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16話

「は、はい!」


 ユレルミが馬に鞭を当てる。わずかに荷馬車の速度が上がったけど先行する馬車に追いつけるほど速くはない。


「敵の歩兵を振り切れません!」


 まあ四輪の荷馬車にそれほど速度は期待してないから別に構わないんだが。


「近づいてくる奴らだけを射殺せ! おい、馬車になるべく近づけろ。トルニ、先行して馬車を守ってこい」


「了解!」


 一度前足を振り上げたトルニの馬が急加速して前方に去っていく。


「残りはユレルミを守れ、毛ほどの傷もつけるんじゃねえぞ!」


 応、と声を上げた兵士達はみんな傷だらけだ。中には戦えるか怪しい奴までいる。

 まったく、ひどい有様だ。元の世界でだってこんなひどい撤退戦はなかったってのに。


 敵はまだ半分以上残っている。


 さて、あと何人殺せばこいつらは諦めるんだろうか。



 †



「ここがドベル族の集落ですか……」


 エベレストよりも高い山の、麓にぽっかり空いた洞窟の入り口を見ながらユレルミが言った。


 部隊はまさに満身創痍といった状態だ。支援部隊の生き残りはもう二人しか残っていないし、そのどちらも身体の何処かを失っていた。


 俺の直属の部下はヘルネを除けば軽傷者しかいないが、数少ない騎兵戦力として酷使したから疲労困憊の極みにある。ヘルネは依然意識不明のままだ。文官連中に治癒魔術が使える奴がいたからこれ以上悪化することはないみたいだけど、早いとこ設備の整った帝国領で本職の治癒魔術師に診せてやらなきゃな。


「いや、ここはまだ入り口だ。ここからさらに歩くことになる。

 殿下、ここで馬車を捨てることになりますがよろしいですか?」


 五時間ぶりに馬車から出てきて大きく伸びをしていた殿下に声を掛ける。


「私は別に構わない。が、怪我人がいるのはどうするのかね」


「は。私が背負います。私の遺物は筋力を向上させる効果がありますので問題はないかと思われます」


「この山の中には魔物が多いと聞く。今のところもっとも戦闘力の残っているのは君だと思うのだが」


「この坑道はドベル族の勢力下にあります。定期的に魔物の掃討はしているので問題はないと思われます。それに近接戦闘は私の部下の方が秀でています。彼らに任せて良いでしょう」


 わかりきったことをあえて確認して部下に意図を知らせるあたり、この人は優秀な指揮官だったに違いない。本来なら俺がやんなきゃいけないことなんだけど、戦闘の連続で疲労している俺を気遣ってくれたんだろう。警護対象に気遣われるなんて俺の腕もだいぶ落ちたもんだ。


「わかった。どうやら余計な口を出してしまったようだな」


 一礼し、馬車をバラバラにする作業に入った。この残骸で即席の担架を作ることにしたんだ。さすがに人一人背負っての行軍は動き辛いからな。


 というかどうせ戦えないんだから文官連中に運ばせりゃいいのか。


 というわけで即興で作った担架にヘルネを乗せて文官達に引き渡す。肉体労働なんて嫌がるかと思ったけど、案外すんなりと引き受けてくれたから驚いた。


「我々の為に命を掛けて頂いた方にできることと言えばこれくらいしかありませんので。むしろ、この程度の事しかできぬいたらなさが恥ずかしいくらいです」


 やけに礼儀正しい連中だ。ドベル族に会わせるのが不安になってきた。


 あいつらの性格はまあ一般的なドワーフ像でほぼ間違いはないんだけど、この連中にその性格が許容できるかかなり怪しいレベルでお下劣だからな。ある程度耐性のある俺ですらドン引きするレベルの連中だし。


 ま、後の事を考えても仕方ない。馬車やなんかの残骸は隠蔽してあるとはいえ、辺りを詳しく調べればすぐに露見する程度の工作しか出来なかったから、追っ手がこの洞窟に進入するかは別として早く先に進みたい。


「俺が先頭、フレギが少し間を開けて二列目、殿下と文官連中、負傷者が中央、そのすぐ後ろにイルマ、トルニ、ウェルクだ。ユレルミは殿下のところで警護。いいな?」


「り、了解しました!」


 軍団式の敬礼をしたユレルミが殿下の隣に並ぶ。相当緊張しているみたいだ。


「では、出発します。あ、脇道にはドベル族の設置した罠が張り巡らされておりますので決して道からはぐれないようにお願いします」


 殿下は厳かに頷き(少なくとも俺にはそう見えた)、一時的とはいえ安全地帯への最終行程が始まった。



 †



 前方から飛んできた手斧が足元に突き刺さり、俺は足を止めた。


「止まれぃ! 止まらねば攻撃する!」


 おい、警告の前に攻撃されたぞ。いくら血の気が多いとはいえひどすぎるだろ。


「待て、俺だ、この前銃を発注しに来た冲野だ!」


 俺の名乗りを聞いて向こうが騒ぎ出した。騒ぎ出したのはいいんだけどさ、ちょくちょく手斧飛んでくんのは勘弁してほしい。二本の槍は交わして三つの手斧を叩き落としたところで向こうから誰かが叫んだ。


「貴様が本当にオキノだというならば我らに与えられた名を名乗ってみよ!」


 そういえばそんなのももらったな。連中を手伝って厄介な魔物を討伐した時に凄く中二くさい称号、というか名前を貰ったんだ。

 まあ、それは別にいいんだ。名乗らなきゃいい話なんだからさ。ただ部下と王弟、その付き人連中の前で大声で名乗らなきゃいけないとかひどい罰ゲームだ。いったい俺が何をしたというのか。


「あー、まあ、その、なんだ」


「どうした! 早く言ってみろ」


「『……の……奪者』」


「聞こえぬわ! おい、飛び道具をありったけ持ってこい!」


 おい決断はええよ。もうちょっと猶予くれたっていいんじゃない。


 仕方ない。ポンコツに知られなきゃ別に構わない。


「『神速の簒奪者』だ! いいから早く通せ馬鹿野郎!」


 相変わらず意味が分からない二つ名だ。別に神速でもないし簒奪もしてない。確かに討伐した大型の魔物はこの山脈の主的な存在だったから簒奪したと言えなくもないけど別に俺が代わりに主になった訳じゃないからやっぱり簒奪者ってのはおかしい。というか神速ってなんだ。ちまちま狙撃して最後は崖下に蹴り落としただけだぞ。神速の要素ないだろう。


「ブフォッ!」


 ははは、聞き覚えのある声が、具体的にはあの忌々しいポンコツの吹き出す声が聞こえた気がしたけど気のせいだよな。うん、そうに違いない。もし本当だったらあいつを八つ裂きにしかねないし。


「うむ、その声はまさしく我が友オキノ! まあ、わしは最初からわかってたのだが。歓迎しようではないか!」


 分かってたんなら言わせんなよ!


 くそ、あんまり悪気がなさそうな分ポンコツより数段たちが悪い。とりあえずポンコツを腹パンすることに決めた。鳩尾、下腹部、脇腹の三連コンボだ。そうでもしないと気が済まない。



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