第4話
今まで休んでた分作りました、5話も一応完成させました。
第4話
僕は鮎川さんの後をついていく。女生徒を尾行するなんて、傍から見ればストーカーだが、先生としてルールを破った娘がなぜルールを破ったのかを知る必要がある。いや知らなければならない。自身の行動を正当化すると、彼女は一番奥の部屋で止まり、その部屋のロックをカードキーで解除し中に入っていった。
生徒である彼女が教師である僕も持っているカードキーをなぜ持っているのか、一瞬、疑問に思ったが彼女は他の生徒たちとは異なり、特別な立場にあることを思い出した。カードキーを持って、勝手に施設を歩き回れる権限が彼女にはあるのだ。
彼女が何をしているのか見に行くために、カードキーでロックを解除した。そこはパソコンが何台も並んでおり、大学時代にパソコンを使った講義で使われた部屋に似ていた。その奥に広い部屋にぽつんと一人でキーボードをカタカタと鳴らしている鮎川さんの姿があった。彼女は僕に構うことなく作業をしていると思ったが、こちらを見ることもなくこう発した。
「用件は?」
彼女は、ただ画面だけを見てキーボードを打ち続けている。傍から見れば、喋りかけて良いのか分からない状況だが、質問をされているのだから答える義務がある。少しだけ面食らってはいたが、彼女に近づいて改めて質問に答える。
「いや授業が終わったら寮に帰る決まりがあるのに、別の場所に行くからどこに行くのかと思って」
「はぁ……面倒くさいやつ……別に私は何時も来てますし、そのルールを破っても罰則は特にありません。まぁ私が特別ってだけですけど」
面倒くさいやつと小言をいいながら、ルールを破っても問題がないことを説明した。考えてみれば彼女は収監ではなく保護扱いなので、やりたい様にやっても問題はないのだろう。そうなると……僕がさっきしたことって、ただのストーカーなんじゃ……。
「用がなければ帰って貰えます?あなたがいると気が散る」
彼女は尾けてきたことを咎めず、僕を追い出すことを優先した。会話中、一切、脇目も振らずキーボードを打ち続けている。画面を覗いてみると、そこには恐らくプログラミングのコマンドの様なものが延々と書かれている。素人には全く分からないが凄いプログラムなんだろう。
「何のプログラム作ってるの?」
「……ちっ……簡単に説明すればプログラムを適用したパソコンは電源が切れていても遠隔で起動し、インターネットに繋がってなくても、自動的に繋ぎ遠隔操作するプログラムです。それをここにあるパソコン50台全てに適用し、私の部屋にあるパソコンで全て遠隔操作できるようにしています」
「凄いけど、何のために?」
「目的まで話す必要あります? さっきから言ってますけどあなたがいると気が散るんで帰ってください。教師としての役目はもう果たしたでしょう。何もあなたが目くじらを立てる問題はありませんよ。」
完全に怒らせてしまったようだ。こういう娘は好きな分野の話を聞いたらもっと話してくれると思ったんだけどな。これ以上しつこくすれば嫌われるだろう。
「ごめん、分かったよ。それじゃあ僕はこれで」
部屋を出ようとすると、ふと入口の前のPC用の印刷機の横に見覚えのある雑誌があった。
「これ先週の週間少年JMSCじゃないか」
その時、彼女の視線が初めてこちらに注がれたのを感じた。一瞬だがキーボードの動きが止まったのだ。
「僕も毎週読んでるんだよね、今面白いのはあれだよね。紫電の庭球っていう漫画」
そういった瞬間、彼女のキーボードを打つ手が止まりこちらを凝視した。それが20秒ほど続き、気まずい空気になりかけたのでそろそろ本当に去ろうと考えていると、突然、彼女が口を開いたのだ。
「……第87話に出た必殺技の名前は?」
「えっ……ああ、87話って先週の回か。ヘルロケットファイアーだね、ボールが地獄の業火に包まれて相手のフィールドを抉るようなスマッシュを決めるんだよね。いやぁ主人公の幼馴染強いしかっこいいよね」
「あなたよく分かってる! はっきゅんは至高! あのかっこよさが分からないとか人間として終わってるから!」
突然テンションが変わり、PCから離れて僕に近づいて話しかけてきた。さっきまでの彼女とは別人のようで対応に困ったが、そのまま会話を続ける。
「えっ? はっきゅん? 初焔のこと?」
「初焔だからはっきゅん! ネットじゃ常識! 私は紫電の庭球じゃ、はっきゅん一筋だから! あなたは誰が一番好き?」
前のめりになって質問をしてきた。思いもよらぬことから会話が盛り上がって困惑してしまうが、ここで機嫌を損ねると、もう関係の構築が困難になりそうだ。僕は正直な自分の作品への思いを語った。
「雷太も影で努力しているエピソードでちょっと株上がったけど、やっぱりあの漫画は初焔が一番カッコいいと思うな」
「あの乳臭いガキとはっきゅんを比べるなんて愚の骨頂、まぁかくいう私も雷太のあのエピソードには泣いたんですけどね~」
それから僕は彼女の会話にずっと付き合い、1時間ほど漫画の話を続けた。最後の方は、単に彼女のキャラへの愛を聞くだけになっていたが、彼女はどうやら紫電の庭球の大ファンであることが分かった。
「ここ出ないで何とかしてはっきゅんのグッズを仕入れたいんだよね。そうじゃないと硬い枕抱いて、はっきゅんはっきゅんって言ってる痛い子だし、それでね、それでね、さっきのプログラムで50個のパソコンで全部別のはっちゃんの壁紙を映そうと思ってるんだけど、考えただけで悶え死にそう~」
さっきまで教えてくれる気配もなかった、プログラムの利用方法についても教えて貰えた。とりあえず、またサイバーテロを計画しているなんてことはなく、自分の趣味のために使いたかったようだ。
「そっかぁ、そろそろ1時間くらい経つし僕は帰るよ、プログラミングの邪魔をしてごめんね」
「全然気にしてない! むしろこのの話が分かる人がここにいた事に感動したくらい、これからはあなたが読み終わったらで良いからJMSC貸してね? ここだと調達するにも最速で月曜発売なのに木曜までかかっちゃうから」
だから、あれだけ熱狂的なファンなのに今週発売の週刊少年JMSCではなく、先週分の雑誌が置いてあったのか。これで鮎川さんと多少は打ち解けられた気がした。今の彼女には、授業中や1時間以上前の僕に対する無関心や、話すことすら面倒くさいと感じている雰囲気がなくなっているようだ。
他の二人はまだまだ威圧的に接してくるだろうし、もう一人はそもそもどんな娘なのかすら分からないけど、少なくとも今の感じだと明日から鮎川さんは僕に攻撃的な態度は取らないだろう。
ようやく明かりの見えない絶望の中を彷徨っていたところに、一筋の希望の光が見えた気がした。
続く