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読み直してないです。
蓮とマリアが合流し、森を歩き始めて十分程経過した頃、進行方向にある茂みの奥から、草を掻き分けて進む音が二人の耳に届いた。二人の間に緊張が走る。
蓮はマリナをかばう様に身構え、後ろを歩くマリナは身体を震わせた。道中、蓮は魔物や、魔獣、盗賊と戦う術が自分には無いことをマリアに説明してある為、二人はいつでも走れるよう足に力を込めていた。
今、二人が足を止めているいるのは、近づいてくる物音が一方向からのものなのか確認しているからだ。
二人が耳を澄ませ音を聞いていると、次第に音が遠ざかって行った。
「はー」
緊張がとけたマリアは胸に手を当て、大きく息を吐く。緊張のあまり、呼吸を忘れていたマリアの肺は空気を欲していた。深く呼吸を繰り返し行い肺に空気を行き渡らせる。
「さすがに息を止める必要はないって。大丈夫?」
同じく緊張の解けた蓮は苦笑しながら、マリアの方へと振り返る。するとマリナの背後から恐るべきスピード近づく影が見えた。大きく開かれた口からは長い犬歯が生え、目は血走っているのか、元々の色なのか判断はつかないが、真っ赤に染まっていた。全身真っ黒い毛で覆われた大型犬ほどの大きさのそれはとてもじゃないが、友好的には見えない。
蓮がこの危機に気づけたのは偶然だったが、気づいたのが彼だった事は幸運だったと言えるだろう。
「M3、シールドだ!」
蓮の声に反応し、音声入力を受諾したM3により、マリアの前に透明な壁が出現する。飛び掛った大型犬は勢いよく壁にぶつかったが怯んで立ち去ったりはせずに、警戒の色を滲ませ距離をとった。
「クソッ」
正体不明の大型犬の初撃をM3により凌いだ蓮だったが、彼は悪態をつき険しい表情を浮かべていた。
蓮の使ったM3の機能、シールドは中級と評される威力の魔法から、人の身で起こす事ができる大抵の物理衝撃を防ぐ事が出来る優れものだ。
正し、悪用される事を恐れ、二つの制限がついている。
一つ目は、持続時間だ。シールドを発生させられる時間には制限があり、魔法自衛隊で使われている正式モデルでさえ、五分という短い時間だった。彼の使用しているM3では三十秒しかシールドを持続させられない。
二つ目は、クールタイムの存在。いくら持続時間を設けても連続して発生できたら意味がない。正式モデルで十分、彼の持つ劣化型で三分のクールタイムを必要としていた。
普通の魔法師であればシールドを張った隙に魔法を使用したり、契約している使い魔に攻撃させるなり、起死回生の一手が打てるところなのだが、彼は魔力をきちんと制御し魔法へと変換する事ができず、契約している使い魔は三枚のカード。名づけ、契約した状態になっているとはいえ、スノウにいたっては戦力として数えられるのかも不明だ。
「こっちだ」
彼が導きだした答えは逃走だった。戦うという選択肢がない以上、彼にこれ以上の手は思い浮かばなかった。マリアの手を引き蓮は駆け出す。その際、大型犬が再びマリアに襲いかかろうと跳躍する。だが、再びシールドに防がれたその跳躍により、大型犬は犬歯の片方を折る事とになった。苦しげなうめき声をあげ、その場にうずくまる。
大型犬が痛みから解放された時には、蓮とマリアは十分な距離を稼ぐ事ができた。
◇◇◇
「ふー。なんとかまけたかな」
その場に座り込みたくなる衝動を抑え、木に寄りかかり蓮は息を整えようと深く呼吸を繰り返す。マリアは地面に座り込み、大粒の汗を流していた。
蓮と会った時には、かろうじてドレスわかる服装だったのだが、森の中を全力疾走というドレスには不向きな行動を繰り返したために、今は元はワンピースでしたと言われた方がしっくりくるほどに、凝っていた装飾は取れボロボロになっていた。
「はーはー。こんなに、走ったのは初めてです」
「俺もだよ。もう一生分走ったから、後は寝て生きていても許されると思う」
