4話
「決闘だっていうのにやる気ないわねえ」
「うまくやるさ。さてと、部屋に戻って昼寝でもするかね」
「鍛錬するとかじゃないんだ……。ほんとびっくりするくらいやる気がないじゃない」
「別に戦争するわけじゃないし、給金が出るわけないのに頑張るわけないじゃん。じゃあの」
シェネルと別れたあと、俺は食糧庫に寄ってリンゴとパン、チーズと薄めたワインをかっぱらって部屋に戻った。
この世界のリンゴは日本の物と比べると小振りで酸味が強い品種のようだ。ワインも腐敗防止ようにか生姜だのが入っていて独特な風味がある上、不純物がやたらと多い。地球じゃまずお目にかかれないほど質の悪いワインだけど、かえって物珍しくて俺は好きだ。チーズは普通。特筆すべきものは特にない。
藁を敷いたベッドに横になり、リンゴを齧る。うん、大してうまくもない。
こういう時こそ本を読むのに最適な時間なんだけど、まだこの世界の文字は読めない。首飾りも音声言語しか翻訳できないし、ほんと役立たずだ。この城は魔術師が常駐しているだけあってかなり大きい書庫があるようだけど、字も読めないのに行く気にはなれないしな。
結局この日は酒を飲んで昼寝しただけで終わった。なんだこのダメ人間な一日。最高じゃないか。
さて、決闘の日がやってきた。俺が中庭に行くと既にクラウディアはスタンばっていた。やる気満々だ、うんざりしてくる。非番の兵士たちも二十人ほどギャラリーとして集まっていた。
何時もの胸甲に二メートル近い大剣を装備してる。木剣だけどあれで殴られたら簡単に骨を折られるだろう。ケリをつけるなら攻撃を食らう前に終わらせないとな。勝ち負けに興味はないけど痛いのは嫌だし。ああ、骨を折ったことのある人ならわかると思うけど、漫画みたいに「あばらが二、三本いったか……」とか呟いて戦闘続行とはいかないもんだ。あばら骨折ったら痛みで動けないし、呼吸する度に痛むし戦うどころじゃなくなるもんだ。
「逃げずに来たことは褒めてやる」
なんで上から目線なんですかねえ? まあどうでもいいけど。相手がどんな態度だろうとやることに変わりはないんだし。
「そらこっちのセリフだよ」
小さく呟き木銃を構える。銃剣道はやったことないけど、そんな構え方だ。
「……貴様、そんなおもちゃで私に勝てるとでも?」
クラウディアが怒りに震えながら言った。ちょっと、短気過ぎるでしょう、この人。
「得意の得物でって言ったのは確かあんただよな。残念ながら俺のお気に入りはこの世界にゃないみたいなんでな、これで妥協したんだよ」
加工場の親父が作ってくれたこの木銃は百五十センチほどの長さがあり、形は俺がスケッチしたライフルの形になっている。ついでに硬化させる付与魔術をかけてもらった。
こんなんでも剣だの槍だの時代遅れな武器に慣れ切った連中に負ける気はしない。木銃なんて変な形の槍だろ、なんて指摘はなしで。
「貴様……初めから気に食わないと思っていたがここまでとはな!」
ほう、それが決闘吹っかけてきた理由か。ふざけんな。
上段から振り下ろされた木剣を、右斜め後ろに跳んで躱す。同時に柄に近い辺りを狙って木銃の先を振り上げる。当たったけど、剣を取り落とすなんて幸運はなかった。
木銃を引き寄せ、胸を狙って突く。驚いたことに奴は剣の腹で突きを受け止めた。左脚の付け根を蹴られて距離を広げられた。
向こうの突きを左に流し、突く。これも躱された。
こんなやり取りを何度か続ける。これで木銃の攻撃が突きしかないと染み込ませることが出来たはずだ。もちろんそんなわけないんだけどな。
「おらあ!」
わざとらしく声を上げて喉元を狙って突きを繰り出す。これは左に流されたけど、狙い通りだ。
受け流された勢いそのままに身体を半回転させ、銃床で右から殴りつける。
「んぐ!?」
振り抜いた勢いはそのままに、今度は銃床で顔面を突いた。顔面に当たる前に剣を握った右手に当たるが、気にせず押し込む。
同時にクラウディアの脚の間に右脚を差し込み、外側に刈る。
指ごと顔面を砕かれておまけに脚まで払われたクラウディアの右肘を踏み砕き、剣を遠くに蹴り飛ばした。ついでに銃口(に当たる部分)を顔面血だらけのクラウディアに向けたのは前職での癖だ。
「終わりだ」
今の俺超クールじゃない? いや、息が上がってなきゃもっとクールなんだけどね。
「終了、終了! あんたもやり過ぎだ!」
中川が回復担当の魔術師を連れて割り込んで来た。気弱そうなこの魔術師の名前は忘れた。
「いや、やり過ぎってあんたね。あんな鈍器で殴られたら俺、もっと酷いことになっちゃってたはずだろ。それにマウントとって頭叩き潰すくらいしてもよかったんだぜ」
我ながら凄く悪党っぽいセリフだと思います。