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A CAGE ~囚われた4人の少女~  作者: 7%の甘味料
鳥籠に囚われた少女たちとの出会い
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第6話

まだまだストックあるので更新は大丈夫そうです。


第6話


「逃げ出さなかったことだけは褒めてやるよ!」


 校舎を出ると堅剛さんが校門の前で仁王立ちをしていた。僕が毎週読んでいる週刊少年JSMCにも、登場人物が覇気をまとい戦闘をするシーンがある。堅剛さんは漫画の登場人物のような覇気と殺気をまとっているように見えた。


 しかし、夕方の燈色の空を背景に、紅い髪を風がなびかせている光景は同時に美しさを感じさせた。まさに漫画の1コマをそのまま抜き出したようなシーンだった。


「さて無駄話はなしだ!本気で掛かって来な!」


 彼女は僕に先手を譲るつもりだ。仁王立ちしてその場を動かない。もちろん、僕は殴り合いに来たわけではないのでこういった。


「その前に一ついいかな?」


「あぁ?」


 堅剛さんは僕の言葉に不機嫌そうに答えた。彼女の中では僕がそのまま殴りかかってくると思っていたので、思い通りにならず機嫌が悪いのだろう。


「ルールは僕が決めて良いって言ったよね。その決闘はここではできないんだ! 付いて来てくれないか?」


「そうやってごまかす気じゃねぇだろうな?」


 堅剛さんは今にも殴りかかりそうな目で見つめてくる。しかし、ここで臆病になっては彼女に認めてもらうことはできやしない。


「その場所についたらちゃんと勝負するよ、約束する! だから付いて来てくれ」


「……ちっ……わかったよ」


 彼女は渋々、嫌そうに僕の後を付いて来る。階段を登り右に曲がった先にある部屋に彼女を招き入れる。


「教員室じゃねーか! こんな所で戦えるわけねーだろ! ふざけてんのか!!」


 僕は彼女の叫びを無視して、教員室の本棚を探しある薄い冊子を取り出した。そしてそれを彼女に見せる。


「これは数学の問題集か……これが何だっていうんだ!」


「ルールは僕が決めて良いって言ったよね? だからこれをどれだけ早く解けるか勝負しよう」


「はぁ!? そんなの教師なんだから私よりできて当たり前だろ!」


 ここまでの反発は予想通りだ。この子は確かに戦闘力は高いが、頭はそこまでよくない。彼女のアドバンテージが活かせない勝負の土俵に立たせるのが一番良い作戦だ。


「そんなことは分かってるよ、だから小学生でも分かる計算で勝負しよう! 勝負は簡単な足し算と引き算のみ。これなら君も分かるだろうし単純な速さを競うだけだ!」


 それを聞いて堅剛さんは微妙な表情を浮かべて僕の顔を見ていた。今にも僕は殴られそうで恐怖を感じているが、とにかく彼女をその気にさせれば勝ったも同然なので話を続けることにした。


「教師なんだから僕よりできて当たり前って言ってたけど、一般人がヤクザに喧嘩で勝てないのは当たり前だよね。任侠物の映画の知識だけど、ヤクザは無暗にカタギに手を出しちゃいけないんじゃなかったっけ?」


 カタギとはヤクザからみてヤクザではない一般の人々のことを指す言葉だ。何年か前に妻と見た任侠物の映画で聞いた言葉だったけど、生活の中でこの言葉を自然に使う日がくるとは思わなかった。堅剛さんはヤクザの娘ということは知っていたので言ってみたが、どうやら思うところがあったらしい。


「まぁ……それもそうだな」


「だけど、勝負は公平じゃないとダメだよね。だから、勝負は小学生の計算だけだよ。これなら誰でもできるんだから単純な早さを競うだけだ、僕の提案する勝負受けてくれるかな?」


 彼女はその辺に置いてあったペンを握り締め、さっき見た覇気と殺気の篭った目で僕を見てこう言った。


「おもしれぇ……やってやろうじゃねーか、小学生の計算なら俺でも分かるし、速さの問題だ! 単純な速さならおまえに劣ってるわけがない! さぁ観念して出て行く準備をするんだな!」



