3話
追記完了しました
目を覚ましたのは日が昇ってすぐの頃だった。これでとりあえずの方角は見当はついた。気を取り直して地図を広げてみる。
周囲の地形……山やなんかを観察し、地図上に似たような地形がないか調べる。しばらくその作業を続けて、なんとか三つまで候補を絞ることができた。この森から見える範囲じゃ特定できない。
ちなみに地図に書かれている文字は俺の知らないものだった。アルファベットのようにも見えるけど、こんな形の文字は既に消滅した言語の文字も含めてみたことがない。一番近いとしたらルーン文字がよく似ている。
……あー。
昨日の愉快なコスプレ強盗の時から薄々分かってはいたのだけれど。
もしかしてここは地球じゃないのではないだろうか。
その証拠の一つがコスプレ強盗から奪った荷物の中に入っていた細長い棒状のパンだ。一口しか食べてないのに不思議と身体に力がみなぎってきて、思わずアブないクスリでも入ってるんじゃなかろうかと疑ってしまったほどだ。そのあとはもう食べてないし禁断症状も出ていないので麻薬入りパンではないと思うけれど……。
正直麻薬の知識なんて中学高校で習うレベルのことしか知らない。いったいどれくらいの期間で禁断症状が出るのかとかそういった知識がまったくないので断言なんかできないけど。
まあとにかくそんなわけで、俺は自分が『地球ではないどこか』にいるという可能性をちょっと真剣に考えなきゃいけなくなっていた。
だが今現在もっとも深刻な問題が一つある。
水と、まともな食料がないことだ。水に関しては革製の小さな水筒に三分の一程度入っているだけ、食べ物も得体の知れない棒状パンの他は得体の知れない干し肉しかない。すぐにでも街に行かなければならないだろう。
目が覚めてすぐに散歩がてら辺りを調べてみたけど、飲めそうな水は見当たらなかったんだ。
荷物をまとめ、まっすぐ東に向かって歩くことにした。地図の縮尺はイマイチよくわからないが、俺はこの大きい森の東端にいたんだろう。そこから東に歩いていけば南北に伸びる大きな街道があるみたいだ。相変わらず推測ばかりだけどなにもせずじっと飢え死にを待つよりかよほど健康的だろう。それに街道上には大きな宿場町やなんかがあるはずだ。
たとえこれが街道ではなかったとしても、地図に描かれるくらいならなにかしらの意味を持つのだろう。
歩き始めてもう数時間が経つ。未だに街道にぶつかっていない。もしかしたら縮尺の長さが間違っていたかと不安になる。間違っていたところで歩き続けるしか選択肢はないんだけど。
それからさらに歩き続ける。途中で休憩を挟みながら三時間ばかり歩くと、枯れた川にたどり着いた。この何もない平原をまっすぐ南北に走っている。地図を取り出して確認する。真っ直ぐ東に歩いて川に突き当たると今までの半分ほどの距離で街道(と思われる)に突き当たることがわかった。
川はところどころS字にカーブを描いていた。幅は二十メートルほどでゆるいカーブの外側には水が溜まっていた。
とっくの昔に水は飲み干していたから足を滑らせないよう水たまりの方へ走った。
川はここ最近干上がったばかりらしい。水はぬるかったし若干濁ってはいたけど、ないよりはマシだ。
日差しはそれほど強くないが、何時間も歩けば喉は乾く。喉の渇きを癒したら今度は空腹感が俺を襲った。とはいっても食べ物は得体の知れないパンと干し肉のセットだ。正直両方共食べたいとは思えないけど、選り好みできる状況でもない。とりあえずこの場はパンだけを食べることにした。
それほど固くもなく、かと言って日本で食べるような食パンほど柔らかくもなく、なんともいえない食感だ。味の方はミントのような甘いミルクのような不思議な味だ。このミントっぽい味が怪しさを醸し出してるんだけど、これがかなりうまいから困る。長さ三十センチ、直径三センチほどのパンは五センチも食べればかなりの満腹感を得られるのだけれど、いくらでも食べられそうな感じがする。食欲をセーブするのに苦労した。
休憩がてら地図を広げてみる。予想より大きな範囲をカバーしていたみたいで、縮尺を見誤ったことになる。それでも無事に飲料水を確保できたし、街への目処もついた。太陽の位置から考えると大体午後四時頃。今までの歩行距離と時間から、最寄りの街への所要時間を計算すると……大体六時間、といったところか。ただこの計算に休憩時間は入れてないのでその分も加算すると大体九時間といったところか。疲労も溜まるだろうしほぼ一日歩き続けるはずだ。街灯なんてものはなさそうなところだ、深夜の行軍は不可能だろう。
というわけで少し早いがここで野営することにした。川のカーブの外側、水が溜まっていないところを選んで荷物を下ろす。頭陀袋の中から、森で調達してきた枯れ草と薪用の小枝、それに火打石を取り出した。この火打石はこの頭陀袋に元々入っていたものだ。
何度か失敗しつつも、手早く火を熾す。焼くものなんてないけれど、ここの夜は結構冷えるみたいだ。それに火を熾せば野生動物の類は襲ってこないだろう。
パチパチと爆ぜる焚き火に手を翳しながら、目を瞑る。
無性にタバコが吸いたかった。一応頭陀袋の中には入ってる。ただ不安なのが、ここがタバコの存在しないような場所ではないか、ということだけだ。
もし存在しないのなら、嗅ぎなれない匂いを嗅ぎとり、誰かが寄ってくるかもしれない。そしてその誰かは、高確率で友好的ではないだろう。アメリカかどっかの軍隊の話で、現地人が使わないヘアワックスなんかを使用していて、その匂いで潜伏場所が武装勢力にバレたなんてもともよくあったみたいだ。
つまり余計なことはしないに限る。
そんなことを考えていたら余計に吸いたくなったけど、無理やり眠って、その欲求を捻じ曲げた。