19話 帝国でのお話2
私は昨夜構築した駐屯地の中で、先ほど出発した斥候の帰還を待っていた。部下の軍団兵には即応態勢をとらせている。
「閣下、いかがなさいましたか?」
秘書代わりの帝国人が声をかけてきた。秘書と言えば聞こえがいいが、要は私の監視係ということらしい。この国の最高権力者、アンドレウス帝は異世界出身の私に軍団を任せるほど重用しておきながら完全な信頼は置いていないらしい。
「特になにも。北方蛮族の妨害が無いかを心配していただけだ」
そう秘書官には答えたが、あながち嘘ではない。
現在駐屯地がある辺りの蛮族はもう三十年も前から帝国に臣従してはいるものの、ここからさらに先の地域に関してはかなり危険だと言わざるを得ない。私が確認できるだけで大小五十以上の部族が互いに相争い、帝国の支配に抵抗しているのが現状だ。最近になりやっと練度の上がってきた私の軍団をこのようなつまらない所で消耗したくなかった。
この辺りで私の事を教えておくとする。
私はロシア陸軍第八三独立空中襲撃旅団第六五四独立空中襲撃大隊に所属する将校だった。この世界に来たのはおよそ二年前、帝国暦六百三十五年の事だ。西暦で言えば二千年の八月十日の事だった。
私が指揮していた大隊は極東軍管区で起きた大規模な軍の反乱に巻き込まれ、造反部隊の総司令部を襲撃する為、輸送ヘリでの移動中だった。
パイロットが対空ミサイルの接近を告げた直後に私は気を失い、気が付いた時にはこの訳のわからない世界へと転移していたのだ。
そこで私は生きる糧を得る代わりにこの国の皇帝に忠誠を誓い、いずれ来るはずの連合王国との決戦の為に与えられた軍団を鍛え上げていたのだ。
今回の出撃が私の軍団の初陣となる。陛下のお考えとしては、敵の精鋭にいきなり当たらせるよりも北方蛮族との戦闘でいくらか実戦の空気に慣れさせよう、というところだろう。
とはいっても私が指揮をするのは新設されたばかりの軍団だ。それも、マスケット以下の魔銃とやらを主力装備にしており、今までの訓練も平原での大規模戦闘を想定してのものだったからこの森林での戦闘でどれほどのことができるのか、想定できない。
戦時捕虜として奴隷となったオルカ族の技術を用いて改良を重ねたとはいえ未だに五キロ以上はあるこの銃は取り回しがすこぶる悪い。正直言って今回の作戦には乗り気ではない。
「まあ、構造物の現れた辺りはオルカ族の支配地域ですからね。我らが帝国の技術を持って脱走されたら事ですよ」
オルカ族は比較的温厚で閉鎖的な民族だ。青白い肌と金髪が多い周辺の北方蛮族とは違う黒髪の者が多く生まれることから帝国の人間からは悪魔呼ばわりされている民族だ。帝国にはない独自の冶金技術を持っている事も原因だろう。奴隷となれば主人に忠誠を誓うことから、オルカ族は奴隷としても人気だ。
彼らが温厚なのは、彼らの支配地域を侵さず友好的に接している間だけで、一度敵対行動を取ればどちらかが全滅するまで戦い続けるとんでもない戦闘民族でもある。私が召喚される前にあったという大規模な戦闘では、帝国の執政官率いる精鋭の常設二個軍団が文字通り「消滅」したらしい。
私の軍団に配属されているのは、私が自分で買い上げたオルカ族の奴隷二千名だ。編成としては、そのうち二百名が銃兵、三百名が騎兵、残りが近接装備の歩兵だ。東大陸諸侯の連合である王国と比べて国力が上の帝国でさえ私が確保できた魔銃はこれが限界だった。
「彼らは私に忠誠を誓っている。そうそう脱走者は出ないだろう」
私の返答を興味なさそうに受け流した秘書官が話題を変えた。どうもこの女は私の事を好いていないらしい。有能だからまだ使ってはいるが、職務を妨害するような真似を始めたら粛清もやむを得ないだろう。
「そうそう、保護対象の召喚者の詳細がわかりましたよ」
手元の羊皮紙をめくりながら秘書官が言った。
「間諜からの報告か。どこの国の人間かわかるか?」
「はっきりとわかっているのは氏名と召喚後の経歴、未確認ですが召喚前の経歴も多少あります」
今回の任務は王国から転移してきた構造物から現れた召喚者の確保だ。厄介なのは言葉が通じず各地の北方蛮族や監視の帝国軍兵士と何度も小競り合いを繰り返していることだ。
「氏名はオキノ・ユーイチ。どうやら王国側の魔術師の手違いで最初は帝国領内に召喚されたらしいです」
魔術には明るくないが、どうやったら手違いで敵国に召喚できるのか。
「その後およそ二週間で王国側の冒険者が対象を確保、その後しばらくはおの冒険者のパーティに合流していたようです。で、三日前に王国領内に出現した中級程度の構造物攻略にその冒険者一行と挑戦、以後行方不明となったようです。間諜が調べられたのはここまでのようですね」
「ふむ。その名前から察するにニッポン人ということか。召喚前の経歴は?」
「はっきりとはしていないのですが、紛争地帯で警備兵をしていたと話していたようです」
ということはどこかの軍隊、恐らくは日本の国防軍か民間軍事企業の社員か。比較的若年の学生が召喚されることが多い中で何かしらの戦闘職種の経験がある召喚者は珍しい。言葉が通じるか不安だったが、仮にも紛争地帯に派遣されていたのならば多国籍軍で使用されている高速英語は使えるだろう。
「千人隊長を集めろ。通達がある」
しばらくして私の天幕に集まった二人のオルカ人の青年を前に、作戦に関する注意事項を言い渡す。
「対象の発見後、即応態勢で包囲だ。今回の任務は討伐ではなくできる限り生け捕りせよとの命令だ」
「閣下、対象は遺物、恐らく神代級遺物を装備していると思われます。それに言葉が通じなければこちらに戦闘の意思が無いことも伝えられないのでは?」
「意思疎通に関しては問題ない。包囲の完了後、私を呼べ。直接対話を試みる」
「危険ではないのですか?」
オルカの青年は値踏みするように私を見た。私が忠誠を誓うに足る指揮官かどうか見定めているのだろう。
ならばそれに答えてやらねばならない。それがロシア陸軍将校としての、アンドレイ・ニカノロフのほとんど唯一の矜恃なのだから。