22話
相手は全裸だ。筋肉は堅いだろうけど刃物で切りつければ傷つけられる。防御力は皆無だってのに、俺は逃げ回ることしかできない。
隙を見て斬りつけようとはしてるんだけど、その度に剣を弾かれてはカウンターを受ける。今のところ致命的な一撃はもらってはいないけど、逃げ回る体力が尽きるのも時間の問題だった。
逃げ回っているうちに中庭が目に入るところまで来たのだけれど、志願兵達はほぼ全裸の幹部傭兵達に苦戦しているようだった。四人ばかりの傭兵が倒れているが、これは最初の奇襲で倒せた連中だろう。どうやらそのすぐあとに形勢逆転されて押し込まれてしまっているようだ。
生きている幹部傭兵は四人。志願兵は三人しか残っていない。
「街の連中と合流する!」
叫び、近くにあったでかい壷をシェフに投げつけた。なんなく迎撃されて破片が飛び散る。
一瞬の隙を突いて懐にもぐりこんだ。同時に抜いたナイフで内腿を切りつける。が、浅い。
「ちっ、ちょこまかと動き回りやがって」
シェフの動きが止まった瞬間、一気に距離を離すことにした。
目の前の壁を蹴り、次はすぐ隣にあった柱の側面を蹴って館の屋根によじ登る。帝国風の建物は平屋が多いからこんな真似もできるんだ。
「おいおい、猿かよお前は。おい、あいつを射殺せ」
うわ、弓矢はちょっと反則じゃないですかねえ!
慌てて屋根の上に伏せた。角度的にこれなら当たらない。匍匐前進で位置を変える。狙うのはシェフの頭上だ。正面から立ち向かえないんなら、奇襲するしかない。
さてこの辺りか。剣を握り直し、左手にはナイフを逆手に握った。剣は囮、本命はナイフの方だ。
息を整える。一気に飛び降りた。
・・・・・・飛び降りた先には誰もいなかったけど。
どうやら俺が逃げたと判断して街の方に行ってしまったらしい。
「な、お前どこからっ!?」
慌てた声が聞こえたどうやら柱の陰に一人残っていたらしい。こいつは全裸じゃなく革の鎧を着ているから、あの幹部連中じゃなくて一般兵って奴だろう。単純に下っ端とか雑兵とかそう言ってもいいかな。
「お前に用はねえよ」
「ま、待て!」
目の前に立ち塞がってきた。槍を顔の高さまで上げてこっちに突きつけてくる。
「おいおい、なんのつもりだよ」
「へ、へへ。お前を殺せば俺だって役員になれるかもしんねえだろ?」
勝てないとかそんなことは考えたりしないのかな。一応、その事を考えてくれればと警告してみる。
「なあ、俺はあんたらの副シェフを殺したんだぜ? それに勝てると思ってんの?」
「あいつは遺物の力だけで戦ってた頭でっかちの会計役だ。あんなへなちょこよりも俺の方が強いに決まってる」
決まってる、ねえ。確かめたわけじゃなくて憶測でしかないところがいかにも下っ端らしい。
「分かったら、死ね!」
首目がけて突き出された槍の穂先を掴む。
「なっ、てめ」
一気に引き寄せ、腹に剣を突き刺した。鎖帷子かなにかに防がれかけたけど、力任せに突き破った。
「ごぉ、かは・・・・・・」
なんとも言葉にしづらい表情で傭兵は倒れた。
さて、余計な時間を食っちまったな。早く広場に行かないと・・・・・・
……ん? 別に俺、わざわざあの連中を助けなくてもいいんじゃないか? 館までついてきた連中は全身殺されてるし、目撃者もいないんだし。あ、総督がいたか。その嫁さんと、あとは俺の顔を見られたか分からないが娘もいたな。うーん、逃げるんなら総督だけでも処理しとかないと後で面倒になるかもしれないな。
とりあえず街の方でどうなってるか様子を見てから決めようか。あっさり負けそうならエヴァニアを連れてさっさと逃げ出すし、勝てそうなら加勢する。我ながらなかなかクズっぽい。
まあ正直こんなサブクエみたいな本来関わらなくてもいいところで死ぬのは納得が行かないので当面は俺の生存を目的にしよう。
街のあちこちで火が上がっていた。エヴァニア達は広場の南側の建物を中心に戦っているようだ。善戦はしているけど、自分達の半分以下の相手に防戦しているってのは、錬度の問題だろうな。つくづくトルニ達が使えたらと思う。戦力が拮抗した白兵戦なんてやりたくない。やっぱり圧倒的な火力で敵を押し潰すってのが理想だな。白兵戦をやるとすれば敗残した敵を追討するとか、そういう状況がいい。
