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A CAGE ~囚われた4人の少女~  作者: 7%の甘味料
鳥籠に囚われた少女たちとの出会い
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第9話

第9話


「ズバリ先生の初めてのお付き合いはいつですか!?」


 3人とも凄い威圧感で僕に迫ってきていた。茉莉、エリカ、椎のいつもの3人だ。あれから半月の日々が流れ、椎も恐怖から回復したようだ。一日だけ休んだが、それ以外は無遅刻無欠席で出席していた。


 放課後はこの3人とともに遊ぶことが多くなった。トランプをしたときは、茉莉が1位でエリカがビリになることが多かった。スポーツに関しては予想通りエリカの独壇場だったが、一方で茉莉の運動不足が心配になる結果になってしまった。椎はなんでも平均的にできるようで、どちらでも中間をキープしていた。


 1人ではあるものの人数が増え、平和で楽しい日々を過ごしている。3人とも女子だからそういう話が好きなのか、今日はいつのまにか僕の恋バナを聞く会になったのだ。


「先生のアツい恋愛に興味が枠よね~、エリカも椎も聞きたいでしょ?」


「いや、俺は別に、センセーの不埒な思い出なんでどうでも……でもまぁ聞かせてくれんなら聞いてやっても……」


「私は興味あります、その……先生のアツい恋愛に……」


 物凄く興味を示している茉莉。興味あるのかないのか分からないエリカ。素直に興味を示してくれる椎。こうして見ても十人十色と言うのか、個性的な面子が揃っているなと改めて思う。僕は腹を括って昔を思い出しながら話し始めた。


「そうだなぁ……僕は中学の頃も君たちと同じ高校生の頃も恋をしたことはあったけど、告白もしなかったな。告白されることもなかったよ。だから初めて付き合ったのは大学の頃だね」


 僕が観念をして話し始めると、心なしか皆が授業の倍以上に集中しているように見えた。興味があるのか分からなかったエリカまで10倍くらい集中して聞いているように見える。授業もこれくらい集中してくれたら苦労しないんだけどな……


「大学のバトミントンのサークルで出会ったんだ。僕も高校から部活でやっていたけど、実力は普通だったよ。それが良かったのか、同じくらいの実力の彼女は練習相手になって欲しいとよく言ってきたんだ」


「大学のサークルでの出会い、青山先生らしく王道だけどあこがれるシチュエーション……」


茉莉は僕の話を聞いて勝手に盛り上がってくれているようだ。みんな退屈せずに聞いてくれているようだし話を続けよう。


「それからしばらくして、僕がちょっと試合をしたときにあまり力が出せなくて負けちゃったことがあって、周りの仲間は負けたのに対してドンマイとしか言ってくれなかったけど、彼女は力が出せてなかったことを見抜いて心配して励ましてくれたんだ。それで……彼女のことを好きになった……」


「名前は……なんだったんですか?」


「三代子だよ」


 茉莉と椎には冤罪のことを詳しく話していないが、エリカには話していたのですぐに察したようだ。しかし、エリカは話を止めることはしなかったので、そのまま続けることにした。


「それで彼女も僕のことが好きだって言ってくれて、付き合うことになったんだ。それから三年後に大学を卒業して、その後すぐ二人で相談したら結婚しようって話になって、結婚したってわけ。僕は初めて付き合った人とちゃんと結婚できたってことでした」


「まぁ先生は浮気なんてする度胸もないだろうし、長く続いてちゃんと結婚できたってことだね」


「度胸って言うより付き合ったまま浮気するなんて相手に失礼だと思うんだ、結婚するとき僕は彼女を一生幸せにするって心に決めていた。浮気なんてありえないよ」


「でもあれ……痴漢冤罪でここに来て、先生家に帰ってないよね……その……奥さんは?」


 僕には恋バナなんてこれしかなかったし、結婚したってところで終わらせるつもりだったけど、さすがに疑問に思うよな。話すべきか、ごまかすべきか悩むところではある。せっかくいい空気になったのに、後味悪く終わらせるのもよくないだろう。


「それは……」


「その女は浮気なんてあり得ないって言った誠実な人間を裏切って、センセーに痴漢の冤罪を被せて離婚して捨てた。社会的に確実に消すために被害者役の女子高生まで用意してな」


