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ストックおしまい。次回更新は未定です。

 光に眩んだ目に視力が戻ると蓮の周りの景色は、がらりと変わっていた。目の前にいた宗徳や教師はもちろん、他の同学年の生徒達の姿はなかった。

 さらには実習上に居た筈の蓮は見晴らしの良い草原に立っていた。少し離れたところには道らしき土むき出しの一本の線が蓮の目に映る。

 辺りを見回していた蓮の顔を、風が撫でる。その風は梅雨特有のジメジメとした風ではなく、春先に吹くような心地のよい暖かな風だった。蓮の頭上には小さい雲が時折流れ、太陽がさんさんと輝いていた。


「何が起きたんだ?」


 疑問に思った事を口にするが、当然辺りには誰も居ない為、蓮の問いに答える者は居なかった。風によって草が揺れる音しかしない。

 状況を整理する為、蓮はその場に座り込む。足元の草はふかふかしており座り心地は中々よかった。だが、その制服越しに臀部から伝わる感触によりこれが幻術の類でない事がわかる。

 幻術系の魔法は、視覚や聴覚を狂わせ有るものを無い様に見せ、無い物を有るように見せるだけの魔法だ。触覚まで騙すことは出来ない。

 つまり、残念ながら蓮の中では実際に草原にいるという結論がでてしまった。


「これのせいなのかな?」


 蓮は手の中に収まる三枚のカードに視線を移す。三枚のカードは依然両面ともなにも描かれていない。ただの紙にしか見えなかった。

この事態がカードによって引き起こされたなら、カードによって元の場所に戻れるかも知れないと考えた蓮は、手から自身の魔力をカードに送りこむ。

蓮の期待を裏切り、手の中のカードに変化はなかった。その代わりに蓮の腹部が空腹を訴え音をたてる。


「そういえば朝から何も食べてなかったっけ、とりあえず何か食べよう。空腹だと頭も冴えないもんな」


だいぶ大変な事態が起きているのだが、蓮は軽く現実から目を逸らし己の空腹と向き合うと決め、右手首に嵌められた腕輪を左手で撫でる。すると蓮の前に透明なディスプレイが現れる。

 収納の魔法を始めとした様々な機能を備えた腕輪型魔法機具M3。正式名称、マルチ・マジック・マシンナリー。使用者の魔力と太陽光エネルギーにより稼動する魔法機具だ。

 蓮の持つM3は魔法学院支給タイプであり、魔法自衛隊の持つタイプを劣化させた機能を持ち合わせており、音声認識、ディスプレイによるタッチパネル方式に対応している。声を出して操作する事に抵抗のある蓮はもっぱらタッチパネルで操作している。M3は蓮がまともに扱える唯一の魔法機具だ。

 蓮はウィンドウを操作し所持品の欄から、昼食として持ってきていたコンビニのおにぎりとペットボトルのお茶を取り出すと、三枚のカードをしまう。表示されている所持品欄にはトリニティー・カードと記されていた。

 カードが欄に記入されたのを見た蓮は、宗徳に連絡は取れないかと、通信欄から宗徳の名前を選びコールするが応答はなく、ザーとテレビの砂嵐に似た音が続くだけであった。がっくりと肩を落とし、再度左手でM3を撫でディスプレイを消した。

 時間の経過しない空間に収納されていた為、蓮の手に残る手作りおにぎり鮭と梅と書かれたシールが貼られているパックは、ほのかに暖かく、お茶は良く冷えていた。


「いただきます」


 おにぎりが入っているパックをあけ、鮭のおにぎりを一口食べる。口に含んだ米を咀嚼し、ペットボトルのお茶で喉を潤す。

 ここに来る前の騒動はどこへやら、常人ならパニックに陥るであろう出来事が起きたにも関わらず、どこか抜けたところのある蓮は、ちょっとしたピクニック気分を堪能していた。

 人口の増えた日本には、この様に見渡す限り草原といった土地は少なくなっていた事も関係していたかも知れない。

 一つ目のおにぎりを五分ほどかけて食べ、蓮は二つ目のおにぎりを手に取り口に運ぶ。一口食べると梅のすっぱさが口の中に広がっていった。すっぱさを薄めるために白米の部分を口に含み咀嚼を続ける。梅のすっぱさに食欲を刺激され、鮭のおにぎりより早く食べ終わった。