ひんやりと冷気を放つスノーの腹部を額にのせながら話す蓮。マリアはそんな蓮の姿がどこかおかしくて命の危機に瀕したばかりだというのに笑みを浮かべ、それを見ていたのだが、彼女はある事に気付く。
「蓮さん何か聞こえませんか?」
マリアの言葉に蓮が耳を澄ませると、かすかに水の流れる音が彼の耳に届いた。
「川かな?喉も渇いているし丁度いい。運が良ければ飲み水が手に入る。行ってみようか」
「はい」
蓮の提案にマリアは頷き、喜んだ表情を見せると元気に返事を返す。貴族のマリアにとって、今の土や汗にまみれた格好はどうにも気持ち悪く、少しでも水で汚れを落とせたらと思っていたところだったからだ。
それに今は蓮という年の近そうな異性がいる事も、少しでも綺麗にしたいと思った理由の一つとしてあげられたかもしれない。
予想外に食い付きのよかったマリアに多少驚きつつも、凄い喉が渇いていたんだなと納得する蓮。彼のM3の中には多少飲める物も入っていたのだが、彼の中からその事はすっかりと抜け落ちていた。
大型犬から逃げるためにがむしゃらに走った二人は自分の現在地すらわからない迷子状態なのだが、水の事で頭がいっぱいになった二人は、幸か不幸か、その事実になかなか気付かない薄暗くなってきた空を背景に、鬱蒼と生い茂る森の中を二人と一匹は進んでいく。
普段自然に触れる事のない蓮は、次第に大きくなる水の音に緊張感は吹き飛ばされ、心が弾んでいた。 水の音を頼りに歩いた二人と一匹がたどり着いたのは、泉だった。直径二メートルほどの楕円系の泉は底が見えるほど透き通っていた。泉の中で水浴びをしていた、少女の体の細部に至るまでばっちりと二人の視界に入った事からも、その透き通り具合が分かる。
処女雪を感じさせるまっ白い肌に、成長途中と思われるふくらみの胸。背中の中程まで伸ばされた茶色い髪。身長は蓮と同じぐらいだろう。整った顔をした少女が泉の中にいた。重要な事だから二回言うが、泉の中にいるのだが、透明度が高いために細部まで丸見えである。
裸を直視してしまった事により思考停止に陥った蓮と、あまりにも予想外な事が起こり、何も言えずにいるマリア。
そんな二人と、水浴びをしていた少女の視線が絡み合う。先に口を開いたのは少女だった。訝しむように蓮とマリアを見ていた少女だったが、蓮の頭の上にいるスノウを見ると納得した顔になる。
「貴方達もここに身を清めに来たの?」
「い、いや。俺達は水の音がしたから、飲み水を求めてきたんだけど。すまない」
少女に話しかけられ、ようやく思考が回復した蓮は、少女の裸をいつまでも見つめている訳にはいかないと、急いで身体を反転させた。
「ご、ごめんなさい」
予想外の事態にパニックになっていたマリアも、蓮が振りかえったのを見て同じように身体を反転させる。少女はきょとんとした表情を浮かべた後、何かに納得がいったらしく二人の反応に対して苦笑した。幾ら自分が同性に裸を見られるのを恥ずかしいとは思わなくても、相手もそうだとは限らないと考えたからだ。
「別にいいよ。女同士だし。ま、今は体つきが貧相だから、じっくりと見られるのは嫌だけどね。きっとこれから成長していくわ!飲み水だったら私のを分けてあげる」
「ごめん。ちょっと離れるから、状況説明頼んでもいい?」
少女の声を背中で聞きながら、蓮はマリアにすべてを託す事にし、その場から離れていく。蓮にこの場を託されたマリアは少女の方に向き直り、とりあえず一言だけ発した。
「お話の前に、服を着ていただけますか?」
「それもそうだね。けど、もう一人の子はどうしたの?この辺は危険だよ」
泉からあがりつつ、少女は蓮の消えた方角を心配そうに眺めるが、マリアは少女と蓮が消えた方角の間に立つ。
「彼はちょっとの時間なら大丈夫だと思いますので」
「彼?」
頭に疑問符を浮かべたまま着替えを始めた少女に、マリアは自分が把握しているこれまでの経緯を説明し始めた。
◇◇◇
とてつもない熱を撒き散らしながら、炎で形作られた槍が投げられる。
槍と言っても日本の長い柄の先に金属が取り付けられた物ではなく、西洋の騎士がもっているランスを模した物だった。
