第5話
少し執筆欲が出てきたかも。
完結できるようがんばります。
第5話
「てめぇ茉莉に何しやがった! 吐かなきゃぶっ殺してやる!!」
突然のことで、どう説明すれば良いのか分からないが、状況だけを語れば僕は堅剛さんに首根っこを掴まれ、壁に押し付けられている。
何故こうなったのか……授業の開始から振り返ってみることにした。
◇
「では授業を……」
「青山先生!」
入って来た瞬間に、昨日、少しは打ち解けられたと感じた鮎川さんが早速、話しかけてくれた。
「聞いた?紫庭のアニメのブルーレイ出るんだって! もうあの高画質ではっきゅんを見れるなんて興奮どころの騒ぎじゃないですよ!」
「そうか僕はアニメはあまり見てないけど、この機会に見てみようかな」
「絶対見てください、と言うか絶対見ろ! でねでね……」
鮎川さんの周りには不良の堅剛さんがいるが、恐らく漫画やアニメはあまり見ないと推測する。一番後ろの殺し屋の彼女、ユエさんはそもそも娯楽と言う物を知ってるのかすら怪しい。進藤さんは色々知っていてもおかしくなさそうだが、あまり話さないだろう。
もう一人の彼女については分からないけど病欠なのだから会話もできない。そうなると自分の趣味について共有できる相手が身近にいれば良いと思うのは当然だ。彼女はそう思っていたときに僕がやってきたのだから、態度が急変したのも納得がいく。僕たちの間では納得できるが、周りがそう思うとは限らない。
この時、後ろの2人、特に堅剛さんの僕を見る目が不審なものに変わっている事に気づいた。当然だ。昨日まで僕は彼女とそもそも話しすらあまりしてない状況だったのにも関わらず急変したのだ。
不審に思っているだけなら良かったが、彼女はそれを黙って見ている性格ではなかった。椅子から立ち上がり、目にも止まらぬ速さで目の前に現れ、僕を壁に叩き付け、首根っこを掴まれた。
◇
「やめてよ! エリカ! 」
頭の中での回想が終わり、ふと鮎川さんの声が聞こえた。
「おまえのためにやってんだよ! なぁ脅迫されてんだろ! 分かってんだよ、ついに教え子に手を出したか、この痴漢教師が! ブラジャーでもパンツでも取ったのか? それとももっとやばいものでも写真で撮られたのか! 今すぐ出せ! 出したら命だけは助けてやる!」
この堅剛という不良の娘は、痴漢の前科者であることを知っているのか……冤罪といっても信じてもらえないだろうし反論ができない。
「いやいや違うから! 別に先生は何もしてないし! ただ昨日、私が何時も読んでる漫画を知っててそれで盛り上がっただけ」
「おまえ……なんでそいつのことかばうんだよ! どう考えてもおかしいだろ! こいつは痴漢の前科がある女の敵なんだぜ!」
堅剛さんが痴漢の前科があることを鮎川さんに強調する。痴漢の前科があることを連呼されたら女生徒である鮎川さんからの心証も悪くなってしまう。せっかく、希望が見えてきたのに……やっぱり冤罪ではあっても痴漢の前科がある僕じゃ女生徒と仲良くなるなんてできないんじゃ……。
「確かに私もこの人のことすべて知ってるわけじゃないよ。でも、エリカは何かされたことあるの?」
鮎川さんはこの状況でも黙ることなく、堅剛さんに怯まずに言葉をぶつける。
「いや……別にないけど……」
「私は何もされてないんだから今あなたが手を出す理由はないの! 漫画のことを話して意気投合したのも本当、エリカがキレたらそのまま先生の首へし折りかねないし、いったん落ち着いて手を離そ? ね?」
「……本当に変なことされてないんだな……わかったよ……」
こうして僕はようやく解放された。鮎川さんが話の分かる子でなかったら、このまま首をへし折られていた可能性もあった、本当に命拾いをした。しかし、堅剛さんの敵意はまだ僕に向けられていた。
「茉莉のいうことは信じる。茉莉には何もしていないのは本当だろう……だがな……」
「はっきり言ってやろうか! 俺はおまえが気にいらない! おまえみたいな軟弱なくせに、自分より弱い女を傷つけたくせに、今平然とここで授業をしている下心丸見えの態度が気にいらない!」