 空腹を満たした蓮は再びどうしてこうなったのかを考える。

 三十分ほど考えたところで蓮はひとつの結論を導き出した。


「わかるわけない」


 蓮は両手両足を投げ出し、その場にゆっくりと寝転んだ。

 見上げた空では雲がゆっくりと流れていく。

 そもそも魔法学院に入学して二ヶ月しか経過していない魔法知識に乏しい自分にはわからないのではないかというのが蓮の出した結論であった。

 この現象は日本のトップ魔術師といわれるもの達でも解明することはできないのだが、蓮にその事を知る術はない。

 ぽかぽかとした陽気と、背中から柔らかな草の感触、そして満腹感により眠気に誘われ意識を手放した。自分の置かれた状況がまったくわからないのに、とことん警戒心のない蓮であった。


◇◇◇


 ぺたぺたと何かが叩いている。そんな感触を頬に感じ、蓮の意識が戻って行く。その感触をもたらしてくるものは、ひんやりと冷たく柔らかい。

 蓮がゆっくりと目をあけると、水色の翼が視界に入る。ゆっくりと動く小さい翼。翼など間近にみた事のない蓮は驚き、寝起きでぼんやりとしていた蓮の意識は一気に覚醒していく。

 距離をとるために急いで身体を起こした蓮の視界に、翼の持ち主が写る。鳥類を想像していた蓮の頭からは距離をとろうとしていた事など消え去った。

 一言で表せば、翼の生えた猫。

 体長は二十センチほどだろう。真っ白い身体で、手足の先は翼と同じ水色、耳はもこもことした毛に覆われており、とても柔らかそうだ。背中から生えている小さい翼は天使のように見えるが、身体の半分程の大きさの翼は確実に空を飛ぶことには使えそうにない。細い尻尾は左右に振られており、その先には、クリスタルのように見えるひし形の石が付いており、時折小さな何かが石より落ち、陽光をうけキラキラと輝いていた。

 つぶらな瞳で、まっすぐと蓮を見つめている姿はとても愛らしくよっぽどの猫嫌いじゃなければ虜になるであろう、とても可愛い猫だった。

 例にもれず連もしばらくその姿に見入って思考停止に陥いると、その猫もどきは連の手に擦り寄っていった。蓮が喉を撫でると気持ちよさそうに瞳を閉じ、パタパタと翼を動かす。


「起きたら元の場所なんて都合よくはいかないか」


 猫もどきの喉を撫でながら辺りを見回す。眠る前と周りの景色は変わらず、太陽の位置がわずかに頭上に移っていただけだった。

 軽くため息を吐きつつ、蓮は立ち上がる。猫もどきは撫でられたりないと訴えるかの如くニャーと声をあげ、蓮を見上げたが、撫でてもらえないとわかると小さな翼を動かし羽ばたくと、蓮の頭の上にその身を乗せる。

猫もどきの身体は猫とは違い、ひんやりと冷えており、蓮の頭に清涼感をもたらした。

また頭に載っている感触はあるのだが、ほとんど連が猫もどきの重さを感じられなかった。


「飛べたのかよ」


 猫もどきの行動に蓮のツッコミが入る。だが、当然猫もどきから答えは返ってこない。

蓮はすぐに思考を切り替えた。

 ここに居ても元の場所に戻れる可能性があるのかわからない。じっとしていてもかわらないなら、この場所の情報収集をしよう。そう考えた蓮は人の居る場所を求め、土がむき出しのところへ向けて歩き出す。もし土がむき出しになっている所が道として使用されているのなら街や村へ続いていると考えたからだ。

 人を求めて歩き出した蓮の頭の上には猫もどきが陣取っていた。歩きながらおろそうとする蓮だったが、足でがっちりとホールドされており剥がす事はできず、また無理に剥がそうとして爪をたてられた場合を想像し、背筋に冷たい汗が流れたので、彼は猫もどきを放置する事にした。

短い時間しか触れ合っていないにも関わらず、何も知らない人が見たら、長年飼っている猫ですと言われたら信じてしまうぐらいには懐いているのが伺えた。


「一緒に来るか?」


「ニャ」


 嬉しそうに鳴いた猫もどきを撫でつつ土がむき出しになっている所へと近寄ってみる。

所々小さな石が落ちており、凸凹としていたのだが、車輪の跡らしき物があり、やはり道として使われているのだろうと蓮は結論づける。

 道の伸びる先を見ると、片方はうっそうと生い茂る森に続いており、もう片方は草原が続いている。森の方は不確定要素が多すぎるため、蓮は無難に草原の方を選び、歩を進めていった。