「2分50秒、まだまだだね」


「ちくしょう!なんでこんなやつに!」


 数分後には当然の結果が待っていた。足し算での勝負で僕は1分45秒だ。けっして早いわけではなく平均も1分50秒程度だった。しかし、堅剛さんの学力が想定よりも悪かったので余裕の勝利であった。彼女はしばらく頭を抱えていたが脱力して、僕にこう言った。


「まぁ負けたのならしょうがねぇ……こんな形とはいえ、負けは負けだ。勝負を受ける前に何でも言うこと聞くって言ったし約束は守る」


 どうやら負けを認めてくれたようだ。ここで認めないと言われて第2戦を始める展開になったときの策も考えてはいたが、その必要はなかったようだ。


「おまえがして欲しいことは分かってる言わなくてもいい」


「俺もこういうことされるのは初めてだしどうしたらいいのかわかんねーけど、敗者が勝者の言う事を聞くのは当然のケジメだ……」


「えっ……ちょっと待って……何かかんちが……」


なんだか雲行きが怪しくなっておるので、制止しようとするが、僕の言葉は届かずに堅剛さんは話を続ける。


「良いんだ……おまえに何されたって心は堕ちねぇから、痴漢なんかする外道に何されたって屈しねぇ、それが堅剛組の女なんだ……」


 そういうと彼女は言葉とは裏腹に震えながらYシャツの第3ボタン第4ボタンを外し、押さえつけられてた豊満な二つのふくらみが……


「やめてやめて! セクハラするつもりなんかないから! それに僕の痴漢は冤罪だ!!」


「へっ?」


ふくらみが飛び出す前に大声で制止した。僕の大声に彼女はやっと我に帰ったようだ。


「痴漢が冤罪? どういうことだよ、俺は茉莉から痴漢野郎って聞いて……それで……」


「僕なりに誠意を持って説明するよ、信じるかどうかは君次第だ」


 僕は自分が痴漢の冤罪で捕まったこととここに来た経緯を彼女に話した。信じていた妻に裏切られ、罪を着せられすべてを失い、ここに来るしかなかった。痴漢をやっていないなんて誰にも信じてもらえなかった話だったけど、鮎川さんは信じてくれた。堅剛さんも真剣に話せば信じてくれるかもしれないと思って僕は辛くなる気持ちを抑えて話した。


「……そうだったのか」


 今まで彼女は僕の話を授業でも真剣に聞いてくれたことがなかった。彼女が初めて僕の話を聞いてくれた瞬間だった。僕が思ってるよりも彼女は僕の境遇に同情をしてくれたのか分からないが、何かを思いつめた表情をして下を向いていた。


「自分が信じていた人間に裏切られて、仕方なくここに来たってことか……」


「そういったら君たちに失礼かもしれないけどそういうことだね、僕にはもう後がない。だからここを追い出されたら、いずれは飢え死にかな……」


 痴漢の冤罪をかけられ、それを裏で操っていたのは妻の三代子と古山だった。そのことを考えると心の整理はつかないし、あの美代子が古山の事が好きになって、僕を陥れると言う最悪の手段を取ってしまったことは信じがたいと言う気持ちだ。


 妻の三代子は大学の頃初めてお付き合いをした人で、僕は彼女と結婚して、一生彼女が生活に困らず、彼女と幸せな家庭を築ければ良いと心の底から願った。平凡でありきたりと言われるかもしれないが、それが僕の夢だった。色々なことが起こり、改めて考える暇もなかったが、思い出すと目頭が熱くなる。


 ふと我に返り、目の前には自分の生徒がいることを思い出す。ここで泣くのは先生として恥ずかしい。こみ上げて来る想いをしっかりと胸の奥にしまいこみ、再び彼女を見据えた。


「許せねぇ……」


「え?」


 彼女は真剣に話を聞き僕のいうことを信じてくれたかと思ったが、やはり、信頼を積み重ねる時間が短すぎて信用できなかったのかもしれない。しかし、これが当然の反応だ。僕が痴漢をやっていないことは、警察では進藤さん以外誰も信じなかったんだから。


「てめぇの妻のことだよ!! おまえの信頼を裏切っただけじゃねぇ、自分のわがままのためにおまえのすべてを奪うなんて仁義の欠片もありゃしねぇ! それで今はのうのうと暮らしているんだろ! あんまりだぜ、こんなの……」


