19話 ある騎士修道会の騎士の話
リュクスは自分に割り当てられた部屋に入ると、兜を脱いで一息ついた。
人前では、彼は将来有望な若手士官としての顔を求められる。常に毅然としていて、余裕を持っていて、弱きを助け強きを挫く……そんな役割を演じなければならないのだ。
元々のリュクスの性格はそんな騎士に求められるような高潔なものではなく、むしろ正反対と言ってもいいほどだった。
まず何と言っても怠惰だ。基本的に仕事はしない。勤労を尊ぶ修道騎士としてはあり得ない。
そして悪趣味なほどにきらきらしたものややたら派手な色使いのものを好んだ。それが高価なものであればあるほど蒐集したがる。これも清貧を旨とする修道騎士としてあり得ない。
さらに女好きだ。修道騎士は基本的に不犯とはいえ、貴族出身の騎士は妻帯しているものも多い。が、リュクスはやたらと女を部屋に連れ込む事で有名だった。修道騎士として、というか人としてあり得ない。
そんなリュクスが騎士修道会に在籍していられるのは単に外面が良く戦働きはそれなりに優秀だからに過ぎない。修道会の財物に手を付けなければ大抵の事は(本人の能力に見合っていれば)許されるのがこの時代の腐敗し切った騎士修道会の実情だった。
上質なソファに寝そべり、わざわざ王国から連れてきた侍女を隣に座らせた。
「若様、お疲れのようですね」
侍女の言葉に、リュクスは彼女の乳房を揉みしだく事で応えた。いくら疲れていても色事には全力を出す。それがリュクスの生き様だ。
†
「閣下、ここのところの敵はどうにも緩いですね」
従者の言葉にリュクスは騎士としての顔で答えてやる。
「初戦で贅沢をし過ぎたのだ。帝国の正規軍と地方の守備隊を比べたところで仕方なかろう」
侵攻初期の二回の会戦で敗北した帝国軍はそれ以降はまともに戦おうとせずに逃げ回っている。リュクスの所属する騎士修道会やローリンゲン公の飼い犬達が主力を追い回しているのだが、交戦する相手は小規模な偵察隊か地方の守備隊ばかりだった。練度はそれなりに高いのだが、数が少ないためリュクス達騎士の出番はほとんどなかった。騎士の従卒達で編成された歩兵隊だけで事足りてしまうのだ。
「ド・フェレール卿、そうはいっても数の上ではまだまだ敵の方が圧倒的だ。反攻の機を窺っているのではないのかね」
リュクスの隣にいた騎士が口を挟んできた。
「それらしい機会はいくらでもあったはずだ。何かを狙っているのは間違いないだろうが……。ともかく我々は与えられた任務を遂行するしかないさ」
リュクス達の隊は野営の為に森の脇で停止した。
「陣をーー」
リュクスが片手を上げたその時。
「撃えぇぇぇ!」
周囲を覆い尽くす轟音。
気付けばリュクスは夕暮れ空を見上げていた。
周囲を見回すと、騎乗していた騎士のほとんどが自分と同じように地面に倒れ伏していた。
「魔術師です、襲撃にッ!?」
リュクスを助け起こそうと駆け寄ってきた従卒のアタマが弾ける。
気付けば騎士も歩兵も立っている者は誰一人いなくなっていた。日は落ち切っていない。本当に一瞬の出来事だったようだ。
あちこちで苦悶の声が上がっている。森から出てきた敵兵が一人一人止めを刺して回っていた。少なくとも戦場での礼儀は心得ているらしい。略奪もほとんどない。
「百人隊長、騎士の生存者がいました」
リュクスを見つけた帝国兵は、まるで山賊のような格好をしていた。薄汚れた鎧の上に悪臭を放つごわごわの外套を羽織っていた。足元も帝国兵が良く履いているサンダルではなく毛皮のブーツを履いていた。帝国兵というよりも北方の蛮族のような見た目だ。
後からやってきた百人隊長とやらも部下と大差ないひどい格好をしていた。
「負傷は……足の骨折くらいか。喋るのに支障はないな。さて、私の質問に答えてくれたら治療くらいはして差し上げよう」
見た目に反して男の発音は上流階級のそれだった。
「き、貴様らなんぞに応えあっあああああああ!?」
リュクスが言い終える前に百人隊長は折れた足を踏みにじった。
「すまない、足が滑っている」
「があっ、わかった、わかったから足を離せ!」
「すまない、まだ足が滑っている」
「あああああああああああああ!!」
†
この程度で気を失ったのか。反撃もほとんどなかったし神殿騎士ってのも案外チョロいなー。
「こいつを荷馬車に運んどけ、あとで尋問するから。あ、金目の物とか使えそうな剣とかの回収も忘れんなよ。個人の略奪はポケットに入る分だけだ」
「わかっとりますよ、旦那」




