12話
洞窟の中は薄暗かった。や、洞窟なんだから当たり前なんだが。
道幅はおよそ五メートル。ちょっとした歩道くらいの広さしかない。高さは大体二メートル半といったところか。別に補強されているわけではないけど、落盤の危険性はなさそうだ。
壁一面にうっすらと光を放つ鉱物が露出しているおかげでただ歩く分には支障はなかった。
「おー、元気にやっとるみたいですね」
後衛組の兵士の中では最古参らしい髭面の兵士が松明を壁面に突き刺しながら言った。
確かに遠くの方から剣戟の音が聞こえてくる。中川達が戦っているのがわかる。
とは言っても俺が見たのは前衛組が殺した魔物とやらの死骸だけだ。
薄茶色の人型の魔物。頭部に毛はほとんど見られない。直立した状態でも百二十センチくらいしかない小柄な魔物だ。正式名称はわからないのでゴブリンと命名。ふふふ、久しぶりに正統派ファンタジーな雰囲気がしてきたぞ。
にしても不可解なのはほとんどの死体が焼殺体ということだ。前衛組の武装は剣がメインだったはずだ。となると魔術師のヒサリアかあの八極中学生が魔術で焼き殺したとみるのが妥当だろう。
焦げ臭いような肉の腐ったような臭いが坑道に充満してるのは勘弁願いたいのだが。
後衛組の兵士たちは手際良く焼死体を解体し、素材集めと称して死体の欠片を袋に詰め込んでいる。RPGとかだと戦闘終了後にドロップアイテムとか出てきたりするけど、その過程をいざ目の前にするとなんとも言えない気分になる。いや、いくら魔物とは言え人型の死体を解体するとか、どこの悪魔信者だよって感じ。
坑道に脇道はほとんどなかった。数少ない脇道もすでに精査して安全確認は済んでいる。
だんだんと戦闘音が近付いてきて、ついにこの曲がり角の向こうにまで追いついてしまった。
「手こずってるみたいだけど、加勢した方がいいんじゃないか?」
「いえ、下手に近付いたら我々まで焼き殺されかねません。ここいらで待機してましょう」
兵士達は腰を下ろし、皮袋に入った水を飲みながら談笑を始めた。いやいや、やる気なさすぎるでしょう。十メートル先じゃ殺し合いやってんのよ?
俺はその談笑に加わる気にはなれず、曲がり角の所から戦闘の様子を伺うことにした。一応あのボウガンに炸裂弾を装填しておく。
先はちょっとしたホールみたいになっている。天然の鍾乳洞みたいな柱が所々に生えていて天井を支えているようだ。
部屋の中央では中川率いる前衛組が六メートルはある化け物と戦っていた。
化け物は一応人型だけど、頭部かトカゲみたいになっている。両腕は人の胴体より二回りほども太く、二メートルはある斧を抱えていた。いわゆるバトルアックスという奴だ。なんか、ドワーフが抱えてそうなの。
そいつの足元にはちょろちょろとゴブリンが数匹走り回っていた。武装はボロボロの短剣。
俺は初めて生きた魔物を見た衝撃で固まってしまっていた。なんだあの化け物、あいつらよく萎縮せずに戦えるな。
戦術としては、中川とクラウディアがでかい方の化け物を牽制し、その隙に金銀姉妹がゴブリンを仕留めている。ヒサリアと八極中学生は少し離れたところで魔術援護をしていた。ヒサリアは時折詠唱を挟みながらバシバシ光弾を撃っているが、八極中学生はなにやら瞑想して動かない。
「離れろ!」
中川が叫ぶ。同時に前衛組が全員柱の影に退避した。魔物どももそれを追おうとするがそれより先に部屋を閃光が覆い尽くした。その寸前、あの八極中学生が両腕をかざすのが見えた。
「うおっ、まぶ……」
危ない、面白くもないテンプレを叫ぶところだった。だが暗闇に慣れた目にあの閃光は良く効いた。視界がホワイトアウトし、十数秒間何も見えなくなる。まさか異世界に来てまで閃光手榴弾を食らうとは思ってなかった。
視界が回復したので再び身を乗り出して部屋の様子を窺うと、そこにはまさしく地獄が広がっていた。
至る所で炎が燃え盛っていた。おかげで明かりには困らない。動き回っている炎はあれか、身体中に引火したゴブリンか。妙に濁った甲高い叫びをあげながらヨロヨロと歩き回っている。中川達はそれに止めを刺して回っている。
「おいおい、なんだ今のは」
後衛組の兵士達がぞろぞろとホールに入ってきた。でかい化け物の死体を見つけると無警戒に近寄っていく。
「やめろ、まだーー」
中川が叫んだ。だがその声が後衛組に届く頃には、彼らの内三人の胴体が化け物の爪に引き裂かれていた。
「オォォォォォォォォアアアアァァァァォ!!」
坑道全体を揺るがせる雄叫びに、残った全員が硬直した。
「ッ! 撤退だ! 入り口まで走……ッ!?」
指示を出そうとした中川の身体を狙い、魔物が腕を振るった。かろうじて刀で防御したようだが、吹き飛ばされて柱に叩きつけられる。ちくしょう、あれじゃ鎧を着てたって意味がない。完全に胸が押し潰されている。おまけに衝撃で崩れた柱が中川の上に降り注いだ。他の五人と生き残りの後衛組は未だに硬直している。
最初に動いたのはカナデだった。
「兄ぃ!」