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9話

 結支援部隊との合流は部分的にしか果たせなかった。何故か? なんか、既に襲われてたから。


 そりゃそうだよな。俺が最初に報告受けた時点ですでに五百を超えてたんだし、着くまでにさらに増えるだろうと予測はしてたから軽く千は超えてるって考えた方がいいだろう。


 ともかくそんだけの兵隊集めて仲良くお茶会ってことにはならない。兵隊の規模からして帝国との本格的な戦争を始めるつもりなんだろう。王弟殿下とやらが捕まったのも偶然じゃないはずだ。


 そんな状況で、たかだか八十人程度の支援部隊が太刀打ち出来るわけがない。なんせ戦闘要員は騎兵と歩兵合わせて三十人程度だと言うし、残りは王弟殿下の接待要員である文官だったんだから。



 初戦は散々なものだった。俺達の任務は王弟殿下とその従者の救出で、当然まだ敵に囚われている。で、目の前には大勢の敵にちょっとした反撃を加えながら逃げ惑う支援部隊の面々。敵にこちらの新式銃のお披露目をする訳にはいかないから必然と白兵戦しか選択肢がなくなる。


 あれだね、もっと落ち着ける状況ならまともな案も思いつけたんだろうけどさ、さすがにこの状況じゃ無理。


 幸いな事に敵はちょっとしたお遊び程度のつもりで支援部隊を追い立ててたからちょっと数を減らしたらサクサク逃げてった。


 俺の部隊はフレギとウェルクが負傷。支援部隊は六人しか生き残ってなかった。馬車は確保してあったから護送自体はなんとかなりそうなのが救いかな。


「二人の怪我の様子は?」


「軽く切りつけられた程度です。作戦には支障はないでしょう」


 医術に心得のあるヘルネがそう診断したなら負傷者二人も戦力に換算しておく。万が一足止めしなきゃいけない状況になったらこの二人に馬車までの護衛をさせよう。


「隊長、報告が」


 斥候に出していたトルニが戻ってきた。心配そうに負傷した仲間をちらちら見ている。


「どうも連中、本隊を狙うつもりのようです。現在街にいるのはおよそ二千、道中でさらに二千が合流するみたいですね」


 おやまあ。全勢力合わせたら軽く軍団の二倍はあるじゃないか。街に籠城するなら街の男連中も参加するから戦力は拮抗するんだろうが、それは帝国本土での話。山脈の北側にあるあの街には召集義務のある男は五百人もいないはずだ。北方辺境の最前線なだけあって北方蛮族もかなり多くいるからそいつらの動きによっちゃだいぶ苦しくなる。

