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まったり更新です。

 季節は六月。ジメジメと湿気を多く含んだ空気が充満する廊下を、長く伸ばされた黒い髪の人間が足取り重く歩いていた。

赤茶色のブレザー、赤と白のチェックのズボンに赤いネクタイ。国立魔法学園神奈川校、男子生徒の制服。格好からは男性であろうと判断できるのだが、後ろから見える姿はズボンを履いた少女にも見えた。

 またあえて隠されている事もあり確認することは難しいが、その人物は中性的な顔をしており、身長は四捨五入して百六十センチと小柄であった。

 その少年にも少女にも見える人物の名前は白夜蓮しろやれん、十五歳という年齢から、少し胸の発育が悪い少女にも見えるが、れっきとした少年である。傍目からは髪により表情を確認することはできないが、蓮は浮かない顔をしていた。

 

 国立魔法学園。

 魔法という超常現象が存在すると証明され、日常から軍事とあらゆる分野で用いられるようになってから作られた日本に七校だけしかない魔法師の教育機関の一校だ。魔力がある者は誰でも受験することができる。授業料も無料。また魔法学校と名前にはついているものの卒業すると高等学校の卒業証書も与えられ、三年間ここで学び魔法が使えれば、まず就職や進学にも困ることは無い。

 魔法学校に入れば薔薇色の人生間違いなしと太鼓判が押されるほどに魔法学校卒はブランドとなっていた。そのため、毎年受験者は後を立たたず、中には魔力を持っていると文書を偽造してまで受験をしようとする猛者まで居る。もちろん偽って受験するものに合格者はいないのだが。


 実技場へと向かう為、校舎内を移動している蓮は入試に無事に受かった。世間一般からみたら、所謂勝ち組の部類に入る。

 だが、魔法学校に入学してからの評価は散々なものだ。

おちこぼれ。これが彼に対する周りの評価だった。

彼は強大な魔力を持ってはいたが、使いこなす事が出来きずにいた。魔力量は生まれた時に決まり、変動しない。類稀なる魔力を秘めた彼にたいし、周りはひがみ、使いこなせない事をしると、宝の持ち腐れであると蔑んでいた。


「駄目だったら退学か…」


 下駄箱で靴を履き替え外に出ると、蓮の口からは自然と声が漏れた。退学と含まれていたのだが、どこか他人事のように言う蓮。実技場に向かう道のりが蓮には死刑執行の場所に思えてきたが、歩を進める。

 実習場は校舎から十分ほど、心も落ち着かせるには充分とは言えない距離。

 近くに人影は見えない。同じクラスの者は全員、既に実技場にいっている。そんな中、蓮が校舎内に居たのにはきちんと訳がある。

 理由は単純。いざ移動を開始しようとすると、校内放送があった。その内容は『一年生の白夜蓮君。至急、学長室まで来るように』と学長直々の呼び出し。

 何の用だろうと疑問に思いつつ、学長室に急いでいった蓮に学長はこう言ったのだ。


『白夜蓮君。残念だが、今日の召還の儀に失敗した場合、君には普通の高校に移ってもらう事になった。私個人としては入れた生徒を見捨てるような事になり大変心苦しいのだが、上からの…。いや、一部の教師陣がね…。本当にすまない。君が成功することを私は祈っているよ』


 長く伸ばされた白い髭に黒いローブ。物語の中に出てきそうな時代錯誤な魔法使いの格好をした学長が髭を擦りしゃべる姿を見ながら、蓮は言われた事を理解した。入学し、たった二ヶ月しかたっていないにも関わらず、退学通知を突きつけられる一歩手前だと言う事に。

 要するに最後通告であった。

 人間あまりにもショックな出来事があると、自分に起きた出来事がどこか遠く、人事のように思えてしまう事を蓮は学んだ。

 その後すぐに学長室を後にし、今に至る。

 

 実技場に近づくにつれ、契約の儀により使い魔を得たクラスメイト達の喜ぶ姿や、召還された使い魔の姿が蓮の視界に写る。


 召還の儀、召還陣に制約の言葉を述べ、別の世界より使い魔となる生物を呼び出す。魔法師にとって命ある限り共に過ごす使い魔をもたらす大切な儀式なのだが、蓮にとっては一般の生徒よりさらに重要な意味を持ってしまった。


