7話
完全装備で夜明けの二時間前には集合した警護小隊の格好を見て、思わず渋い表情をしてしまった。
いや、言葉が足りなかった俺が悪いんだけどさ。隠密行動が原則の作戦になんで板金の鎧まで着たガチガチのフル装備なの? ここに来るまでですら既にがちゃがちゃうるさかったんですが。
「お前ら、敵に見つけて下さいと言ってるようなもんだぞ。とりあえず鎧脱いでこの服に着替えろ」
そう言って俺が用意した服を指差す。
紺色の生地の内側に幅五センチ程度の鉄片を仕込んだわりと特製の鎧だ。これならほとんど音は立てずに済むだろう。ちなみにこれは俺の事を気に入ってくれたドベルのおっちゃんがタダ同然で譲ってくれたものだそうだ。なんでも元々は坑道戦の時に音を立てずに掘削する時に用いたそうだ。
もちろんそのままではサイズが合わないので丈直しも済ませてある。サイズを測る際にイルマ達女性連中から生ゴミを見るような目で見られてたっけなぁ。
「え、しかし防具もなしに多勢の中に突入するのは……」
普段は静かなラウリが抗弁する。まあ、こいつらの感覚じゃそれが当たり前だろう。
「突入って……。俺は潜入、と言ったはずだぞ。基本的に戦闘は避けるし歩哨なんかも見つかる前に静かに殺せば問題ないだろ。それに最後に逃げる時には少しでも軽量な方がいいしな」
「わ、わかりました……」
最初に服を手に取ったのはラウリだ。他の面子も渋々ながら服を受け取る。
が、一人だけ動きを見せない者がいた。
「……イルマ」
あーもう、めんどくさい女だな。そんなに俺の事が嫌いか?
「……十人長殿の指示は承服できません」
「これは命令だよ。で、抗命罪がどんな罰則だったか知っているか?」
「では意見具申をーー」
「上官の質問に答えろ!」
イルマの頬に張り手。言葉が途切れ彼女の首は真横を向いた。表情は髪の毛と影で隠れてしまってわからないが、痛みのせいか屈辱感のせいか、血の滲む唇を噛み締めている。
女を殴る趣味はないんだが、こういうのが軍隊ってもんだ。まったく、軍隊ほど理不尽なものはないだろう。
「……」
どうやらこの女はどうしても俺に反抗したいらしい。今も強気そうな目で俺を睨みつけている。
「……十分の一の刑、です」
ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうなほどの怒りに表情を歪ませながらイルマは答えた。
「我が軍団では、抗命罪と敵前逃亡は士官権限での即時処刑となっている。これ以上下らない事を抜かすようなら射殺してやる。任務中も同様だ。やる気のない態度を見せたり行動したりするようならば敵前逃亡の罪状でその場で処断する。ああ、お前が望むなら形だけの略式法廷を開いてやってもいい」
「……受領致します」
ふん、やっと命令を聞いたか。どうせいらんエリート意識でも持ってるんだろうな。俺もこいつらに実戦を見せたことがあるわけじゃないから舐められても当然なんだろうが。
にしてもトルニが止めなかったのは意外だな。や、案外軍隊ってものをちゃんと理解しているんだろう。これが中川だったら軍隊も何も関係なく噛み付いてくるんだろうけど。死んだ人間の事を言ってもどうしようもないか。
近くを通りかかった兵卒の一人に火のついていない炭を用意させた。
俺の用意した服に着替えた部隊員達にそれを配る。
「ナイフと顔にそれを塗っておけ。徹底的に反射するものをなくすんだ」
いくら北方辺境とは言っても標高が低い土地ではこの季節に雪が積もっている事は少なく、俺達の戦場となる村でも積雪がないことは確認されているので黒くする分には何も問題ない。
本音を言うと某老舗化粧品メーカー製のドーランな欲しいところだけど、そんなものはあるはずがないので炭で代用することにしたんだ。
†
予定通りの時刻に出撃できた。規模が大きくそれなりに足が遅くなる後方支援の部隊は何時間か前に既に出撃していた。途中の露払いも兼ねているから時間が掛かるだろうし、合流は今日の正午くらいになるかな。
俺以外は騎乗しているんだが、速度は俺が乗る馬車に合わせているのでのんびりとした行軍になっていた。ま、こんなとこで急いだって疲れるだけだし、予定に遅れてるわけじゃないので気にすることはない。
ところでこの世界にも時計というものはあるらしい。わりと頻繁にメンテナンスしないといけないらしいが、今回みたいな作戦の時にあればどれほど便利だろう。帝都まで行かなければ入手できないのと値段が問題だな。
あれば便利で思い出したんだけど、無線的なファンタジック技術があれば今回のような作戦でももっと楽な作戦を立てられたと思う。風属性魔術とかでありそうだと思ったんだけど、どうにもそんな都合のいいものはなかった。まああるなら使ってるだろうし。