12話
外壁は三メートルほどの高さがある。入る時は全員健在だったから乗り越えられたけど、負傷者しかいない今は一番近い門を抜けるしか脱出する方法はない。
もちろん敵は俺たちが門を目指すことが分かっている。一番近いところにある門には、どこからかき集めて来たのか二十名の歩兵が槍を構えていた。
槍衾の向こうに、白い鎧に身を包んだ兵士が二人立っているのが見えた。
そのうちの一人、背の低い方が進み出て来る。
「あなた達は門を抜けることができません。投降してください」
ストレートな要求。わかりやすいが、あまりにも芸が無さ過ぎる。
「お前は日本人か?」
声変わりしたばかりの少年の帝国語はあの耳飾り型翻訳機に特有の訛りがあった。というか俺がもらったのは王国語しかわかんなかったのにあいつのは二カ国語も翻訳できるのか。
「よく分かりましたね。あなたも僕と同じようにこの世界に召喚された人なら、お願いです、投降してください。僕は人殺しなんてしたくないんだ」
本気で驚いた声を出した後、そんなふざけた事を抜かしやがった。
トルニ達に目配せする。二人とも何やらぽかんと見つめ返して来た。……伝わってない……。
「俺が強襲する。それに合わせて牽制射撃、連中を踊らせてやれ」
肩に担ぎっぱなしだったヘルネを下ろす。
というか、何が「人殺しをしたくない」だ。笑わせてくれる。なにが面白いって、絶対に自分は殺されないと思ってる辺りが笑える。
そのふざけた幻想を……ん?
もう一人、背の高い方が槍衾の前に出てきた。
「ユーイチか……?」
「シェネルか。ちょうどいい、そこの馬鹿に道を開けるように言ってくれ」
「悪いがそれは出来ない。なあ、怪我人もいるんでしょう? 投降してくれたらちゃんと治療させるから、お願い」
久しぶりの再会だってのに素っ気ないもんだぜ。おいおい剣なんか抜いちゃって、やる気満々じゃないですか。
「もう一度言う。道を開けろ」
早くしないと中心部に残して来た敵がやって来ちまう。こんなとこでぐずぐずしてる暇はないんだ。
「……この人数差で何を言ってるんですか」
やれやれ、とでも言いたげにチビが肩を竦める。
シェネルがチビを諌めようと俺から視線を外した瞬間、発砲した。
「なっ!?」
弾倉が空になるまで射撃。トルニ達も少しだけ遅れて撃ち始めた。
シェネルが咄嗟に伏せるが、チビは対応出来ていないみたいだ。三発ほど命中するも多少よろけたくらいであまりダメージはなさそうだった。
トルニ達には撃ち続けるよう指示を出し、遺物をガントレット状に展開。強化された脚力で一気に距離を詰めた。
「ああっ!」
一番手前に居た歩兵の腹に銃剣を突く。勢いが強すぎて銃口まで埋まってしまった。
「あああああ!!」
突いた瞬間に銃を捻じったことでさらに苦痛を与える。これで周りが怯んでくれたらいいんだけど、そううまくは行かない。
「往生せい!」
ぶはっ、なんだそれ。思わず笑っちゃったじゃないか。
横から突き出された槍に、銃剣を刺したままの敵の身体を盾代りにして対応。肉壁になった歩兵の背中に槍が二本刺さる。
俺はさらに力を込めて深く銃を差し込んだ。一際強い抵抗を感じた後一気に抵抗が少なくなる。どうやら背骨を砕いて背中側から突き出たみたいだ。
なんとなくの狙いだけ定めて撃つ。うまいこと二人は倒せた。
「全員で囲め! 絶対にその男を逃がすな!」
後ろの方でチビがヒステリックに叫んでいる。加勢したくてもトルニ達の牽制射撃のせいでこちらに来られないみたいだ。
「くそ、抜けねえ」
あまりにも深く刺し過ぎて銃が肉壁から抜けない。