「おー姫!きたか。ん?どうした浮かない顔して」


 実習上に描かれた五つの召還陣、蓮から見て一番近くにあった召還陣から一人の少年が離れ、蓮に近寄っていった。

 茶色い髪をショートカットにワックスをつけたいかにも今時の若者といった男子生徒。蓮と同じ十五歳にも関わらず身長は蓮より十五センチほど高い。蓮の顔を見た事がある友人、黒木宗徳くろきむねのりは爽やかな笑顔を浮かべる。

 見た目に似合わず宗徳は武闘派であり、得意とするのは身体強化系魔法である。その腕は今のところは、一学年で上位に位置する魔法師であり、おちこぼれと称される蓮と対等な友人関係を築いている事からもわかる通り大変な人格者でもある。

 簡単に言ってしまえば人気者だ。


「うっさい。誰が姫だよ」 


「いや、知り合ってから二ヶ月経つが、未だに俺はお前を女じゃないかと疑ってる。姿なんて魔法で隠そうと思えば隠せるしな」


「それで俺に何か得はあるのかよ!」


「婿探しとか」


 宗徳の答えを聞いた蓮は、心底あきれた表情を浮かべ宗徳の顔を一瞬見上げると肩を落とし、歩を進め、宗徳の脇をさっさとぬけると一番近くの魔方陣に向かって行った。 

 この間約五秒である。てっきり容赦のない痛烈な言葉を浴びせられると思って待機していた宗徳を見事に置き去りにするのだが、歩幅に大きな違いがあるため直ぐに蓮は追いつかれる。


「らしくないな。マジで大丈夫か?学長になんて言われたんだよ」


「今日のこれ、失敗したら退学」


 召還陣に目を向け端的に話す蓮。その蓮とは対照的に宗徳は驚いた顔を浮かべる。蓮が視線を向けた召還陣では別のクラスの生徒が契約の言葉を述べ、火トカゲ、サラマンダーを召還し笑みを浮かべていた。


「いけるのか?」


「わからない。けど、宗徳のおかげで落ち着きはしたよ。ありがとう」


 空いた召還陣に蓮が進むと召還陣を囲み、友達やら気になる子らの召還の儀を見ていただけだった生徒達は召還陣から離れて行く。

 普段の蓮ならその光景にうんざりしていたところなのだが、今は素直にありがたいと思えた。蓮の礼に宗徳は笑顔で答える。

 蓮が召還陣の中央に立つと、周りには召還陣を制御している教師と宗徳だけになっていた。今までこの召還陣の周りに居た生徒達は、他の召還陣へと移動しており、時折チラチラと視線を向けるだけになっている。


「リラックスしていけよ。んで絶対に諦めるな!」


 蓮が頷くと宗徳は右手を突き出し、親指をぐっと立てる。


「準備はいいか?」


「はい」


 今まで傍観していた教師の問いにはっきりと答え、蓮は宗徳に頷いて見せると、集中するためまぶたを閉じた。


「異界の者よ。我が声に答えよ」


 蓮はしゃがみこんだ蓮は召還陣に手をあて制約の言葉をゆっくりと述べた。

 本来、召還陣に手を当てる必要は無くただ立って契約の言葉を口にするだけでいいのだが、魔力の運用が極端に苦手な蓮は直接魔力を流すために召還陣に触れる必要があった。 

 召還陣は淡い紫色に発光し始めるが、蓮の込めた魔力が弱かったのだろう。その後何も起きずに光は消えさった。

 失敗したのだ。

 失敗したと理解すると、蓮の心を退学という文字が埋め尽くしていく。こんなところで終わりなのかと思うと、悔しくて自然と涙目となっていた。


「姫!魔力が弱いって。後先考えず全部ぶちこめー!」


「姫って呼ぶなー!」


 立ち上がると連は宗徳に全力でツッコミをいれた。

 先程まで折れかけていた蓮の心は、宗徳の言葉によって復活した。

 魔法が使えない事を馬鹿にしても怒ったりする事がない蓮の大きな声に、周りの生徒達は驚いた視線を向けた。


「先生、もう一度いいですか?」


「構いませんよ」


 教師に一応確認をとると、蓮は再びしゃがみ込み今度は両手で召喚陣に触れる。自分の中から余計な雑念を振り払うようにと、深く呼吸を繰り返し、瞼を閉じる。

 周りの声も、失敗したら退学と考えてしまう自分自身の弱い部分を押しつぶす。

 静寂が彼の中に訪れていた。


「異界の者よ。我が声に答えよ」


 召喚陣が激しく明減し始める。あまりにも今までと違う召喚陣の反応に、他の召喚陣に集まっている生徒達の殆どが連の召喚陣に視線を向ける。

 だが、一分程経過するも、明減するだけで召喚陣からは一向に何も姿を現す事はなく、次第に他の生徒達は、「なんだ見かけだけかよ」「さすが落ちこぼれ。使い魔さえ呼べないのか」等、さげすむ言葉を口にしたり、無言で視線を外していった。

