20話
一人きりでの発掘作業は二時間程度で終わった。といってもモザイク画の大部分は土に埋れたままなんどけど。それでもモザイク画の中で一番重要な部分は露わになっている。
色とりどりのタイルで描かれていたのは、北方蛮族っぽい衣装に身を包んだ女性だった。白い服の腰の部分には緑色の帯が描かれていて、傍らには立派な角の生えた鹿が寄り添っている。頭上には青い空と暗い夜空が象られていた。青空の方には太陽と白い小鳥、夜空の方には一際大きな月といくつもの星が描かれている。
この辺りで昔流行っていた女神とか、そんな感じのモノを描いているんだろう。手に弓を持っているあたり、狩猟の神とかそこらへんかな。ちなみに耳はエルフ耳だ。
異世界だしドワーフっぽい種族もいたし、エルフもいるんだろうか。この世界の、といっても帝国の人間しか知らないけど人間至上主義ってわけでもないみたいだし。現にこうしてエルフ耳の女が描かれているわけだしいないってことはないんじゃないかな。ていうかいて欲しい。こっちに来て遭遇したファンタジーな存在が魔物と筋肉ダルマだけってのは流石に嫌過ぎる。
さて、帝国のど真ん中で帝国で見たことのないエルフ耳が描かれている理由でも考えてみようかしら。ちょうど昼だし、昼飯がてらに休憩しよう。
荷物を持って来て端の方に置いとく。棒パンを齧りながらぼんやりと絵を眺める。ちょうど木漏れ日が絵の上に降り注いでいる。心安らぐ光景だ。この世界に来てからここまで落ち着けたのは初めてかもしれないな。
て、このエルフ耳の事だけど、二つの理由を思いついた。
まず一つ目。この地方に実際にエルフ耳の種族がいて信仰の対象を自分達と同じ姿にした。
二つ目。かつてこの地方にエルフ耳の種族がいたが何らかの理由でいなくなった。その名残りだか伝承が残ったかして後にこの辺りに居住した人間が信仰の対象にした。
ぱっと思いつくのはこれくらいかなー。うまくこの戦争に片が付いたらまたじっくり調べに来たい。
さて、だいぶ時間を使ったな。そろそろ出発しよう。
立ち上がった時、土に埋れた何かを見つけた。さくさくと掘り出してみると石で出来た三十センチくらいの何かだった。よく見てみると、人の形をしている。これがなんなのかは断言はできないけど、宗教施設にあるんだからそれに関連した物だろう。女神像とかだったらそれっぽい。
この時は何も考えずに背嚢の中に突っ込んだけど、あとになってこれがとんでもない大間違いだってわかったんだ。先の事なんか分からないし、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
†
「止まれ!」
街の入り口に近づいたところで、巡回の兵士に呼び止められた。
「合言葉を答えよ!」
合言葉? いつの間にそんなのが出来たんだ。当然俺は知らない。
「敵の捕虜になっていたから合言葉は知らない! 第三臨時編成軍団の者を呼んできてくれないか?」
「セリウス、行ってきてくれ。私がこいつを見張る。……両手を頭の上で組んで地面に膝をつけ。妙な動きをすれば殺す」
敗残兵が集まってるって話だったけど、なかなかちゃんとしてるじゃないか。指揮系統がまともなら大して心配はない。
しばらく待っていると、城壁の向こうが騒がしくなってきた。
「隊長!?」
まず飛び出してきたのはトルニだ。帝国風のトゥニカを着ている。
「ああ、良かった! よくご無事で戻られました!」
「あ、おう。そうだな」
な、なにこいつ。
「あの、ドヴェル族の集落にいた隊長の、その……あの赤毛の女性もいらっしゃいます」
「あ、それはどうでもいいや」
「え、あ、分かりました。ともかく中に入って下さい。軍団長もお待ちです」
「軍団長に会う前に風呂に入って飯が食いたい。ロクなものを食ってないんだ」