 本土からの援軍も待つにしても最速で一週間は掛かるだろうし、野戦向きのうちの軍団がそんな長時間籠城戦で持ちこたえられるとは思えない。


 なんとまあ、実に最悪な状況だ。本隊がやられてしまえばたとえ苦労して王弟殿下を確保しても連れて行く当てがなくなってしまう。


 帰りたい。この世界のあの屋敷ではなく、日本の安アパートのあの一室に帰りたい。熱いシャワーを浴びてぐっすり眠りたい。


「部隊を招集しろ」


 だがそれは叶わぬ願いだ。ならこの世界でできる最善の事をしようじゃないか。メイドさんにセクハラしようじゃないか。


 一分後、綺麗に整列した部隊員の前に俺は立っていた。未だに慣れる事のない訓示とやらを行う為である。


 俺の中のリトル俺に任せるとどうにも適当になってしまうだろうから、今は亡き中川君の言動を模倣してみようかと思う。


「予定通り明日の払暁襲撃は行う」


 まずは当たり障りのない通告から。や、別に熱血キャラを演じるのが恥ずかしすぎるとか心の準備が整ってないとかでは断じてない。


 予想通り部隊員がざわつく。と言ってもたった六人のざわめきなんてたかが知れてるが。


「敵の規模と行動は既に我々の想定を大きく超えている。だが任務は中止しない。が、いくつかの変更点がある。

 まず、王弟殿下が我が本隊に対する牽制として街から連れ出される場合。行軍中に襲撃して奪還、騎馬の機動力にものを言わせて逃走する。

 次に王弟殿下が街に留め置かれる場合。敵はわずかな警備を残して出撃するだろうからその隙を突いて当初の予定通りに奪還。

 その両方の場合において最終的な目的地は山脈の南の帝国領土だ。

 なにか質問は?」


 イルマが挙手。


「本隊は見捨てるおつもりですか」


 どストレート過ぎるでしょう。もっとこう、オブラートに包んだ言い方できないかな。


「俺が軍団長から受けた命令は王弟殿下を無事に帝国へ送り届けること、それだけだ」


「はい、ですが我々は平野での野戦において最も威力を発揮できる編制となっています。籠城戦では持ち堪えられません」


「なら野戦で迎え撃つんだろう。軍団長はそういう方だ」


 自分でそう言っておいてなんだけど、たぶん野戦でも持ち堪えられないんじゃないのかな。なんせ銃兵と槍兵の割合が中途半端過ぎるし、帝国の主戦術である騎兵と歩兵による金床戦術も、支援部隊に少なくない数を割いたせいで実行は難しい。通常編制の軍団がいれば話は違ったんだろうけどあいにくそっちは南方に駐留している。わりと帝国にとって重要であるはずの北方戦線にアンドレイの臨時編成部隊しか派遣されていないのは政治的な問題だそうだ。だから政治ってほんとに嫌い。


 どうもイルマは俺の言葉に納得していないようだけど、あっさりと引き下がった。なんせ命令は既に下っているし、これ以上の抗弁は無駄だと悟ったんだろう。部下の成長は素直に喜べるな。ちなみに不幸なユレルミ君は支援部隊の生き残りと共に馬車で待機。もちろん十分な訓練を重ねたあとは俺達についてきてもらうつもりだけど。


 では嬉し恥ずかし(嬉しくない)熱血モードへいってみよう。


「俺には戦う目的がある。

 俺は静かな暮らしがしたい。そのためにもこの国には平和なままでいてもらいたい。

 だが現に帝国に襲いかかろうとする不埒者がいて、今まさに出撃しようとしている。卑劣な事に皇族の一人を人質にとってだ。

 これは、許し難い所業だ。

 ここにいる者に、一人も帝国人はいない。それどころか奴隷として扱われ、帝国人から屈辱を受けた者ばかりだ。

 帝国の為に戦う理由など見つからないというかもしれない。

 目的を持て。

 俺にはお前達が帝国の為に戦う目的を示してやれる。

 お前達はなんの為に軍団に志願した?

 そう、自由の為だ。

 たとえ蛮族と罵られようとも、帝国臣民として戦い、自由を得るために志願したはずだ。

 戦え。戦って、己の有能さを示せ。蛮族と見下した連中を見返してやれ。

 お前達が蛮族と侮られる原因を作った、他の部族を許すな。

 確かに北方蛮族は強い。強靭な肉体と精神を持っている。

 だが帝国はそれに打ち勝つための技術を持っている。規律と技術に支えられた軍団兵は皆精強だ。

 ならば、お前達は?

 北方蛮族の肉体と精神、誇りを持ち、帝国の規律と技術で支えられているお前達はどうか。

 そう、最強だ。

 たかだか六人しかいなくとも、その事実に変わりはない」


 どうしよう、興に乗ったからいろいろと付け足してはみたものの、どう締めくくればいいんだろう。あと平和云々に関しては嘘はついていない。平和であるからこそ安心してメイドさんと戯れる事ができるのだ。


「ならば、やることは一つだろう?

 そうだ。

 数だけを頼りにする本当の蛮族にお前達の力を思い知らせればいい。

 殺せ!

 お前達の自由への道を邪魔する者は容赦無く撃ち殺せ! 刺し殺せ! 叩き殺せ!

 自由を!」


 割と強引に締めくくる。俺の意図を察したトルニが最後の部分を復唱してくれた。


「自由を!」


「自由を!」


「「自由を!」」


 あーもうやだ恥ずかしい。熱血モード終了。というか、全然中川っぽくなかったな。失敗失敗。


「あ、そうだ。予備弾倉は十五個全部持っていけ。バラの弾薬と燃素袋も忘れんなよ。バラの弾薬数は個人に任せる」


 ここまで予定外の出来事が重なったんだ、念には念を入れておきたい。ほんと、俺の方でいろいろ用意しておいてよかったぜ。



 †



 どうやら王弟殿下は街に留置したままのようだ。


 外壁を越え手近な民家に押し入った俺達は眠っていた住民を手早く縛り上げた。顔には黒く炭を塗り、ドベル族謹製の銃剣にも塗って光の反射を最低限まで抑えてある。


 銃剣は刃渡り四十五センチで峰側の鍔が環状になっている。ここに銃口を差し込んで使用する。新式魔銃は全長百三十センチあるから一般的な槍兵が装備している槍には及ばないが、騎兵も十分に相手にできる長さがある。