 今まで口を挟まなかったエリカが我慢できなくなったのか簡潔に事実を述べた。


「え……それマジ……冤罪なのは知ってたけど、そこまで酷い話だったの?」


 茉莉と椎は黙って僕を見つめている。ここまで話した以上、もう隠す必要もないだろう。


「事実だよ……」


「ごめんな、センセー。黙っていようと思ったけど我慢できなかった」


「いいよ、エリカに話したんだから、茉莉や椎にも話しておくべきだったし……」


 楽しい話している途中に喉元に嫌でもつっかえてくる嫌なもの。それはその彼女が僕を裏切ったことだ。今でもその理由を彼女の口から聞くことができるなら聞いてみたい。でも今は目の前の娘達と親密になる事で手一杯だし、離婚もして僕は彼女が裏切った事を知った以上、理由を知ったところで昔に戻る事はもうないのだから。


 忘れようと思っても、何度でも喉に深く刺さった魚の骨のように飲み込んでも、飲み込んでも、いつまでも僕を苦しめ続けている。


「……ひどすぎるよ……そんなの……」


「え?」


「青山先生、奥さんのことを話しているとき、複雑そうな顔をしていたけど、楽しそうな顔もしてたから……本当に好きだったんだなって思って……裏切られた青山先生の気持ちになったらすごく悲しくなって……」


 椎は僕の話を聞いて共感し、涙まで流してくれたのだ。優しい彼女にこんな話を聞かせてしまった罪悪感もあるが、共感してくれたことは嬉しかった。エリカはこの話を聞いたとき、三代子に対して本気で怒ってくれた。茉莉も僕の人柄を見抜き、一番最初に僕の冤罪を信じてくれた。


 改めて、彼女たちが本当にいい子なのだと感じた。特に椎は無差別殺人をおこなったとは思えないくらい純粋で優しい子だ。最初はなにか裏があるのかと疑っていた自分がいたが、二重人格でもない限り彼女は殺人ができるような人間には思えない。


 もしかしたら深い事情があったのかもしれない。それは椎に限らず、エリカや茉莉にもなにか事情があるのだろう。事情もなく犯罪を犯す人間には思えないし思いたくもなかった。


 彼女たちは僕の過去を知り共感してくれた。もし、彼女たちの過去にも向き合う機会があれば真摯に向き合おう。椎が本気で涙を流し、僕に共感してくれたのを見てそう誓ったのだった。



 泣いている椎を落ち着くまでみんなで慰めてから教員室に戻ると、珍しく進藤さんがソファに座っていた。


「3人とはそれなりに打ち解けたようだね」


 進藤さんはいつものおちゃらけた様子がなく真面目に話をしていた。彼の依頼に進捗を出したということで少しは認めて貰えたからだろうか。


「でも、ユエさんは相変わらずかな……」


「はい他人と壁を作り誰ともコミュニティを形成しようとしません」


「そうか……」


 思えば進藤さんはユエさんのことになると、少し真面目な顔つきになる気がする。この前、椎が初めて学校に来たとき、彼女を連れて行く進藤さんはいつもの雰囲気ではなかった。どうやらユエさんのことになると進藤さんは真面目になるようだ。


「まぁ……彼女のことは今はいいか……それよりも今仲良くなっている他の3人ともっと親密になってくれよ、それが今の君へのミッションだ」


「それができたら……俺の最終的な目的、知ってる事を全て話そう」


「いや、なんで今話してくれないんですか?」


 当然の疑問を口にすると、彼は首を振りまるで分かってないなぁと言いたげな顔をして口を開いた。


「君が成功する前提なら話しても良いけど失敗する可能性もあるからね~、失敗したら貴重な時間が無駄になっちゃうじゃないか、君の時間は無駄になってもいいかもしれないけど、俺の時間は貴重なんだよ、本当は1分間話すだけで100万円取りたいくらいだ!」


 さっきの調子でずっと話してくれればいいのに……ユエさんから話が外れた途端に元のテンションに戻ってしまった。


「それにどんな話か君は気になってしまうだろぉ! それでも教えない! 人の困っている姿を見て楽しむのが俺の生きがいさ! できるなら俺が一人でやりたいけど、理屈ばかりこねて人をいじることしか趣味のない俺に年頃でありながら複雑な事情を持っている女の子と親密になるなんて無理ゲーだからね!」