敵が固まってる辺りを狙って、肉壁を蹴り飛ばして抜く。
銃剣が根元のところでねじ切れていた。おまけに銃身が微妙に歪んでる。修理するまでは銃として使えないな、これ。
仕方ないので今度は銃口のところを持って鈍器として使うことにした。
手近なところにいた敵の首に叩きつける。ほぼ直角に首を傾げて哀れな歩兵は倒れた。
「ユーイチ、やめて!」
シェネルはいつから頭が悪くなったんだろうか。辞めるはずがないだろうに。
振り下ろされたレイピアを躱す。瞬間、左の脇腹に衝撃を感じた。
脇腹に刺さった槍を叩き折り、武器を失って動揺している敵兵の頭を叩き潰す。
その時点で敵はシェネルとチビを除けば三人も残っていなかった。その三人もほとんど戦意を失っているようで、射撃が止んでも物陰に隠れて出てこない。
「おら、そこどけ。邪魔だっつってんだろが」
いい加減チビの強情さにイライラしてきた。
レイピアを構えたシェネルが進み出る。
「ねえ、ユーイチ。こっちに戻るつもりはないの?」
「今のところは。なあ、急いでるって言ってんじゃん、そこどけよ」
「なら、あなたを無力化するしかないわね」
なんだよ、中川パーティが健在だった頃はそれなりにフラグ立ててたと思ったのに、なんとも色気のない会話だな。フラグ云々は俺の勘違いだったのかしら。
銃はもう使えないから背中に斜めに掛けた。予備の銃剣もないから徒手格闘ということになる。ああ、刃物持ったの相手に素手ごろかますとか嫌になっちゃう。
「トルニ、イルマと一緒にヘルネを担いでおけ。すぐに動けるようにしとけよ」
「了解」
二人とも傷は浅い。イルマは背中を切りつけられていたけど、服に仕込んだ鉄片が受け止めたおかげで大した怪我にはなっていなかった。
「シェネルさん、僕がやります!」
おうおう、元気がいいじゃねえか。
「そいつはあなたやクラウディアさんを裏切った卑怯者だ。仲間を裏切るなんて絶対に許せない」
どう伝達ミスがあったらそうなるんだろう。俺、ばりばり囮になってまで逃がしてやったと思うんだけど。まさか中川の死体食ったのがバレてるとは思えないし。
「……クラウディアがね」
ああ、なるほど。シェネルの一言で疑問が一瞬で解決されちゃった。あのアマ、どんだけ俺の事嫌いなんだよ。ちょっとはデレてくれたっていいじゃない。
「あー、クソガキ。お前じゃ相手にならん、精神と時の部屋で二十年分修行してから出直してこい」
「どういう意味だ!」
どうもこうも、そのままの意味なんだけどな。
シェネルの静止も聞かずに飛び出すチビを迎撃する。
振り下ろされた長剣を、左斜め前に進んで躱す。
チビの右腕を抱え込んで思いっきり顎を殴りつけた。
「がっ!」
脳震盪を起こし崩れ落ちるチビの腹を蹴って追い討ち。完全に沈黙した。
それを見た敵兵が我先にと逃げ出す。
シェネルは呆れた様子で眉間を押さえていた。
「……」
「お前もやるか?」
「遠慮するわ。さすがに三対一で勝てるとも思えないし。私はこの子を連れてくからさっさと通りなさい」
あら、意外とあっさり通してくれた。
まあいいや、お言葉に甘えさせてもらおう。
こうして無事に門は潜れたが、被害は甚大だった。戦死者を出したのが特に痛いけど、任務の難易度を考えれば損耗が戦死一、重傷一で済んだのは上出来だと言える。ふざけた話だぜ。
ヘルネを担ぎ直してひたすら走る。三十分も走ったところで、今さらのように脇腹に受けた傷が痛み出した。アドレナリンが切れたのか、凄く痛い。
いや、痛過ぎるだろこれ。痛い痛い。
「隊長、少し休まれては」
「んな暇ねえよ。早くウェルク達と合流しきゃならん」