた頃はやらなかったな。やろうと思えばできたはずだけど、誘惑が多すぎた。


 星空を眺めていて、一冊の本を思い出した。空に消えたフランス人が書いた『こどもだったことのある大人』の為に書かれた絵本だ。

 高校の時に買って、何回も読み返した本だ。その絵本の中に、こんな星空のことを書いたシーンがあるんだ。特にオチはない。本当に、ただ思い出しただけ。


 短くなったタバコを踏み消し、新しいタバコに火をつける。普段はあまり吸わないけど、今みたいに気分のいい時は二本吸うこともある。

 なんていうかあれだな、中世風の格好した男がタバコ吸ってるって、コスプレ上級者の人からしたら「世界観を壊す!」とか言われそうだけど。俺が喫煙者でタバコを所持していたんだから仕方ない。大麻とかマリファナを吸い出すよりいいだろう。

 ……あれかな、サイケデリック系のクスリを使ったら、もっと幻想的になるんじゃないだろうか。 

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