 相変わらずこの人の相手をするのは疲れる……。そして、この人はこんなにも自分の事が分かっているというのになぜ改善しようとしないのだろう。


「分かっている……自分でも分かっているんだ……でも、やめられない! 止まらない! か……」


「要件は済んだみたいなので、僕は帰りますね。時間は貴重なんですよね?」


「む……そうだね、こんなバカをしている暇はない。ほらとっとと帰った」


 なんとなくこの人ともう少しマシに話す方法が分かってきた気がする。用も済んだみたいなので、進藤さんと別れ、そのまま宿舎へと戻り、一日が終わった。


次の日のことだった。授業のため教室に入ろうとすると、いつもとは違う異様な張り詰めた空気を感じた。嫌な予感がするが、扉を開き、何時ものように教室に入る。


「てめぇ!! 今なんて言ったもういっぺん言ってみやがれ!!」


「……よく吠えるメス犬、いやメスゴリラね。さっきから言ってるでしょ? あなたたちみたいなはぐれものが、一緒に傷舐め合ってるのを見てバカみたいと言っただけよ」


 そこには決闘の時に見た殺意を剥き出しにしたエリカの姿と、静かではあるがいつでもエリカの首をはねてしまいそうなユエさんの姿があった。今、彼女たちの間に不用意に入ったら殺されてしまうかもしれない。なにせ、ヤクザの娘と殺し屋、実現してはならないドリームバトルが始まろうとしているのだ。


 その様子に気を取られすぎた僕の後ろにいつの間にか人が近づいていたようで、突然、僕の袖が少しだけ引っ張られた。


「えっ!? 椎か……いったい何があったんだ」


「先生……すみません……そのあの……私のせいで……ひっく……」


 少し驚いてしまったが、そこには泣いている椎の姿があった。どうやら恐怖で困惑してパニックに陥っているようだ。なんとか落ち着かせないと話を聞けそうにないぞ……。


「先生、今の状況ですけど……」


「だ、だだ大丈夫です! 私が話します! 私の責任ですから……」


 最前列の席に座っていた茉莉が助け舟を出そうとしたが、椎はそれをさえぎって自分で話すことを選んだようだ。どうしてこうなったのかは分からないが、椎は自分に原因があると思っているらしい。茉莉に聞いた方が的確で迅速に状況を知ることができると思うが、僕は自分で話すと言った椎の意思を尊重することにした。


「先生すみません……今日体調が悪くて私貧血で倒れそうになってしまったんです……それで保健室に連れて行くって話になったんですが、そのとき茉莉とユエさんしかいなくて……」


「私だけで運ぶのは辛いから、ユエさんに手伝ってもらおうと思ったの……緊急事態だし、もしかしたら手伝ってくれるかと思ったんだけど……」


「断られてしまって……それで仕方なく茉莉が教室から出て保健室から栄養剤や色々なものを持ってきてくれたので、なんとか体調は良くなりました。でも、エリカが来て茉莉からさっきまでの話を聞いたらエリカが怒りだしてこうなっちゃって……どうしたら良いんですか……先生」


 なるほど椎の体調が悪くなったのに、なにもせずに傍観していたユエさんが許せなくて、エリカが問い詰めたら口論になったってところか。


「それより椎、本当に体調は大丈夫なのかい?」


「はい、茉莉が色々してくれましたし、今は何とか……」


 パニック状態も僕に今の状況を話すうちに少しずつ回復してきたようだ。それにしても彼女たちの言い合いも僕たちが現状を確認している間にさらにヒートアップしている気がする。


「大体俺はてめぇのその冷めた態度が気にいらねーんだ! 殺し屋かなんだかしらねーけどな、ろくな武器もない状態なら俺が勝つに決まっている」


「はぁ……はっきり言うけど私は男でも女でもあなたみたいなゴリラみたいな人間は殺したことあるわよ、まぁパワーがあるにしてはずいぶん女らしいフォルムを保ちながら、そこまでのパワーを持った事に関しては褒めても良いけど……」


