14話
「おおおおあいってええええ!」
驚きに全身を強張らせ、連鎖して襲ってきた痛みのせいでおかしな叫び声を上げるハメになる。
「ん? どうした」
どうしたじゃねえ! なんだお前は!
なんとか剣を引き抜き、突きつける。こんなところにいるのはまずまともな人間じゃない。話は通じるようだけど、棍棒外交万歳。アメリカ万歳。
「死にかけてるのに頑張るの。心配しなくてもなにもせんよ」
「な、て、てめっ、なんで言葉がわかる!?」
そう、問題はそこだ。こいつが話しているのは完璧な日本語だ。ついでに言うと俺はあの翻訳機をなくしている。
「そりゃ勉強したからじゃろう」
当たり前のように言うが、理解できるはずがない。が、さすがに慌てすぎだ。落ち着け俺。
「落ち着いたかの」
深呼吸していると、赤毛が声を掛けてきた。
「……だいぶな。で、あんたは一体何者なんだ? なぜ俺と話せる?」
相変わらず全身が痛い。
「わしに個体名は既にないよ。今ではただ知識を集めるだけの存在じゃ。多少は異能の類も使えるがの。まあ、お前さんの敵ではない事は確かじゃ」
なんでもないように赤毛は言った。
「お前さんはこの世界の人間じゃなかろう。それも連れて来られたばかりじゃな」
「……なぜわかる?」
「そりゃお前さんから体内活性元素の匂いがしないからじゃが……。話をするのも辛そうじゃな、直してやる」
言うが早いか、ぼんやりと青白く光る指先を俺の額に触れさせる。途端に身体中の痛みが弱くなっていき、最終的にはわずかに違和感が残る程度にまで回復してしまった。ヒサリアの回復魔術とは比べ物にならないくらい強力な魔術だ。や、治療されたことはないけど現場は見てるからな。
「おいおいまじかよ……」
「なに、お前さんの体の時間だけ逆行させて固定化させただけじゃよ。三百年も生きてれば誰にだってできる」
つまらなそうに赤毛は言う。おかしな単語が聞こえてきた気もするが、突っ込む気力は既にない。
「ところでお前さん、さっきは面白そうな事を言ってたの」
「は?」
「ほらメイドさんがどうこうとか。今まで色んな奴の最期の言葉を聞いてきたがあれほど己の欲望に忠実な言葉はなかったからの。仲間の為だの国を守るだのありきたりな言葉ばかりじゃった」
口に出したつもりはなかったんだが。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「で、わしならお前さんをここから出す手伝いができるのじゃが。どうじゃ、わしと契約してみないかね?」
うわー、うさんくせー。
「情報が足りなさすぎるだろ。いいから知ってる事全部吐け」
「お前さんわしに命握られてる自覚あるの? さすがにふてぶてしすぎると思うんじゃが。まあよい、なんでも話してやる」
「どうせ一回死んだも同然なんだ、今更気にしてもしょうがねえだろ。で? あんたに命を助けてもらう代わりに俺に何をさせたいんだ? あと助けるってどんな手段で?」
「なに、簡単じゃよ。お前さんの食に関する嗜好をちと弄らせてもらうだけじゃよ」
ショク? ショクって食事の食?
「うむ。なに、別に特定の物しか食べれなくなるわけじゃない、単にある種の肉がやたらと美味く感じられるようになるだけじゃ。で、手段なんじゃがの」
赤毛はゴソゴソと黒いローブの懐を弄り出す。
「おお、これこれ。この籠手をやる。この世界のランクで言えば神代級遺物となるかの」
取り出したのはなんの変哲もない一組の籠手だ。よく見るような金属製の籠手で指の先まで覆うタイプ。表面には蔦のような植物の装飾が彫られている。
「や、アーティファクトのランクとかわからないから。で、その籠手だけなのか?」
「それだけって、この籠手、売り払ったら国一つ買えるくらいの価値があるぞ? 到底売れるようなものではないがの。これがあればあんな下級のトカゲなんぞ瞬殺じゃろうな」
赤毛の言葉に一瞬気が遠くなる。冗談じゃない、そんな物ぽんとくれるようなこいつは本当に何者なんだ。
「あ、そうじゃ、条件一つ追加じゃな。わし、単独じゃとここから出られないからの、お前さんに取り憑く形で一緒にお前さんについていくが。安心せい、わしは実体がないのでな、お前さん以外には見えんよ」
取り憑くって言葉に不安しか覚えないのだが。だが、そんな事はいい。メイドさんの前では些細な事だ。
「……わかった。乗った。で、もうひとつ質問なんだけど」
「なんじゃ?」
「取り憑くのは別にいいんだけどな。あんた姿とか変えられんだろ? 実体とかないって言ってたし」
「じゃ、俺の言う通りの容姿に変えてくれ。まずな……」
俺の質問、というか要望を聞いた赤毛は、それはそれは心底嫌そうな顔をしていた。
†
儀式自体は至って簡単に終わった。ぽんと俺の頭に手を置いて終わり。あまりの呆気なさに文字通り呆けていると、赤毛がめんどくさそうに理由を教えてくれた。
「お前さんの生体情報はわしの世界と同じじゃったからの、多少の細工なら一瞬で済む」