炎の力を凝縮した一点突破に特化した魔法である。
「M3、シールド!」
展開したシールドに切っ先がぶつかると、その部分を基点として炎の槍は爆ぜた。それにより本来なら三十秒展開し続ける事ができるシールドは、ガラスが砕けるのに似た音を出し崩れ去った。
「マジかよっ。フィアナちょっと待てって!理由はマリアに聞いたんだろ?不可抗力だって。それに謝っただろ!」
「うるさいうるさいうるさい!気安く私の名前を呼ぶな。私を見るな。私に近寄るな。このケダモノー!私にとって重要なのは男に、ぜっ全裸を見られたんだから!どんな理由があろうと気持ちの整理がすぐにつくわけないでしょ!炎よ。我が望むは貫く力。顕現せよ。フレイムランス!」
顔を真っ赤にし、泉で水浴びをしていた少女フィアナは、再度呪文を唱え、魔法を行使する。フィアナの頭上に炎で作られた槍が再び姿を現し、まっすぐに蓮へと向かっていったのだが、その魔法は蓮の髪をかすめ背後の森へと放り込まれ、獣の悲鳴が辺りに響く。
「はー。ちょっとはすっきりした」
フィアナは清々しい笑顔を浮かべ、額の汗を拭う。その視線は蓮を見ていない。彼女の視線は、森の中から出てきた炎で出来た身体を持つ狼が映っていた。一メートル程の猪を引きづり、その狼はフィアナに向かい歩いていく。
「ふふっお疲れ様ファング」
炎で出来た狼を労いを込めて撫でながら、笑みを浮かべるフィアナの姿に担がれた事を知る蓮。
「ひやひやしちゃいましたよ」
それまで二人の戦いを少し離れたところから見守っていたマリアが小走りにフィアナに近づく。事情を説明した際に、裸を見られた腹いせをするとフィアナに聞いていたマリアでさえ、本気で攻撃してるんだと錯覚してしまった。
「まあ、ちょっとは本気だったのは否定しないわ」
「おい。それで俺が丸焼けになってたらどうするつもりだったんだよ」
「ふふ。その時はスノウをもらって証拠隠滅してたわね」
成長途中の胸を張り、悪びれずに言うフィアナに同意するかの如く、猪を引きずってきた彼女と契約している炎の精霊ファングが短くウォンと鳴く。
「それ冗談だよな?」
蓮の背筋に冷たい汗が流れる。あまりにも自然にいうフィアナに少しばかり恐怖を感じ始めていた。
「どうかしらね。さて、食料も手に入ったし、今日はここで野宿した方がいいわ。蓮をからかうのにだいぶ時間を使っちゃったし、夜は魔に属するもの達の動きが活発になるんだけど、この泉の周辺にはやつらは近づいて来ないから。明日、日が出てから移動しましょう。というわけだから、蓮はとりあえず良いと言うまで泉に背を向けて目を閉じなさい。マリアはこっちに」
「なんでしょう?」
不可解な指示だったがマリアが呼ばれた事により、さすがに彼もなんでこんな指示があったのか気付いた。マリアに水浴びをさせるのだろう。呼ばれたマリア本人は気付いていないようだったが。
「あいよ」
蓮は短く答えると、座り心地のよさそうな木の根元に腰を落ち着け目を閉じた。目を閉じると彼が立つのを防ぐかの如く、スノウが彼の膝の上に陣取った。
「ほら、マリア。そんな恰好じゃ気持ち悪いでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
ボリュームを抑えた女性二人の声だったが、辺りはすっかり薄暗く水の湧き出るコポコポという音しかしないので蓮の耳にはしっかり届いていた。
声に続き、布の擦れる音が蓮の耳に届き始める。その音が耳に届き始めると同時に今まで何とも思っていなかった蓮の中に、見たい見たいという強い思い込みあがってきた。彼も年頃の男である。世間一般では男子高校生という多感な時期。端的に言えば、異性の体に興味心身なのだ。
「蓮。目をあけたら、丸焼きだからね?」
いつの間に近づいたのか、蓮の耳元でフィアナの無駄に明るい声が聞こえ、彼は開けようとしていた目を、力いっぱい閉じる事となった。
次回更新未定。
ギルド要素を出すと話考えるのがあれなので、ギルド要素は消しちゃうかもしれません。