確かにユエさんの言うとおりエリカは全体的にスリムなうえに、筋肉質な印象を感じない。さらに、胸が大きいのでより女性らしい印象を与えるのだろう。しかし、華奢な見た目の彼女のパワーは首根っこを掴まれて壁に叩きつけられたときに身をもって体感している。いくらユエさんでも殴り合いの喧嘩をしたら勝負にならないだろう。


「でも人間なんてね……例え、えんぴつの先しか使えなくてもすぐに殺すことができるの、少しとがったものを人体の急所に突き刺せば……」


 ユエさんは極限まで尖った鉛筆二本を持ち、いつでも戦闘できると威嚇した。単純な力では勝てなくても彼女は殺し屋だ。いざとなれば躊躇はないだろう。それはヤクザの娘であるエリカもそうだが、彼女の性根は優しい。もし、ユエさんに容赦をすることがあれば勝敗は火を見るよりも明らかだ。


「どうしたの? 殴ってきなさいよ。力の差ってものを教えてあげるわ」


「言われなくたってそのつもりだ!! てめぇみたいな性根の腐った奴は根本から叩き直してやる!」


このままではどちらかが無事では済まない。エリカが拳を振り下ろそうとした刹那、僕は叫んでいた。


「おまえらいい加減にしろ!!!!」

 咄嗟の行動で自分自身で驚いている。昔までの僕ならこの行動はできなかった。大声を出したのも久しぶりだ。本気で相手を叱りつけることも中学生以来だ。椎、茉莉、殺気をまとった2人が一斉に視線を向けていた。


「エリカ! ここで喧嘩をして大事になったら間違いなくここはなくなる! みんなとの楽しい時間もなくなるんだぞ!」


「……悪い、頭に血が上った……」


「ユエさん……確かに君が皆と関わったり、関わらなかったりするのは君の自由かもしれない。でも、椎はあのとき困っていたんだ! そんな状況だったら手を差し伸べてくれたって良いんじゃないか!」


 そう言うとユエさんは殺気を消すことはせず僕をにらんで来る。僕はそれに怯まず彼女を見つめ続けた。ここで引けばユエさんにはっきりと拒絶されたあの夜と同じだ。それに僕は彼女たちの教師だ。間違ったことをしたなら平等に叱る義務がある。教師として職をまっとうするためにここは譲れない。


「自分の体調も管理できない人間の尻拭いを私がする理由なんてないわ、この学校の規則に貧血で倒れた人間は助けろなんて項目あった?」


「それは……でもそんなの常識的に考えて当たり前……」


「常識……あなた、ここで常識を語るなんて矛盾してるって気づかないの?」


ユエさんは僕をからかうような笑い方をしながら話を続けた。


「ここは学校って扱いになってるけど実際は少年院よ! ここにいるのは皆、犯罪者! なんでこの場所で世間一般の常識をあてはめる必要があるのかしら!」


「ここはそんな人間を更生するための場所だ!」


「更生ね……きれいごとに過ぎないわ。私たち全員まっとうに働くこともできなければ、まっとうな人生を送ることができないのが現実よ……私は殺し屋。未成年とはいえ何百の人間の命を奪った。あなたは痴漢。まぁこの中じゃ一番軽い犯罪だけど、世間には許されなかったんでしょ?」


 そうだ……冤罪とはいえ、痴漢で有罪になった僕を受け入れてくれるところはどこにもなかった。そんな僕が殺し屋でもまっとうに生きていけるなんて言えるわけがない。生い立ちすら特殊で何百人の命を奪ったユエさんを更生させ、社会復帰させるには別人として生きる以外に方法はないといってもいい。


「前で傍観している女は一つの会社を潰したウィルスを作った犯罪者! 私に喧嘩を売ったメスゴリラは抗争相手のヤクザを大量に殺したわ! そしてあなたの横で震えている気弱な女は、毒により30人もの人間の命を同時に奪った非道な殺人……」


「違いますっ!!」


 その大きな声は信じられない所から響いた。それはなんと後ろで震えている、大きな声を出したことがない彼女だったのだ。


「本当は……本当は私……やってない! わ……私は殺してなんかいません……」



続く

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