21話
裏切ったって、どういうことなの……。
「何を言ってるのかわからないな。どうした、正気に戻れよ」
「うるさい、死ね!」
また切り掛かってきた。けどイルマの動きは普段よりもにぶく、案外簡単に避けることができた。その代わりに腕力だのなんだのが上がっているらしい。 剣が叩きつけられた石畳が砕け散った。
それにしても参ったな。武器らしい武器を持っていない。鉄パイプの一つでもあればいいんだけど……。
ここはドベル族の街だし、そこら辺の建物の中に簡単な武器は置いてあるだろう。問題はどうやってそれを手に入れるかだ。簡単にこいつから逃げられそうには思えないし。
どうやらあの剣は身体能力を向上させる効果があるらしい。だが、いくら腕力だのなんだのが上がっても力任せに振り回すだけなら避けるのは簡単だ。当たらなければなんたらって奴だ。
とは言ってもいつまでも逃げ回っているわけにはいかない。向こうは体力もほとんど無尽蔵なくらいまで強化されているようだし、不利なのは俺の方だ。
タイミングを見計らう。切り上げを交差した腕で受けた。
「ぐ……っ!?」
予想よりも強すぎる衝撃に腕の骨が軋む音がした。弾き飛ばされ、空中で姿勢を崩した俺は頭から人気のない工房の窓に突っ込んだ。
木製の家具を破壊して、壁際で止まる。
身体のあちこちに刺さった木片を抜きながら立ち上がった。骨が折れなかったのは幸運だった。細かい傷はいくらでもあるけど不愉快なだけで戦闘に問題はない。
バラバラになった家具が散らばる室内を物色。一メートル程度の長さの槍の柄を見つけた。穂先は付いてないけど十分だ。
まだ無事だったドアを突き破り、飛び出す。
「死ね!」
「うわぁあ!?」
飛び出した瞬間に突き出された剣をかわし、石畳に滑り込んだ。あっぶねー……。
地面に転がったままフランベルジュの切っ先を掴み、鉄パイプで脚を殴る。飛んでかわされた。
仕方ないから転がったまま今度は両手でフランベルジュを掴むと、力任せに引き倒そうとするも、びくともしない。まじかよ、俺の神代級遺物と同じくらい筋力が強化されてるって、こいつは一体どんなものを代償にしたって言うんだ。
と、一瞬だけ疑問に思ったけど、歯を食いしばり口の端から泡を吹いているイルマの様子を見れば一目瞭然だ。こいつは人としての最低限を割るまでポンコツの言う理性やらタブーやらを売り渡したに違いない。これじゃあほとんど獣と同じだし、どれだけ俺のことが憎かったんだよ。
剣を懐に抱えたまま、イルマの下腹部に何度も蹴りを見舞う。それでもこいつは倒れないどころか、逆に俺の脇腹を蹴り返してきやがった。いてえ。
だがおかげでイルマの姿勢が崩れた。
「そぉい!」
巴投げの要領でバーサーク・イルマを放り投げる。
「があっ……!」
すかさずイルマの上に馬乗りになり、マウントを取る。両手を組んで顔面に振り下ろした。
「げぁ!?」
「うるせえ」
俺の肩が壊れないぎりぎりの力加減でイルマの顔面を壊す。いや、俺も女の顔を殴りたくはないんだけどね? あのポンコツのせいでそこら辺の罪悪感やらなにやらがなー、いやあ、誠に不本意ですが殴らせていただく。
五分も掛からないうちにイルマの顔は原型を留めないほど破壊できた。鼻を顔面が浅く椀状に凹み、鼻血やらなにやらの血が溜まっている。まだ生きているから呼吸はあるのだけれど、鼻も口も血で塞がっているから汁物をすするような不愉快な音がするだけだった。時折腕がピクピク痙攣するのが気持ち悪い。
さて、これからどうしようか。というか俺がいる路地裏には人影が全くない。どこか遠くの方からなにやら騒いでいる気配がするけど、少なくとも五ブロックは離れていそうだ。
「ポンコツ、出てこい。大丈夫だ、なんもしねえよ。聞きたいことはあるけど」
「な、なんじゃ? やめろ、来るでない!」
