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1話

 アンドレイと名乗ったロシア人の率いる軍団と共に、俺は雪山を下りた。その際に知ったのだけど、どうやら俺がいた山は帝国の北辺にある山脈の一つだったらしい。明確な帝国の領土は山脈の南側までで、そこから北は北方蛮族とやらの勢力が優勢のようだ。とはいっても全ての部族が帝国と敵対しているわけではなく、いくつかの部族は帝国に帰順しているらしい。今俺たちがいる軍団の駐屯地も帝国に帰順した部族の村の一つだった。


「どうだね、この世界の紅茶は」


 木のスプーンですくったジャムを紅茶の中に投入しながらアンドレイが言った。


「紅茶なんてそれほど飲んだことないから良し悪しなんてわからない。が、このジャムは美味いな」


 俺は出されたジャムをクラッカーっぽいパンに付けながら答える。久し振りに使った高速英語はまだまだ不自然さご抜けていない。


「さて、君はどれくらいまで自分の状況を理解している?」


「帝国軍人のロシア人に捕まった」


「そう、その通りだ。さて、私が提示できる選択肢は二つある。

 一つ目。我々に帝都まで連行され、処刑される。

 二つ目。私の軍団に入り、帝国の為に戦う」


 実質的に選択肢一つしかないじゃないですかー……。


 ともあれ、人間をやめてまで生き延びたのにここで処刑されるのはごめんだ。実質一つしかない選択肢を選ぶことに決めた。


「あんたについて行くよ。どうせ生き残るにはそれしかないんだ」


「そうか。君が正しい選択をしてくれたことを嬉しく思う。ところで君は日本の国防軍に従軍していた経験が?」


「正規軍にいたことはない。アストロ・セキュリティって民間軍事企業に所属していた」


「その会社は知っている。私の部下が何人か所属していたと思う。ヴァシリ・アンブロフスキという男に聞き覚えは?」


「聞いたことはない。たぶん部署が違うと思う。うちの会社にいたロシア人は実力行使を担当する部隊にいたと思うから、接点はあまりなかったな」


「まあそれは別にいいんだ」


 いいのかよ。


「私は君に少人数の部隊を預けたいと思う。分隊規模の指揮経験はあるかね?」


「大体はそれくらいの人数を指揮していた。だが俺は要人警護くらいしか経験ないのだが」


「構わない。皇帝陛下から銃兵を用いた貴族の警護を命じられてね。この世界の人間に銃の用法や戦術を一から教えるよりかは君のように銃の運用について知識のある人間を使った方がよほど効率がいい」


「銃の運用だったらあんただってよく知っていると思うが。正規軍の運用なら警備員崩れの俺なんかよりよっぽど適当だ」


「求められているのはまさに『警備』なんだよ、オキノ。それに私は君の言った通り正規軍の指揮運用に向いていると自覚があるからね、こうして軍団を率いているというわけだ」


 なるほど、アンドレイの言うことももっともだ。


「まあ、それについては了解した。なあ、もしかして俺が指揮することになる部下も俺が教育しなければならないのか?」


「もちろん。銃の扱いに長けている者を優先して配属させる予定だ。部隊名はそうだな……。第一警護小隊なんてどうだ?」


 分隊規模の人員しかいない部隊に小隊と名付けるとは。まるで充足率七割しかない極東の国防軍のようじゃないか。


「部隊の通称と軍旗のデザインは君に任せるよ」


 部隊の通称。つまり愛称の事か。ナイト・ストーカーズとか超カッコイイし、そんな方向性で行こうかしら。まあ、これはまたの機会でいいかな。軍旗のデザインについては保留。自慢じゃないが美術の成績は二をキープしてたんだ。適当な人間に任せる。


 部隊の編成も終わってないどころかこれから始まる予定の部隊の愛称だの軍旗だの考えたって仕方ない。


「当面俺は何をすればいい? 空いてるポストなんてそうないだろうし」


「君は正規軍に所属することになる。しかも部隊長だ。それが高速英語しか解さないというのはいささかまずいとは思わんかね。というわけで、しばらくの間は勉学に励んでもらうとするよ。副官!」


 軍人らしいハリのある声で部下を呼ぶアンドレイ。が、呼んだはずの副官はいつまで経ってもやってこない。

 ま、それもそうだろう。なんせアンドレイは高速英語のままだったし。



 †



 再度、アンドレイの副官を交えて俺の加入についての話をする。とはいっても俺は帝国語がわからないからいちいちアンドレイを挟んでの会話だったんだけど。


 だが、アンドレイの副官がどんな心情でいるかはその表情からよくわかる。綺麗な黒髪の彼女は明らかに俺の事を疎ましく思っている。


 愛する男が私以外の人間に興味を示してる! 許せない! な雰囲気ではないのは、アンドレイを小馬鹿にする態度でよくわかる。あれだ、地方の役人を見下す中央官僚みたいな態度だ。こんな奴は会社にも大学にもいたから簡単にわかる。


 だが、形だけとは言え上官は上官だ。上手く立ち回らないと簡単に切り捨てられる事になる。もしくは、簡単には切り捨てられない理由があるのかな。ま、どうでもいい。俺はこいつと関わる機会はなさそうだし。


「さて、オキノ。君の暫定的な待遇が決定したよ。ひとまず君は十人隊長の位が与えられる。語学の教官は私の副官、オクタヴィア・クラウディウスだ」


「や、だって言葉が通じないんじゃ」


「ん? 彼女は高速英語を習得しているぞ。言っていなかったか?」


 いやいや、ならなんであんたは通訳を買って出たんだよ。


「彼女から直接伝えさせるよりかは私から伝えた方が君の精神に優しいと思ったのだが」


 え、この人そんなにキツい人なの? 見下されて終わり、じゃないわけ?


「紹介に預かったオクタヴィア・クラウディウスです。どうぞ、これからよろしくお願い致します、オキノ殿」


 黒髪の副官殿はこれぞ慇懃無礼、と言いたくなるほどの見事な態度で腰を折ったのだった。

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