5話
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「あ、隊長。帝都が見えて来ましたよ」
「お、ほんとか。……おーあれか。なんだもうすぐそこじゃないか」
トルニが指差す方向に目を向けると、遠くに城壁に囲まれた街が霞んで見えた。
「帝都はかなり大きいですから、あれでもまだ一日は掛かります。今の進軍速度だとそれ以上はかかるかと」
マジかよ……。真ん中にある塔っぽいのとかかなりの高層建築物なんじゃないのか? だとしたら地球でもそうそう見かけないレベルの高さだ。やっぱり魔術とかそういう技術使われてんだろうな。そう考えるとわくわくしてきた……けどこれから巻き込まれるだろう政治的なゴタゴタを思うと急激に胃が痛くなって来る。
「さすがにここまで来たら襲撃はないだろ。むしろあったらわりとヤバい」
「私としてもそれは考えたくはないですね。……妻の実家の方も心配ですし」
そう言ってトルニは表情を歪めた。そういえばこいつの奥さんの実家って帝都の近くなんだっけ。こないだの騎士団の襲撃の事を考えるとかなり不安なんだろう。
「詳しい場所は聞いてないけど帝都に近いんだったら何かあってもすぐに逃げ込めるんじゃないのか?」
「ええ、有事の際は近郊の住民は帝都に避難することになっています。ですので、安全だとは確信しているのですがそれでも心配になってしまうものです。……隊長、前から何者かが近づいてきます」
トルニの声の調子が変わった。
俺は荷台の上で立ち上がり、隊列の前の方を覗き込む。
騎乗したのが三騎。服装は帝国風じゃない。だけどそのうちの一人が持っている軍団旗は確実に帝国軍、それも正規軍団のものだ。
髭面が一人と二十代後半の男が一人、旗手は三十代後半の大根みたいな顔の男だ。
前衛の軍団兵もそれが見えているからなのか、過度の警戒はしていない。
「貴殿らは第三臨時編成軍団とお見受けするが、相違ないか!」
ある程度まで近づいてきたところで旗手が叫んだ。聞きなれない訛りの帝国語だ。
アンドレイは後方の第一大隊の方にいるから、第二大隊長が応対した。
「貴官らは第一軍団の者だな。出迎えの予定はなかったはずだが」
三人は第二大隊長に応えることなく、一番後ろに控えた男になにかひそひそ話しかけた。
自分の大隊が大打撃を蒙ったばかりだし、大隊長は気が立ってたみたいだ。かなりイライラした声でさらに言葉を重ねた。
「私の質問に答えてもらおう。貴様らは何者だ?」
大隊長の言葉に髭面が呆れたようにため息をついた。
「この旗を見てわからんかね。我々は第一軍団軍団長、アンブローシウス・リトヴィエンティス・クラッスス閣下の使者だ。お前のような奴隷に興味はない、いいから早く軍団長に取り次げ」
うわ、この言い方はヤバいでしょ。ほら、大隊長だけじゃなく周りの兵隊まで殺気立って来てる。
この第一軍団って連中がどんな連中なのかは全く知らないけど、味方同士で揉めてる場合じゃないってことは確かだ。後々余計な面倒を抱え込むくらいなら今俺が仲裁した方がいいだろう。できるかどうかはまた別問題だけど。
「使者殿、一つ訂正したい。我々の軍団の兵達は奴隷ではない。みな自由民だ。軍団長に用があるというなら私が取り次ごう」
いきなりししゃりでてきた俺に、言い争っていた全員が訝しげな顔をした。お、おい、そんな顔すんなよ。
「……貴官は何者だ?」
髭面が言った。俺の発音は完璧な上流階級のものだったくせに帝国貴族には見えないからどう対応するか判断できないんだろう。発音とかって出身地や出身階級を判断する一番の要素だし。
「第三臨時編成軍団第一独立警護小隊隊長、冲野優一だ」
「オキノ……この軍団に所属している召喚者というのは貴官で間違いはないか?」
「そうだが……それを言うなら軍団長も召喚者だ」
「我が主がお会いしたがっているのは貴官の方だ。我々と共に一足先に帝都へ御足労願いたい」
こちらに近付いてきた髭面の前にトルニとウェルクが立ち塞がった。
「用件を伺おう」
「……優秀な部下をお持ちのようだな」