 堅剛さんは本気で怒っていた。先ほどまで目の敵にしていた男のためにだ……。思えばこの騒ぎを起こしたのは、勘違いとはいえ鮎川さんのためだ。彼女は人の話を聞かないところがあるが、根は本当にいい子なんだ……。


 それに、逮捕されてからは自分の気持ちを理解してくれる人に出会えなかったので、堅剛さんは初めて人間の所業とは思えない妻の非道な行為を本気で非難してくれたのだ。僕は堅剛さんが冤罪を信じてくれた上に、ここまで共感してくれたことが何よりも嬉しかった。


「おまえ……いや、センセー本当にごめんな」


 彼女は僕を認めた証に、名前をおまえから先生に改めて謝罪をした。


「なぜ君が謝るんだい?」


「そんな大変な思いしてきたのに、勘違いで酷いことをいっちまったからだ。これまでここに来た教師もろくなやつがいなくて今回も潰してやろうと思っていた」


「今回も?」


「前の前の担当は俺らを見下した態度で、生理的に受け付けられなかったから今回みたいに決闘をしかけて辞めさせた。前の担当はとんでもねぇスケベなクソ野郎だったんだけど、茉莉が何かしたらしく、急に辞めていった」


 そういえば進藤さんも僕の前の担当もやめていったとか言ってたような……理由は初めて聞いたけど。


「だから本当にごめんな! これでケジメになるか分からないけどな、俺はなんでもするよ! 殴って気が済むなら気の済むまで殴っていい! なんでもしてやる!」


「俺が許せないのはどうしようもない野郎だけだ! センセーは色々不幸な目に合いながら真面目に俺たちに向き合おうしてくれたのに、酷い態度ばっか取り続けた! これじゃあ悪いのは俺だ! 何でも良いから俺を罰してくれ! お願いだ!」


 彼女の言葉にしっかり耳を傾けて聞いていた。僕も20人以上殺した人間と聞いて、色眼鏡で見ている部分が少なからずあった。そういう意味では同罪だ。心を開いていないとはいえ先生として生徒に向き合えていなかった。


 しかし、実際には堅剛さんはなによりも仁義を大切にする、任侠物に出てくる筋が通った根は優しいヤクザそのものだった。よくよく考えれば、優しいからこそ気難しい鮎川さんと仲が良いと考えるとしっくり来る。


 ここで彼女の言うとおりに罰を与えるのは良心が許さない。しかし、ここで何もする必要もないと言うのは彼女のプライドを傷つけるだろう。なら言う事は一つだ。僕はしばらく間を置いてこう言った。


「君にして欲しいことが一つある。君への罰は、授業中寝ないで、できる限り真面目に受けることだ。寝たりサボったりしたら許さない」


「そんなことでいいのか……」


 僕の言葉で堅剛さんはあんぐりと口を開いて驚いていた。しかし、すこしからかい気味にこう付け足した。


「君にとってはよく考えたら辛いことなんじゃない?」


「そ、そうだな俺いつも授業寝てたり、サボったりしてたし……でも本当にそれでいいのか?」


「堅剛さんを殴ったら元の生活に戻れると言う訳でもない。そんなことをしても空しいだけだ。だったらこれからはしっかり僕の話を聞いて貰って、信頼関係を築ければ良いと思うんだ」


「それにさ……初めて教師になって分かったけど、自分が一生懸命に授業しているのに誰も聞いてくれないってけっこう辛いよ。だから僕にとってはとても重要なことさ」


 その言葉に彼女は少し呆けていたが、間を空けていつもの調子ではあるものの、親しみがにじみ出る声でこう言った。


「そっかぁ! じゃあ改めてよろしくな、センセー!」


 堅剛さんは笑顔で肩を叩いてこういった。彼女と親しくなれたと思うのは早計かもしれないが、少なくとも彼女から僕への敵対心は消えたと思って良いだろう。彼女と教員室から出て、そのまま手を振りながら寮へと走り去っていった。


 鮎川さんと堅剛さんに教師として認められたことで、ここでの教師生活はまだまだ続きそうだ。これで今度こそ落ち着いた授業ができるだろう。しかし、少し安心した僕に次の試練が訪れるのはそう遠くの話ではなかった。


続く




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