「ちょっと待ってくれ! さっきから痴漢したって決めつけているけど、僕は……」
「だから俺と決闘しろ! ルールは問わない! おまえが負けたらおまえはここを出て行く! 俺が負けたらおまえの言うことを何でも聞いてやる! 俺が負けるなんてありえないからな、変な命令を思いついてもあの世への土産にしかならないぜ! 校門で待つ! 逃げるんじゃねぇぞ!」
今なら彼女に言葉が届くかと思ったが、まったく聞いていない様子で僕の言葉を遮り、言いたいことだけをいって、走り去ってしまった。まだ授業中なんだけど……。
どうすれば良いのだろう。現実問題、まともに喧嘩をして堅剛さんに勝てるはずがない。病院送りで済めばマシ、下手を打てば彼女が殺したと言われている組員のように殺されてしまうだろう。しかし、彼女の言っていたことから、一つ策を練る事ができた。
問題は彼女にそれが通じるかどうかだが、ヤクザ家業をしている影響か、彼女は物事の筋を通す人であることが伝わってきた。彼女が本当に物事に筋を通す性格なら、僕の提案を無視することはないだろう。
「エリカは頑固中の頑固だから、あなたが自分自身の力で認めさせないと話を聞かないから行くしかないよ。それに、何かいいたいことあったんでしょ。 例えば、その痴漢ってやつが冤罪だったとか?」
「ど、どうしてそれを!? 進藤さんから聞いていたのかい?」
「やっぱりやってなかったんだ、ちょっとほっとしたかも。あの人は私になにも言ってないよ。ただ、私も元クラスメイトで色々な犯罪者を見てきたから分かるんだけど、昨日ちょっと話してみて、あなたの感覚は一般的で普通の人だと思ったから。まぁ根拠に乏しいのは事実だからただの勘だよ」
その通りだ。僕はこれまで普通に生きてきた。その普通が痴漢をすれば崩れることは分かるのに、分かったうえで犯罪を犯すはずがない。論理的に考えれば、誰だって分かるのに話を聞かなかった警察のことを思うと、何もいわなかったのに、ここまで人を分析できているこの娘の方が警察に向いているとすら思った。
「やっていないなら、エリカと話し合いの余地があると思う。けど、エリカは頭に血が上ると話を聞かないから、自分でなんとかしてね。一応、言っておくけど殴り合うなんて考えないでよ。もし、まともに殴り合って勝ったら私も何でもしてあげる」
「素手で殴り合ったら絶対勝てないから、そう言っているだけだよね……」
「当たり前でしょ! でも、ここで私の何でもを引き出すために素手で殴り合うなら……やっぱり変態の痴漢だったのかって疑っちゃうかも……」
鮎川さんはからかっていることが分かるように、大げさなリアクションをしてそう言った。少なくとも彼女の中では僕は痴漢教師という不名誉な肩書は外れかけているようだ。
「ぜ、絶対、殴り合わないから! とにかく策は練ってあるし、授業をサボって出ていった生徒を追いかける役目もある。連れ戻しにいくから、その間は自習で! もし、時間が来ても僕が帰ってこなかったらそのまま帰っちゃっていいよ」
「オーケー、がんばれー! ユエさんも自習になりますけど、それでいいですか?」
しまった。堅剛さんと鮎川さんに意識が向いていて、一番後ろに座っているユエさんのことを忘れていた。教師としては失格だが、鮎川さんがフォローをしてくれた。
「どうでもいい」
しかし、ユエさんの答えは淡白だった。鮎川さんは彼女の対応に慣れているのか、特に気にした様子はなかった。
鮎川さんに送り出され、堅剛さんを連れ戻すために教室を後にした。これから言うこともすることも分かっているが、それでも彼女の元に向かうのは足がすくんでしまう。先ほど、首根っこを掴まれて壁に押し付けられたときの力強さ……あれはとても女性の力とは思えなかった。
しかし、ここで逃げてしまったら、彼女に永遠に認めてもらえなくなるだろう。僕はもう一度、気合を入れ直し、校門で待つ堅剛さんの元に向かったのであった。
続く