◇◇◇


 二時間程歩き、蓮はトラブルに巻き込まれる事もなく無事に街に辿りつけた。ちなみに猫もどきは未だに彼の頭の上に陣取っており、瞳を閉じてはいるが蓮の頭に足でしっかりとしがみついているので寝てはいない。

 街に入る際、槍を持ち鎧を身につけた警備の兵士に奇異の目で見られていると感じた蓮は特に声を掛けられたりはしなかった事に、安堵した。

 実際は、呼び止められる寸前だったのだが、警備の兵士は蓮の頭の上に乗る猫もどきを見て固まり、呼び止めるどころでは無くなったのだが、蓮にその心情を知る術が無いため、奇異の目を向けられたと感じただけであった。

その兵士は自分が目にした光景を伝える為に、警備を他の者に任せ、領主の屋敷へと急ぎ向かう。

 そんな事は露知らず、街にはいった蓮は困惑していた。

 猫もどきと遭遇した時からなんとなくそうではないのかと感じていた蓮だったが、街に入った事により確信した。ここは蓮の居た世界とはあまりにも違いすぎた。

 それなりに栄えているように思える街の中に機械の気配がまるで感じられない。

 そもそも機械と魔法がともに発達している蓮の世界には少なくとも鎧や、槍の様な原始的な武器はよっぽどの辺境に住む部族ぐらいしか使用していない。

 さらに、今蓮の前にある建物がその考えを強くした。彼が足を止めた視線の先にある建物には、西洋のドラゴンの上で交差する剣と杖が描かれた看板がついている。木で作られたその建物を観察していると、いかにも冒険者然とした者達が行き来していた。


「ここってアレだよな。なんか雰囲気といい、行き来してる人達を見る限り冒険者ギルドってとこだろうなきっと。入ってみるか」


 冒険者になるかどうかは未定だったが、様々な人間が集まるこの場所には、様々な情報があるだろうと建物に入る決心を固める。この世界の事がまったくわからない内は何も行動を起こせない。うまくいけば元の世界に帰る方法もわかるかもしれないと、蓮は淡い期待を胸に扉を開け中に入って行く。入ってきた蓮を見て、正確にいうと頭の上に乗っている生き物をみて中にいた者達は驚いた表情を作る。


「いらっしゃいませー。冒険者ギルドフレイル支店へようこそー」


 蓮が他の者の表情に気づく前に、明るい声が蓮にかけられた。声を掛けられ無言で入る事を蓮はよしとせず、小さな声で「どうも」と返した。小さすぎて相手の耳に届いたかは甚だ疑問ではあるのだが。

 声の主は建物の奥にある三つのカウンタースペースの真ん中に座る女性だった。満面の笑みで手招きをしていたので蓮は彼女の元へまっすぐ向かっていく。近づくにつれ少女としか表現できない外見をした彼女に蓮は少し気が楽になった。

 椅子に座ってはいるが身長は蓮より低く、肩まで伸びる髪は薄い金髪。壁に取り付けられた光を放つ石によりキラキラと輝いてみえ、丸く大きな愛らしいという言葉がぴったりの水色の瞳はに好奇心が見て取れる。

 美少女としか表せない少女がそこには居た。


「いらっしゃい。珍しい子と契約してるね?名前はなんていうの?」


 口にした少女の視線は蓮から頭の上にいる猫もどきへと移る。名前を問われた蓮はというと、こんなに懐かれているなら名前を付けてもいいかと思い考えてみるが、貧相なボキャブラリーしか持ち合わせていない蓮は安易にこう名づけた。


「この子はスノウ」


「ニャア」


 蓮の声に猫もどきが返事をすると、異変が起こった。頭上より何も書かれていないカードがくるくると回転しながら落ちてくる。M3を使用してないのに何で出てきたんだろう?と疑問に思いつつ、そのカードを手に取ると絵と文字が書かれていく。スノーウィングキャット【スノウ】と文字が綴られ、猫もどきもといスノウの姿が描かれた。裏面は水色に染まり、雪の結晶が描かれている。


「契約してなかったのにスノーウイングキャットと一緒にいたの!?」


 一連の流れを見ていた少女の可愛らしい声がギルド内に響き、ギルド内にいた者は一人の例外もなく信じられないものを見たという気持ちになったのだが、鈍い蓮は少女以外の感情に気づく事はなく、単純に少女の大声に何故驚かれたのか疑問に感じていた。

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