2話 幕間1
基本的に幕間は現地人視点の、現地語で行われる会話ということで一つお願いします。
ばふん、と気の抜けた爆発音が塔に響いた。王国の命運を左右する大魔術を行っているとはとても思えない間抜けな音だ。塔の入口を警備する近衛兵は、相棒と顔を見合わせた。
「失敗か?」
「俺がわかるか。だがまあ、今までの魔術師の時は聞いたことがないな」
つまり失敗ということではないか。問いかけた近衛兵は思わず失笑してしまう。そもそも『異世界から戦士を召喚する』だなんて魔術を行うこと自体がおかしい。自分たちからふっかけた泥沼の戦争の後始末を異世界人にやらせてしまえ、というわけだ。なんとまあなさけない話だろう。この計画を考えたのは武官ではなく確実に文官、それも効率至上主義の魔術師どもだろう。
頭の中だけで愚痴を垂れる。口にすればどうなるのか、考えたくもない。
「そういや今日のはまだ学院を出たばかりの小娘だってよ」
「なんだ、素人同然のガキにやらせるほど我が国は切羽詰っているというわけか」
「さあ、お偉いさんの考えてることなんざわからん。ま、俺たち兵隊は命令さえでればそれでいいのさ」
相棒は気楽そうに答えるが、後方も後方、王都の最も安全な場所での『警備任務』に死にたくなるほどの退屈を覚えていた近衛兵は、一人思考を続けた。
以前同じ部隊にいた魔術師の話だと、魔術師個人個人により、異世界から召喚できるモノが違うらしい。あるものは鉱石しか呼び出せないし、またあるものは鱗のある動物だけ、といったようにだ。その中でも『完全に』人間を呼び出せる者はかなり少なく、帝国には八人、我が王国にはたったの五人しかいない。しかも、五人のうち一人は現役の高級将校であり、前線で軍を指揮しなければならない。
つまり人間を召喚できるのなら、学院をでてすぐの素人に毛が生えたような腕前しか持たない者でもこの塔に引っ張って来られるのだろう。
さて、あの小娘は一体どんな失敗を犯したのか。それだけが、彼の唯一の興味だった。
「げほっ、げほっ、げ……ぅおぇっ」
若い女にあるまじきうめき声を上げながら、エリュシアは立ち上がった。
「あれ、おかしいな……」
なにもない魔法陣の中を覗き込んで、彼女は首をかしげた。立ち会っていた高位魔術師ももうもうと立ち込める埃をかき分けるようにして、エリュシアの隣に立つと、同じ様に魔法陣を覗き込んだ。
「この爆発は想定外でしたが……最後の赤い光は確かにヒト種がこの世界に召喚された時のものです。なのに、失敗……?」
なんで? なぜだ? いくらこの小娘がひよっこだからといっても、学院を主席で卒業した後輩だ。私の時はこんなことはなかった。いや、確かにヒト種は召喚できないけれども、原因のわからない失敗なんてなかったはずだ、いやもしかして学院全体の質が下がったとか? そんな馬鹿な……といろいろな思考が脳内を駆け巡るうちに、高位魔術師はあることに気づいた。
「なあ、君……この、変なシミはなんだ?」
魔法陣の片隅に広がるシミを指差す。
「ああ、それはさっき水を飲んだ時にちょっとこぼしちゃって。あ、でもただの水だし、すぐに拭いたから大丈夫ですよ!!」
力強くエリュシアが言った。
「拭いた? 魔法陣を、上から拭いただと?」
「ええ。でもでも、魔法陣は撥水性のあるもので描きましたし、なにも問題はないでしょう?」
エリュシアは可愛らしく首をかしげるが……。
「ここ滲んで……転移魔法まで発動してる……」
自分で言っておきながら信じられないことだった。
転移魔法は、高位の魔術師の中でもひと握りのものしか発動できないし、それが必ず成功するとも限らない。
なのにこの小娘は、いくら当初の目的を果たせなかったとはいえ転移魔法まで発動させているのだ。運も才能の内とも言うが、こんなの納得できるわけがない。
「貴様、召喚された者がどこにいるのかくらいはわかるのだろうな?」
「『本契約』したわけではないのではっきりとした位置はわかりませんがー、西の方のかなり遠い森の中ですねえ」
どこかぼんやりとエリュシアが言う。きっと頭の中に流れ込むイメージに注目しているのだろう。
その様子を見ながら高位魔術師は地図を広げた。大陸全土を網羅する精巧な地図で、複雑に入り組んだ河や入江、山岳などが組み合わさった歪な形の大陸をここまで正確に記した地図は、それこそ帝国の精密地図くらいしか並ぶものはないだろう。
王国のある東大陸は北東から南西に斜めに伸びており、山岳地帯とそれに囲まれた平野がほとんどだ。帝国のある西大陸とは東大陸の一番下の部分から伸びる大回廊と呼ばれる幅五十ツェル(一ツェル=約三キロメートル)ほどの陸地で繋がっている。
西大陸は南北に伸びており、北に行くほど幅が広くなる逆三角形のような形をしている。国土の大部分は森林で、今でも大陸中央部には手つかずの広大な森林が横たわっている。西大陸の、つまり帝国の歴史は森との戦いの歴史でもあり……まあ、そんなことはどうでもいい。ちなみに大回廊を含む東西大陸の南部は砂漠となっている。その広大な砂の中に眠るダンジョンに好んで潜る者もいるようだが、それこそどうでもいい。
他にも大陸や島々はあるのだが、現在この世界の中心はこの中央二大陸となっている。
「それはあの『大森林』のことか?」
「いえー。それよりかはもっと小さいですねえ。普通の、狩人が入れる森です。それでもかなり深い森なんですが。あのー、私そろそろ頭痛くなってきたんですけど、見るのやめてもいいですかー?」
「ん、ああ、構わん。もう下がれ、あとは私が済ませる」
「わかりましたー」
ふらふらと頼りない足取りでエリュシアが部屋を出て行く。
地図を睨みながら、大体の検討をつける。
まず、この世界の人間でなければ生きて出てこられないような森は捜索対象から削除。これだけで対象が五つまで減らせた。五つの森全てとその周囲にある街、村に隠密型の使い魔を放たなければならない。万一帝国の手に落ちるようなことになるならば始末しなければならないし、つまりは攻撃力もある使い魔にしなければ……。
やることは決まった。あとは、不甲斐ない後輩の尻拭いを実行するだけだ。