幕間3 ある追い剥ぎの話
俺は傭兵隊を率いている。とはいっても、この間参加したでかい戦闘で部下のほとんどを失くし、今じゃ生き残りの三人と一緒に追い剥ぎに勤しんでいた。
去年の夏から北方で帝国正規軍団と未帰順の北方蛮族との間で戦争をしているおかげか、南のこの地域には競合する他の傭兵隊もいない。それに影響されてここいらを通過する隊商もほとんどが護衛を連れていない。
元々帝国には国内を通過する隊商に護衛をつける、という習慣はなかった。隊商に護衛をつけるようになったのは今から大体三十年ほど前、海を隔てた王国が侵攻してきたのがきっかけだ。
帝国では伝統的に正規軍団は徴用された市民兵から成っているのに対し、王国では諸侯がそれぞれ傭兵隊を雇うのが常だった。まあこの点は今も変わらないのだが。
ちなみに帝国はこれまた伝統的に騎兵戦力が乏しく、これらを補う為に南方の遊牧民族を部族毎雇ったりすることはある。というよりも事実上の同盟だが。いくつもの部族に分かれて争っている遊牧民からしたら、北方の大国の後ろ盾というのは喉から手が出るほど欲しいに違いない。
話が逸れたか。まあとにかく俺たち傭兵は官民問わずよく隊商を襲う。給金が支払われないことも多いからどこかで補填しなきゃならないわけだ。
ちなみに今は王国と帝国は戦争していないし帝国の方が断然と給金の払いがいいので多くの傭兵隊が帝国に雇われて北方蛮族と戦っているわけだ。ちなみに俺たちもその中の一つだったわけだが……
今はこの有様だ。目立たないように茂みに隠れてちょうどいい人数の隊商が通りかかるのを待っている。
とはいえここではかなりの数を襲撃したし、いろいろと噂が立っているのかもしれない。そろそろ移動も考えなきゃならんか。
暇を持て余してぼんやりしていると、偵察に行かせていた部下の一人が戻ってきた。
「シェフ殿、巡礼者が一人歩いてきますが」
「巡礼者? 放っておけ、金にならん」
むしろ腹が減るだけだ。
「馬鹿野郎、ジョゼ、ありゃ下級騎士だ。シェフ殿、最近帝国で流行ってる神殿騎士って奴ですよありゃあ」
あとから入ってきた方、槍使いのクラウスが話し始めた。
「神殿騎士? いくら下級とはいえ神殿騎士がこんななんもねえ田舎に来るかよ」
「いえ、でも確かに神殿騎士のブローチをつけとりました。こう、ドラゴンの牙の形の」
クラウスが地面に簡単な絵を描く。確かにその紋章は見たことがある。
「じゃ、伝令かなにかか。まあいくら騎士とはいえこんななにもねえ田舎に飛ばされるような奴なら三人がかりで殺せるか。そいつ、軽装か」
「革鎧くらいでしょうか。剣一本で槍も持ってません」
「よし行こう。仕掛けるのはこの先の林の中だな」
目標を決定したらあとは実行するだけだ。
剣を掴み立ち上がると、茂みの奥、木の根元から俺を呼ぶ声がした。
「シェフ、シェフ殿……」
軽くため息をつき、そちらに足を向ける。
「ルキウス。てめえ、そのケガじゃ立ち上がれもしねえだろ。今はおとなしく寝とけ」
帝国軍から離脱する時に連れてきたこの若い元軍団兵は前回の襲撃で重傷を負っていた。今も上半身を起こそうとするだけで息が荒くなる。
「てめえがいても役に立たねえ。どころか足でまといだ。命令に忠実な帝国人らしさを見せてみろ」
「で、でも、投槍は投げれなくても、弩くらいなら、寝てても扱えます」
「待ち伏せ地点まで誰がてめえを運ぶ? 荷馬はもう食っちまったんだぞ」
「く、うぅ……」
「わかったらおとなしく寝とけ。いいな」
「わかり、ました……」
ここまで言ってやっとルキウスは大人しくなった。
帝国じゃ徴兵は市民の義務だ。数年おきに何度かその義務をこなさなきゃならない。そのせいで市民兵とはいえとんでもない精強さを帝国軍は保っているのだが。
このルキウス・ファビウス・レナトゥスは初めての徴兵だったらしい。こいつは初陣で軍団全滅というとんでもない不運に見舞われたわけだ。運良く逃げ出す俺たちと同行してこうして南まで逃げられたのはいいものの、妙になつかれて困っている。
ま、そんなことはどうでもいい。今考えるべきことは今回の襲撃についてだけだ。
「ジョゼ、クラウス、いくら相手が一人で下級とはいえ神殿騎士団の団員だ。つまりは貴族様ってことになる。連中、ガキの頃から剣術だのなんだのと習っちゃいるが、実戦仕込みの俺たちに叶うはずがねえ。身ぐるみ剥いで街に戻るぞ!」
「合点で!」
「あっしに任せてください!」
戦場育ちのバカどもを束ねるには分かりやすい言葉が重要だ。簡潔にものを伝えりゃ単純なこいつらは一番大きな力を発揮する。
あとは叫んで得物を振り回してればいつの間にか戦は終わってる。戦が終わって運がよけりゃ生き残るし、悪けりゃ死ぬ。ただそれだけの話だ。