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しかし、俺には本当に何の生きる術も無いのか?
異世界の知識とか言っても実際に来てみりゃわかるが、そんな知識普通はねぇから。
スラスラ出てくると思うな! 一度記憶していてもだ、必要になる頃にはその記憶風化してるぜ?
「まさに今の俺ぇぇぇええええ!!」
叫ばずに入られなかった。叫んだ瞬間、精霊(風)がビクッと体をすくませた。
正直すまんかった。
『謝るなら叫ぶでないわ!』
『それは無理だった。人には誰しも叫ぶのを抑えられなくなる瞬間がある』
『……そういうモノなのか』
適当に言ったら納得された。まあいい、いい加減暗くなってきたしこれからどうするか考えよう。
『そういや、今気付いたけど俺今日何処で夜を明かせば良いんだ?』
『あれ? ここで寝るんじゃないんですか?』
さも当然の様にのたまう風精霊。俺はお前らと違って繊細なんだ原住民めが。
まあ、半分以上は外敵の事を考えるとここでは寝られないだろうと思ったからだ。
『いや、この世界には魔物とか居るんじゃないのか?』
『そりゃあ居ますね』
『……そうするとだ、こんなところで俺が無防備に寝ていたら。朝起きたら骨だったとかなりかねないんじゃないかな?』
『……おおぅ!! そう言えば! 私、触れられる恐れが全くないので盲点でした』
ああ、そうね。それは仕方ないね。
となると、早々にデッドエンドする前に何か対策をせねばならない。
『でしたら私たちの集落に来ます? 一応精霊が一杯居ますのでここよりは安全ですよ』
『本当に!? それは願ってもない。でも、現状この世界で生きる術すら無い俺には何の礼も出来そうにないけど良いのかな?』
『いやいや、結構色々……まあいいです。多分役に立って頂けると思います!』
なんか、最後のセリフとともに浮かべた笑顔に一瞬寒気が走ったが……多分気のせいだろう。
『で、どっちの方なんだ?』
『えーと、こっちですね。私も適当にぶらつく程度の感じでしたのですぐそばですよ』
……嘘だった。
『お前、いい加減俺とお前は違う生き物だと理解しろ』
『ははは。そう言えば飛べないんですよね人って』
彼女の言うすぐそばは直線距離での事だった。
現在目の前には断崖絶壁。しかもクライマーでしか挑む事が無いであろう傾斜だ。
それを素手で登れだと?
『俺を殺す気か?』
『いやいや、でも私たちの集落が人様が暮らせるような場所に有るわけが無いじゃないですか』
『……確かに』
まあ、イメージ的には秘境とかだよな。
……着けても寝れんの俺?
『しかし、どうしたもんかな。これじゃ無理だぞ』
『ま、仕方ないですね。アサギさん』
『ん? なんだ?』
『私に少し生命力頂けます?』
『え?』
いきなり何言い出すのこの子?
『いや、この程度の崖超える程度の魔法ならそんなに疲労はないですから』
『ああ、そういうことね』
一瞬、俺を殺しに掛かってきたのかと錯覚した。
まあ、こいつは嘘をつけないタイプだろうから大丈夫だろう。
『まあ、良いか。で、どうやって対価を払えば良いんだ?』
『あ、それじゃあ失礼しますね』
そう言うと精霊は俺に手をかざした。
……
…………
何も起こらなくね?
『……おひ』
『あれ? おっかしいな。そっか、アサギさんには私は霊体として接せられないからなのかな……』
『もしかしてあれか? 普通は霊体として人の中の生命力を手をかざす程度で奪えるってことか?』
『あくまで対価としてですけどね。でも、これだと無理なのかー。うーん』
やべー、俺本格的にどうしようもないぞ? 精霊を見れて触れます。でも魔法は使えませんとかどういうボケだよ。
『それじゃあちょっと失礼しますね』
なんか精霊が俺の手をとったけどそれどころじゃない。
最悪生命力を対価に魔法を使って生きる算段をしていた俺には奈落の底に突き落とされたきぶんをぅ!?
なんか指先がぬるっとした感触が!!
「何事?!」
「……?」
みるとそこには、俺の方をキョトンとした目で見ながら指をくわえて吸っている精霊の姿があった。
『えーと、何してんの?』
『はい、間接的には肉体に弾かれるので直接吸い取れないかと』
そう言いながらも口を離さない精霊さん。
ああ、しゃべれなくても会話出来るのか。やっぱ便利だよなコレ。
じゃないよ! え? おれ何でこんな展開? 結構気持ち良いんだけど? KNE?
そう思考の海に潜りかけていたらチュポンという感じの音を立てながら精霊は口を離した。
……ああ、もう終わって……いやいや。
気を取り直して結果を聞くことにした。引きずるのは良くない。
『で、どうだった?』
『はい、大丈夫でした。ただ、直接奪う行為をしたことが無かったのでちょっと貰いすぎたかもしれません』
『は?』
そう言われた直後、急に足に力が入らなくなった。
倒れる前に精霊が風の魔法か何かで俺の体を固定した。倒れなかったのはありがたいが原因はこいつなのだ。……殴りたい。
『あーやっぱり。でも命に関わるほどじゃありませんし、寝て起きれば問題ないので』
『いや、それでもこの感覚は……おかしい……だろ』
『取り敢えず、寝ている間に運んでおきますので』
『むしろこのまま放置されたら俺は例え死んだとしても貴様を呪い殺しに行くわボケ』
あ、今叫んだ所で限界が来た。意識が……。
気を失う直前に見えた足下の景色は、既に20M位宙に浮いた状態だった。
気を失えて正解だったかもしれない。……全く許す気にはなれないが。