6話
さて、俺を召喚したという魔術師の一団は決闘から四日後にやってきた。
それまでの間俺が何をしていたかというと、いつものダメ人間な生活を送っていた。時々身体がなまらない程度に筋トレやロードワークをして過ごしていた。中川達は付近の構造物の攻略に出ていたみたいで顔を合わせなかったな。シェネルとは何度か雑談したけど。
クラウディアとは一度だけ顔を合わせたけど、「悔しい、でも感じちゃう……」みたいな顔してた。や、違うな。うん、絶対にそれは違う。
魔術師とやらは三十人もの護衛を引き連れて砦に入城してきた。まったく、国内の移動なのに大袈裟すぎんじゃねえの? とは思わなくもないが、野盗だのなんだのも多そうな世界だしこれでも少ない方かな。
だが仮にも貴重な人的資源である魔術師の護衛が一個小隊規模とか、俺の雇い主の求心力が引くそうで不安になってくる。
俺は中川の隣に立ち、魔術師一行の様子を観察していた。
三十人の護衛が一列に並び、槍を立てる。その後ろからローブを着た二人組が横列の前に出てきた。片方は神経質そうないかにも理系男子です、といった雰囲気の青年だ。背は高いが線は細く、テンプレのような魔術師的な見た目だ。ローブの首元から覗く首筋に黒い入れ墨が見えた。手の甲にも同じような紋様が彫ってあり、どうやら全身に入れ墨が広がっているみたいだ。
もう片方は十八歳くらいの少女だった。亜麻色の髪を縛りもせず無造作に流しているけど、手入れ自体はちゃんとしてあるみたい。きっと隣の青年の助手だか弟子だかだろう。こっちには入れ墨らしきものはなく、こいつも中川ご一行の魔術師と同じくいかにもな杖を持っていた。ヒサリアの持つ杖との違いを上げると杖の先に嵌まった宝玉の色が青いくらいしか違いはわからない。
二人の他に魔術師はいないみたいだからどちらかが俺の雇い主なんだろうけど、できれば男の方がいい。や、別にホモとかいうわけではなく、単に少女の雰囲気がほんわかぱっぱし過ぎて頼りないのが原因だ。
「王立魔術運用局主席顧問、アルベール・クレモンです。早速城主殿にご挨拶に伺いたいのですが……」
クレモンと名乗った青年は中川に向かって言った。確かに中川が代表っぽく見えるが、こいつはただの異世界人だ。城主はまた別にいる。
ただ、俺は城主である魔術師とやらをまだ見ていない。中川曰く、マッドサイエンティストな御仁らしいから別に会わなくとも構わないんだけど。
「先生は王都に居られます。伝令から聞いていませんでしたか?」
中川に代わってクラウディアが答えた。
「初耳ですね……この者が召喚に失敗した対象者を保護してくれた礼を伝えたかったのですが。それに当代最高の魔術師としてお話を伺いたかったのです。いやあ、残念だ」
クレモンは残念そうに言ったが、そんな事はどうでもいい。こいつ、隣にいる少女が俺を召喚したとか言わなかったか?
俺が言葉を発する隙もなくクレモンは言葉を続けた。
「ふむ。これが例の対象者ですか」
クレモンはやたらと冷たい目で俺を見た。発した言葉にまでバカにした雰囲気を滲ませている。
なんで初対面の人間にケンカ売られにゃならんのかまったくわからないが、大人しくしておく。この手の蔑みには慣れてるし別に頭に血を上らせるような事でもないしな。
この状況で頭に血が上りそうな約一名は静かにしてる。あれか、クレモンの皮肉が通じなかったのか。
「伝令によると神学生ということですが……正直、文官はあまり必要とされていないのです。ナカガワ殿のように武術を修めた神殿騎士団員ならまだしも」
おーい、伝達ミス発生してるぜー。どういう経緯でそう変化したかはシェネルとの会話から推測できるが。
つか、こいつ言外に「お前の席ねーから!(意訳)」とか言ってない?
ここでクレモンの隣にいる少女が口を開いた。
「あのー、そこまでバカにされると召喚した私までバカにされてる気分になるんですがー。私、これでも学院の最年少首席なんですよ?」
その言葉が信用出来ないほどバカっぽい喋り方だ。ていうかマジかよ、やっぱこいつが俺を召喚したのか。
「私も事故がなければあなたと同じ年齢の時に卒業できていたんです」
「逆になんであんなの失敗するかわかんないんですけど」
「……エリュシア、あなたは少し黙っていなさい」
クレモンが苦々しげに呟く。
それを聞いたエリュシアとやらは、
「…………助手の分際で」
ん? こいつなんか凄い毒を吐きませんでした? だがエリュシアの顔を見ても先ほどと変わらない頭の中オールお花畑な雰囲気を漂わせて微笑んでいるだけだ。もしかして俺の空耳なの?
「あー、なんだ。話の途中に悪いが訂正させてくれ。現在の身分が学生である事は確かだけど、別にそれが本業って訳じゃない。致し方なく学生やってるわけだ。ついでに言っとくとそこの中川が行ってた学校より上級のとこだからな」
ここで初めて口を開く。別に開く必要もないっちゃないんだけど、事実誤認のまま話が進むのはなるべく避けたい。
「ほう? では、その本業とやらを教えて頂いても?」
なんでこいつはこう、人を煽るような喋り方しかできないんだろうか。そんなんじゃ友達できないぞ。友達と呼べる存在が皆無な俺が言うのもなんだけど。
「まあ、あれだ……警備員やってた」
正確には違うんだけどな。法律上こうだから仕方ない。正式にはPMSCのコントラクターという。
「警備員? 衛兵のようなものですか?」
どうやらこの世界には警備員という職業はないらしい。
「民間だけどな」
「ふん、傭兵ですか。大方貴族の放蕩息子といったところでしょう。神学校に在籍しているというのもなにか仕事でヘマをやらかしたとかそんなところですか」
クレモンは鼻で笑って言った。
だがこいつの「ヘマをやらかした」という部分は合っている。
「元傭兵ということなら戦闘力に問題はなさそうですね。では契約の儀を執り行うとしましょう。エリュシア、陣を囲いなさい」
偉っそーにクレモンが指示を出した。
「……ブチ殺すぞ」
あ、言った。完全に殺害予告だぜこれ。う、うん、こいつには逆らわないようにしよう。何が怖いって、こいつには殺害予告を実行する実力があると雰囲気でわかる。いや、怖いとかそんなんじゃないよ? ただ負けるケンカはしない主義なだけだ。結局怖がってんじゃん。