 俺の銃は試作品ということで連発できる仕様になっているけど、部隊員たちに持たせてるのはいわゆる先行量産型というやつで次弾装填の為機関部に取り付けたボルトを操作しなきゃならないボルトアクション方式だ。それでも徹底的に訓練をさせたから二回のリロードを挟んでも毎分十五発という発射速度があるから十分な火力があると言えるだろう。


 問題なのは俺を含めてたったの七人しかいないことだけ。これが唯一にして致命的な問題なんだよなあ。


 泣き言を言ってても埒が明かない。早速状況を開始する事にした。


「対象を確保するまで射撃は禁止。七人で連携して進むぞ」


 トルニ達は声を出さずに小さく頷いた。


 静かにドアを開ける。


 街に残っているのは歩兵二百名。騎兵はたったの三十しかいない。


 万が一の為に引き金に指はかけず、銃剣を着けた事で二メートル近い長さになった銃を槍のように構えて民家の外に出た。


 トルニを先頭に一列になって壁沿いを進む。帝国式の街と違ってそれぞれの建物がバラバラの方向を向いて建っているから月明かりの影になる部分が多く、隠密行動には都合がよかった。


 ……いま背中を預けている民家の中からお楽しみ中な声が聞こえてくる。早々に立ち去りたかったけど、実にタイミング悪く二人組の巡回が来やがった。


 ハンドシグナルで指示を出す。俺とトルニの二人でサイレント・キルだ。他の面子はしゃがませておいた。


 銃を静かに仲間に渡し、予備の銃剣を逆手で抜く。鞘の内側には音消しに毛皮が張ってあるからほとんど音はしなかった。影から影へ、静かに、そして迅速に、巡回兵に近付いた。


「ッう……!?」


「ぅ……」


 飛びかかると同時に敵兵の口を塞ぎ、右側から真横に銃剣を突き刺した。刺したまま右手を前に押し出せば新鮮な死体の出来上がりだ。


 蛮族兵は薄い革製の鎧を着ているだけだったけど金属が全く使われていないわけではないので静かに建物と建物の間にある暗闇に覆われた路地に投げ込んだ。銃剣を鞘にしまう前に敵兵のズボンで血を拭っておく。


 ハンドシグナルで他の連中を呼んだ。そんな感じで時にはやり過ごし邪魔な連中を排除しながら、王弟殿下が留置されている建物まで接近する。


 その館はどうやら族長かなんかの有力者の家だったらしく、町の中ではかなり大きな建物だった。

 正面には三人の見張りが談笑している。まさかこんなところまで侵入してくる敵がいるとは思ってもいないだろうから油断しきっていた。


 トルニ、イルマ、ラウリの三人に指示を出し、見張りの後方に回り込ませた。他の三人は周辺警戒中。


 俺はわざと無防備な感じで見張りの方へ歩いて行った。五メートルくらいの距離まで近付いて、連中はやっと俺に気付いたようだ。


「なんだおまッ!?」


 注意をこちらに向けた瞬間、回り込んでいたトルニ達が見張りの首を切り裂いた。あっという間に出来上がった三つの死体を影に引きずりこむ。



 全員を集合させ、館への突入準備をすませた。


 トルニ達によると北方蛮族の族長の館は大きな広間が一つあるだけらしい。奥には就寝用の小部屋があるがあまり使うことはないそうだ。


 王弟殿下はどうやらその一番奥の小部屋にいるらしかった。ギリギリ一人入れる分だけ両開きの扉を開ける。蝶番にはきちんと油が差してあるようで実に静かに侵入できた。


 広間は真っ暗だ。見張りは一人もいなかった。負傷しているフレギとウェルクを入り口のところで待機させる。俺達は壁に沿って静かに近付いていった。


 小部屋の入り口には扉はなく、一枚の大きな布が掛けてあるだけだった。布の長さはだいたい太ももくらいの高さまである。そこから揺れる灯りが漏れていた。中からは静かな話し声が聞こえてくる。男の声が一つと女の声が一つ。内容は聞き取れないけどピロートークをしてるわけじゃなさそうだ。

 ハンドシグナルで黒い布で顔を覆うように命令した。理由は単純、なんかその方が気分が出るから。


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