17話
「大丈夫か?」
中川が心配そうに声をかけてきた。普段なら冷静に言葉を返せたんだろうけど、今の精神状態じゃとても無理だ。
「うるせえ。てめえは指揮官だろ、他にやることあるだろうが」
「な……なんだよ、人が心配してんのに!」
中川の言葉は翻訳されているのか、取り巻きの女共にも伝わっているようだ。俺が言った事の意味はわからなくとも雰囲気は伝わったのか、怒りを込めた視線を向けてきた。シェネルは相変わらず心配そうだ。だから、俺をそんな目で見るなって。
まったく、感動的な光景じゃないか。仲間を心配出来る素晴らしい指揮官殿に、それに心酔しきった有能な部下達。彼女達にとって、指揮官殿の好意は有難く受け取るものなのだ。俺みたいに無碍にするなんて考えられないんだろう。
例外を許さない友愛に満ちた麗しい光景。死体に囲まれてお友達ごっこ。いいねえ、素晴らしいねえ、反吐が出る。
「その心配が余計なんだよ。善意の押し売りは間に合ってる、俺は大丈夫だから自分のやるべき事をやれ」
「大丈夫なら大丈夫って言えよ。あんたの事は何も知らないんだ、言ってくれなきゃわからないだろ!」
それもその通りだ。だけど、いちいち大声を上げるお前の態度が気に食わねえんだよ。
だがまあ、敵地のど真ん中で口論を続けるほど俺は愚かじゃない。ここら辺で折れることにした。高校生相手にいつまでもキレ続けるのも大人気ないしな。
「悪かった。少し頭に血が上ってたんだ」
ふん、これで満足か? さりげなく取り巻きの方を窺う。どうやら満足したみたいだ。
中川はというと、俺が素直に謝った事が意外だったらしい。
「あ、ああ……いや、僕も言い過ぎたよ。ごめん」
素直に謝ってきた。
だから、俺はこいつが嫌いなんだ。こいつは俺みたいな奴でもいざという時は命を掛けて救いにくるんだろう。それが我慢ならない。そんな奴は今まで何回も見てきた。そのいずれも、長生きはしなかった。こんな誰からも好かれるような奴が俺みたいなのを助けるのに命を捨てるなんて、そんな人的資源の損耗は到底許容できない。
こいつができた人間だからこそ、俺は中川が嫌いなんだ。
†
騎兵の襲撃を退けた俺たちは南に向かって行軍を続けた。現在地から二日ほど南に行った所にある港町から船に乗って東側の大陸に渡るようだ。
野営中に焚き火のそばで不寝番をしていると、シェネルがタバコを持って隣に座った。交代までまだ時間はあるけど、どうやら俺に付き合ってくれるらしい。
好意はありがたいけど、休める時に休んでくれなきゃいざという時に困る。
彼女がタバコを巻き始める前に、手持ちのタバコを一本差し出す。昼間、心配してくれたお礼だ。ちなみに中川には特にお礼はしていない。野郎にはお礼するだけ無駄だ。
会話も何もない時間が過ぎていく。こういう時間は嫌いじゃない。
ぼーっと焚き火の火を眺めていると、シェネルに肩を叩かれた。
「シェネル。ジ・オルマ、シェネル」
自分の顔を指差しながらそんな事を言った。や、お前がシェネルって名前なのは知ってるけど。どういう意味だ?
「ツェ・オルメ?」
今度は俺を指差してこんな事を言ってきた。数秒考えて、彼女がなにを言いたがっているのか理解できた。
きっと名前を聞いてるんだ。だから最初に自分を指差して名前を言ったんだろう。
シェネルと同じように自分を指差しながら自分の名前を発音する。
「おきの、ゆういち」
「オキノ・ユーチ?」
惜しい。ちょっと違う。
「ジ・オルマ・ユ、ウ、イ、チ。ユーイチ」
覚えたての単語を使いつつ、一文字づつ区切りながらゆっくりと発音してやった。
「ユーイチ?」
小首を傾げながらシェネルは正しい発音で俺の名前を言った。
それにしてもあれだね、銀髪美少女に自分の下の名前を呼ばせるってすごくイイ。異世界に飛ばされて初めて良かったと思えた。