近くの建物の陰から出てきたポンコツが喚く。いや、別に俺は動いてないんだけど。
「なあ、この剣て手放したら効果がなくなるのか?」
「……なんのことかわからんのう?」
「あのさ、人が静かに割と真面目に質問してんだからちゃんと答えようぜ?」
俺の言葉にポンコツは一つ咳払いをし、背筋を伸ばした。
「お前さんがその剣と鞘を持てば所有権が移る」
なるほどね。所有権とか聞くとなんかネトゲを思い出す。
聞いた通りに剣の所有権を俺に移した。これでイルマは超人的な死にかけからただの死にかけとなったわけだ。
にしても、腹が減ったな。一度空腹を認識してしまうと、目の前の肉の塊が食材にしか見えなくなってしまった。
以前食べた中川は筋肉質で可食部は少なかったけど、イルマは女だしそこそこ脂が乗っててうまそうだし、いっちょ試してみようかしら。
さて、そうなるとあまり時間がないな。いつドベル族達の騒ぎが収まるかわからないし、ちゃちゃっと食ってしまおう。今度は生じゃなくてきちんと火を通してみることにした。
どうやら俺が飛び込んだ建物は空き家を倉庫代わりに使っていたものらしく、埃が積もってはいたがちゃんと使えるかまどがあった。
家具の残骸を蹴散らし、イルマを部屋の真ん中まで引きずりこむ。
転がっていた壊れたテーブルをさらに細かく砕き、かまどに投げ入れる。懐から弾薬を取り出し、分解して燃素だけをかまどの中に盛った。
「いや、全身血だらけでもくもくと料理の準備するとかちょっとヤバいと思うのじゃが。そこら辺のホラー映画よりも怖いぞ」
ポンコツが何か言っているがそれどころではないんだ。
「おい、燃素ってマッチで着くのか?」
「え、知らんわそんなこと。人に聞く前に自分で試してみないのか、お前さんは」
……。
まあ、いい。俺は忙しいんだからな、こんなバカに付き合っていられないんだ。
とりあえずマッチを擦り、盛った燃素のところに放り投げた。
「あわっ!?」
小規模な爆発が起き、俺は思わず変な声を上げてしまった。
「ぐふっ。あわ、あわって」
(笑)が付きそうな口調でくそポンコツが言った。お、俺は忙しいからな、バカの相手はしてられないんだ……。
ともかく、火は付いた。あとはこいつを三枚に卸して焼くだけなんだけど。なんでまだ生きてるんだよ。人間の生命力って凄い。
ま、いいや。頬肉食べたいしとりあえず顔だけ再生させよう。
「ええー。わしがやるの? グロ過ぎて近寄りたくないんじゃけど」
「今日のお前の失言は忘れてやる」
「いいじゃろう、さ、少し離れておれ」
ちょろい。
あっという間に再生が終わり、気を利かせたつもりなのか意識まで回復させていた。イルマはおびえた目で俺を見ている。あ、両手両足は関節を砕いてあるから逃げ出すことはできないはずだ。
「よお、気分はどうだ?」
「あ、あんた何をするつもりよ!?」
ああ、そういえば捌きやすいようにと服を剥いでたからイルマは全裸だったな。それで俺がゲスい事を考えていると思ったんだろう。
「やっぱり、最低のゴミクズだったわけね。死ね、地獄に堕ちろ!」
俺は一度だけため息をつき、部屋の中で拾った短剣で肩をとんとん叩く。
「なあ、俺が女を犯すように見えるか? お前はな、今から……」
言葉を切る。わざわざ教えてやる必要もないな。
「ま、いい。お前は目をつぶって祈っとけばいい。すぐに済むさ」
俺の言葉にイルマはただ怯えるだけだ。目を見開き、食いしばった歯は震えてガチガチ音が鳴っている。
仕方ないな。
俺は嫌がるイルマの目を塞ぎ、床に押さえつける。喉に短剣を当て、一気に押し込んだ。
「ぎぁ……ガ、ァ」
呻きはだんだんとただの音になって、そして静かになった。
ま、いくら人間の生命力がすごいからってナイフ一本で簡単に終わっちまうもんなんだな。当たり前の事だけど、改めて認識してみると感慨深く思う。
さて、料理を始めようか。