4話
「君に語学の才能があるとは思わなかったな」
アンドレイの言葉に思わず目を逸らしてしまう。違うんです、ただのチートなんです。
「予定より早まったが君の部下となる兵士を紹介しよう」
俺が軍団長付副官のオクタヴィアにドン引きされて一週間が経っていた。軍団は何度か敵対部族への威力偵察を行ってはいたけど、銃兵は用いられなかった。というかそもそも戦闘にまで発展しなかった。
軍団の臨時指揮所となっている民衆会議所の中庭に六人の男女が整列していた。当たり前だが全員がオルカ族の解放奴隷だ。
彼らは金属製の胸甲を着け、腰には長めのナイフを二本差していた。胸甲の下には灰色のチュニカを着ている。銃兵の中から選抜られたというアンドレイの言葉通り、全員が銃を装備している。右手で銃口の辺りを掴み、銃床を地面につけた状態で整列している。全員が左肩に軍団旗と同じデザインのワッペンを付けていた。その下には帝国の紋章が同じように縫い付けられている。
「聞いていたよりも少ないな」
「銃兵の指揮官達からの反対があってな。現況で全部隊から抽出できたのはこれが限界だ」
「なるほどね」
気持ちはよくわかる。銃の扱いに長けるって事は銃兵部隊にとっちゃ屋台骨のような存在だろうし、誰だってそんな人材を持って行かれたくはないだろう。
一人づつ順番に名前を言わせる。
部下となる六人の中でリーダー格の青年はトルニと名乗った。あとはラウリ、フレギ、ウェルク、イルマ、ヘルネの五人だ。イルマとヘルネの二人が女性で残りは皆男。全員が遊撃を担当する部隊から抽出されていて銃身をやや詰めた銃を使っているようだ。それでも全長は胸より少し低いくらいだし重量も五キロはあるそうだ。
まあ所詮は滑空銃だから命中率には期待していないし、要人警護が主任務となるようだから主に鈍器として使っていただくようにしようか。
「あー、本日付で諸君らの指揮官となる冲野だ。軍団長から聞いているとは思うが、諸君らの配備される新設の部隊は魔銃を用いたまったく新しい形の市街地における要人警護が主な任務となる。今までの野戦軍での経験はほとんどあてにならないのでよく訓練に励んで欲しい」
こういう訓示みたいなのは苦手なんだけどな。直属の上官であるアンドレイがやれというのだから仕方ない。会社員だった俺に、業務命令に逆らうという選択肢はなかった。社畜万歳。
「何か質問は?」
俺の言葉にイルマが手を挙げた。指名すると一歩前に進み出て口を開いた。
「閣下は軍団長閣下と同じ単語を用いますが、出身が同じなのですか?」
またどうでもいい事を聞くな。どうもこの世界の言語には野戦軍とかいった単語は皆無らしい。つまりはアンドレイ辺りが創作した新しい単語という扱いになっているのか。
「諸君らも知っての通り、俺と軍団長はこことは別の世界の出身、つまりは召喚者ということになるのだが、出身国は別だ。とはいっても隣国同士でかつては敵対国でもあったのだが。まあ、その点では俺も軍団長も遺恨はないはずだ。なにせ生まれる何十年も前の話だからな。
あと俺はまだ閣下と呼ばれる地位にない。階級名で呼ぶこと」
現在でも領土問題は残っているが、俺は国防軍にいたわけでもないし。
イルマは小さく頷くと礼の言葉を口にして下がった。どうやら納得いただけたようだ。
次に手を挙げたのはリーダー格のトルニと、やや背の低いラウリの二人だった。ラウリを指名すると、彼も同じように一歩前に進み出た。アンドレイは部下をよく教育しているようだ。民間軍事会社にいた俺にはこういう光景は物珍しいけど。
「まったく新しい形の要人警護とおっしゃられましたが、具体的な訓練内容をお教え願いたくあります」
「具体的な内容に関しては訓練をしていくうちにわかると思うが、諸君らには魔銃を用いての近接戦闘に習熟してもらうことになる」
なんかこの言葉遣いも疲れる。格式張ったやりとりは好きじゃないんだ。
最後の質問はトルニを指名。
「質問します。召喚者である十人長殿はどういった理由で戦われるか聞きたくあります」
こいつは頭がいいのかぶっているだけなのか、戦う理由とやらを聞いてきた。
というかあれだ、アンドレイが言っていた通り俺が忠誠に値する人間か測ってるんだろう。なんともめんどくさい慣習を持つ民族だが、忠誠に値しない人間と思われたら後が面倒だ。ただでさえ遠回りしているというのにこれ以上メイドさんが遠ざかるのはちょっとごめんだ。
さて、綺麗事を言った方がいいのか本音を言ったらいいのか。よく見知った人物ならその人の好む耳障りのいい方を選ぶんだが、今回は初対面だ。
……いや、小細工をする必要はないのか。なんで俺がこんな使えるかどうかもわからない連中に気を遣わなきゃいけないんだ。
「俺には目的がある。そしてその目的を達するのには戦功を上げるのが最も確実であるから戦うだけだ」
……本音を言うっていってもさすがにメイドさんが云々はドン引きされるので耳障りのいい言葉に置き換える。さすがの俺でもそれくらいの分別はあるさ。ほんとだよ?