大嫌いと好きから
入学して、一年が過ぎ、放課後の廊下を歩いていた。
学校には、人気がなく、平日の賑わった雰囲気もなく。ただただ、静寂に満ちていた。
学校の裏側に、ぽつりと佇む一本の桜木。今日は、ここでお昼寝をするつもりだ。片手には、本を一冊持って。
そよそよと心地よい風が頬を撫で、木の根元に座る。
本を開き、ぱらぱらとページをめくる。
―――ああ、なんて心地いんだろう。
暖かい日差しの下、ゆらゆらと風に揺られ、薄桃色の花びらが、舞い散る。
私は、好きだ。このゆっくりと時が進むひとときが。
「ねぇ、何してるの?」
声のした方を見れば、そこには、この場に不釣り合いの生徒、八重原 俊がいた。彼は、この学校で、一番モテモテで、成績優秀、運動神経も良い。
何故、こんなところにいるのだろうか?
「……答えなくては、ダメか?」
「別にいいけど。隣り、座っていもいい?」
返事を聞かずに、隣りに遠慮なく座る。
「君ってさ、一之瀬 千代だよね?」
何故、私に話しかけてくるのだろう?
返事はせず、そのまま黙る。
「もしかして、俺の事、嫌い?」
「…好きか、嫌いかと聞かれれば、嫌いですよ」
うーん、と苦笑いを浮かべる八重原に対し、早くどこかへ行ってくれないだろうかと内心イライラしている私。
「それで、一体なんのようですか?八重原さん」
「俊って呼んでよ、千代ちゃん」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないで」
今まで、接点のなかった彼が、突然私に何のようなのだ?初めて話したのに、馴れ馴れしく下の名前で呼ぶなんて。虫唾が走る。
「わかったよ、一之瀬さん」
「で、一体何用で?」
「別に、ようってわけじゃなかったんだけど。いつもテストで俺の上に名前がある人と話してみたいなっておもってさ」
そう、私は、学年で一位。そして、彼が二位なのだ。
「こんな女ですよ。廊下ですれ違ったりとかしてますけど?」
「でも、こうして話したことってないじゃん」
それもそうだ。私は、こういうチャライ、あるいは、煌びやかとした人は、嫌いなのだ。
「では、もう話も終わったことですし、帰ってはどうです?」
「つれないなぁ、一之瀬さんって」
開いた本のページを読むこともなく、ただ見つめる。
この人の顔は、見たくない。
自分がどれだけ醜いか思い知らされる。
「ねぇ、どうしてこっちを見てくれないの?そんなに俺のこと嫌い?」
「ええ、嫌いです。大嫌いと言っていいほどに」
「そっか」
早くどこかへ行ってほしい。いや、私が…。
「では、私は、これにて失礼します」
ぺこりとお辞儀だけして、颯爽と校舎の中へ。
取り残された、彼はというと…。
「なんで俺、嫌われてるんだろう…?」
その言葉は、誰の耳にも届かず、風によってかき消されたのだった。