傭兵側の攻撃が激しくなった。よくよく見れば、あの筋肉だるまがきちんと鎧を着て指揮を執っている。大剣を無造作に下げ、指示を出していた。時折向かってくる義勇兵をあっさりと薙ぎ払っている。なんだあいつ、やっぱバケモンだな。いや、俺が言えた義理じゃないけどさ。
うーん。判断に悩むな。とりあえず指揮官を潰せばなんとかなりそうな気がする。問題は潰せる気がしないってっことだ。
正面からなんの策もなしに向かう気になれないな。こんな時に銃があれば話は早いんだけど……。いや、遠隔武器ならなんでもいいのか? 弓矢じゃあっさり弾かれて終わりそうなんだけど……。
ひとまず思いついた案を実行することにした。乱雑に武器が置かれていた場所に移動。目当ての物はボウガンだ。これならまあ許容できる。
あらかたの武器は持ち去られていたけど、単発の旧式のボウガンは見つかった。矢は三本。
再び手近な屋根によじ登る。目的地はシェフからほどほどに離れた建物の上だ。建物と建物の間隔は広くても五メートル程度だから少し助走をつければ飛び越えることはできる。さして苦労することもなくちょうどいい位置にある屋上に辿り付けた。
矢を装填。シェフの周りには護衛っぽいのが三名。誰も上に気を取られている奴はいない。好都合だ。
護衛の一人に狙いをつける。試射なんかしてないけど、この距離なら問題ない。身体のどこかに当たればいいんだし。
一射目は護衛の首の肉を抉って後方に飛び去った。護衛は首を押さえながら崩れ落ちる。
「上だ、射手が……」
さすがに精鋭らしく反応が早い。だけど俺の相手をするには遅すぎるな。
二射目。シェフに近いほうの護衛の胸に右肩に命中。護衛は剣を取り落としてうずくまる。
三本目の矢を装填し、俺は屋根から飛び降りた。着地と同時に前転して衝撃を殺す。
転がった勢いのままシェフに向かって走り出した。
「貴様!」
最後の護衛に至近距離から矢を射る。護衛は頭を弾かせて倒れる。
矢は切れたけど、はったりを兼ねて弦を引く。
「逃げたと思ったんだがな」
シェフは俺の奇襲にさほど動じていないようだった。むかつく。
ボウガンをシェフに突きつける。
「小細工が通じるか!」
大剣で払われる。ボウガンは真っ二つに折れたけど、俺は構わず懐に飛び込み顔面に向けて壊れたボウガンを突き出した。
「ちぃ!」
鎧に覆われた二の腕で防がれた。ボウガンから手を離し、シェフの肩を掴んだ。
強化された腕力をフルに使って肩を握り潰す。
「があああぁああぁぁあぁぁぁ!?」
腕を掴まれるが、振り払って完全に握り潰してやった。
「ごは!」
腹に蹴りを食らって、距離を取らされる。
シェフは握り潰された右肩を抑え、荒い息をつきながら俺を睨みつけてきた。
「敵の指揮官は俺がやる! 今こそ反攻の時だ!」
剣を抜いて突き上げ、叫んだ。俺には似合わない行動だけど、やる気を出させるにはこれが一番手っ取り早い。
志願兵達が建物から飛び出し、わずかに動揺していた傭兵達に襲い掛かる。それだけじゃない。今まで隠れていたこの街の住民達も農機具や角材を手に次々と出てきた。そういう連中は武装でも錬度でも劣っているからあっけなくどんどんと死んでいくけど、それでも怯んで退却するような奴は見当たらない。
「さて、隊長さん。これであんたも終わりだよ。潔く降伏するっていうなら待遇を考えてやってもいいが」
俺の言葉に、シェフは脂汗を浮かべながらも不適な笑みを浮かべた。
「降伏するだって? 俺としちゃ、あんたらこそとっととこの街から逃げ出すべきだと思うがね」
今思ったが、こいつなかなか上品な発音の帝国語を喋るじゃないか。さしずめ食い詰めた貴族の三男坊とかそんなんだろう。
「おいおい、諦めが悪いってのはずいぶん見苦しいぜ」
まあ待遇を考えるっていっても、晒し首か吊るし首か選ぶくらいだけどさ。
「言っただろ。お前はマルコーに止めを差していない。あいつの遺物はかなり厄介だぞ。俺でも手こずるくらいだ」
「そのお前を俺は倒したんだから、俺はマルコーよりも強いってわけだ」
「ずいぶん幼稚な理屈だな」
うるせえ。
完全に包囲され数に圧殺されていた傭兵達は既に十数人しか残っていない。