 今は宗徳とその召喚陣を担当する教師だけがその様子を見続けている。


「俺の前に出てこいって言ってるんだよー!」


 さらに二分程たったところで、蓮は声を上げた。

 最初から全力のつもりでやっていた蓮だったのだが魔力運用に難があったために、蓮自身全力で注いだつもりでも、実際には三割程の魔力しか注ぎ込めていなかったのだ。

 だが、蓮の発した言葉が引き金となったのか両手から膨大な魔力が召喚陣に注がれた。結果、目をくらます程の紫色の光が召喚陣より放たれる。

 他の召喚陣にいた生徒達も何事かと再度、蓮のいる召喚陣へと視線をやったのだが、一部の者を除き、ほとんどの者の視界は紫に染まっただけだった。蓮はというと集中する為に目を閉じていた事が幸いし、目をくらませる事はなかった。召喚陣が今までより強く発光したのはわかったので、今度こそと言う気持ちを胸にゆっくりとまぶたを開くとキラキラと光るが彼の体を囲い回っている。

 召喚の儀の際、呼び出されるのは使い魔となる生物・・だけである。だが、蓮の周りを回っているのはどうみても生物には見えなかった。

 そのうちの一枚に対し、蓮は手を伸ばしおもいきって掴んでみる。すると残りの二枚も後を追うように手の中に収まった。


「成功した?」


 手の中に収まった三枚のトランプ大のカードを見ながら、蓮は疑問形で呟いた。両面共に白紙のカードが三枚。自分の興した結果とはいえ本来の召喚の儀より逸脱している事に戸惑いっていたからだ。

 召喚陣より出てくるものは、召喚の儀を執り行った者を主として認めた者だけなので、カードとはいえ召喚陣より出てきた事には変わりはなく、この結果は成功と言えば成功なのだ。

 だが、その事は召喚の儀が始まる前に教師より一学年の生徒に説明された事なので、学長室に呼び出され途中から参加する事になった蓮は知らなかった。

 召喚陣を制御していた教師も何も言わない事から、蓮はどんどん不安になっていく。


「成功だぜ。蓮!よかったな」


「そうなの?」


 よほど嬉しかったのか両手でガッツポーズを作り、テンション高く喜ぶ宗徳。

 いまいち成功したという実感がわかない蓮は、確認のために教師の方に視線を向ける。蓮が顔をあげた事により視線を向けられていると気付いた教師は視線をカードから蓮へと移す。


「ええ。成功ですよ。あなたの事は私から学長に報告しておきますので」


 教師の言葉を聞いた蓮は頷き、やっと成功しのだと実感を得た。大きな声で喜びを表したいのを我慢し、蓮は手に持つカードに一度視線を落とした後、次の人の邪魔にならぬよう召喚陣より出て宗徳の元へと向かおうとすると異変が起こる。

 誰も魔力を込めていないのに召還陣が黄金色に輝きだしたのだ。


「蓮!」


 予期せぬ召還陣の発動に対し、最初に行動を起こしたのは宗徳であった。蓮の元へ向かおうとするも、何かに阻まれ召還陣内に入ることは出来なかった。

 同様に召還陣から出ようとした蓮も何かに阻まれ外に出て行くことは出来ない。


「クソっなんだってんだ。先生、召還陣を消してください!」 


「さっきからやっています!」


 教師が額に汗を浮かべ必死に召還陣を制御しようとするが、召還陣は既に教師の手を離れており、教師の魔力を一切受け付けないでいた。その間も召還陣から溢れる光は光量を増しており、蓮の身体を隠していく。


「宗徳、もういい。何が起きるかわからない離れろ!」


「何言ってるんだよ!俺達は」


 まだ続くであろう宗徳の言葉を、蓮は最後まで聞くことは出来なかった。なぜなら蓮の全身を光が覆い隠したところで、彼の姿が消えたからだ。


「蓮ー!」


 聞く者の消えた宗徳の声は実技場に響き渡った。

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