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我儘な王女に騎士と侍女が振り回される話

作者: 藤井桜
掲載日:2026/06/15

 


 この国の王女であるクラウディア・リーゼンフェルトの日課。

 それは、大好きな近衛騎士のアレクシス・ブランシュの元を訪れることである。

 訪れる、とは自分の近衛騎士に会いに行くわけではない、お気に入りの近衛騎士が兄の近衛騎士だからだ。

 薄紅色のドレス、綺麗な銀色の髪を頭の横でお団子を作ってもらい、ふわふわのくせっ毛を背中に流している。

 きつめの青い瞳に薄紅色の口紅を引いた表情はとても可愛らしい。しかし、中々、振り向いてはもらえない。

 自室から兄の執務室に向かう、その後ろを侍女のナターリエ・アルベルトと彼女付きの近衛騎士ルーファズ・ホルムが続く。

 ナターリエの押すワゴンには、厨房で作られた胡桃のケーキと季節の果物が使われた紅茶が用意されている。



「お兄様に取り次いでちょうだい」



 王子の執務室の扉の前を守る従騎士にクラウディアはつんと澄ました表情で告げた。

 何時ものことなのでそれを理解した従騎士はノックをして、王女の来室を告げた。

 中から顔を出したのはアレクシス、困ったような表情を浮かべつつも優雅な所作で来客を招き入れてくれた。



「お兄様、ご機嫌よう、お茶をお持ちしましたわ」

「ああ、ディアか、君は勉強はいいのかい? ナターリエとルカが困っているぞ、毎日毎日、飽きもせず…」

「あら、だったら、アレクを私に下さいまぜ。そうしたら、ここに来ることもありませんわ」

「それは父上に相談してくれ」

「なんで、お兄様の騎士がアレクなの? ずるいわ」

「父上は君に悪い虫を付けたくないんだろうよ。ルカなら君にとってはずっと年上で結婚相手には向かない」



 兄妹の会話に後ろに控えていたナターリエは下を向いて小刻みに震えている、おそらく笑いをこらえているのだろう。

 話題の中心のルーファズは困ったように肩をすくめた、王女よりもずっと年上なのは本当のことだ。

 ルーファズはナターリエにお茶の準備を始めるように促すと彼女は慌ててお茶の準備を始めた。

 すると、隣室に控えていた王子付きの侍女アメリアが沸かしたてのポットを持ってやってきた。

 彼女は王子よりも十歳程年上の二十八歳、近衛騎士隊長の奥方でもあるので、王子の結婚相手にはならない。



 アメリアとナターリエが仲良くお茶の準備を始めるとクラウディアは長椅子に腰を下ろした。

 やれやれといった表情でシルヴェストも手にした書類を机の上に置くと一人掛けの椅子に腰を下ろした。



「ルカ、アレク、君たちも座るように」

「アレクは私の隣ね!」

「アレク、すまないね。ディアの我儘に少しだけ付き合ってくれ」

「御意」

「アメリアはローランのところに書類を運んできてくれ。ナターリエはルカの隣に」

「かしこまりました」



 切り分けたケーキとお茶を出し終わりアメリアは一礼して第二王子であるローランドに書類を届けるために部屋を後にする。

 居心地悪そうなアレクシスに気を使ってナターリエとルーファズは顔を見合わせて小さく嘆息すると席に着いた。



「ナターリエ、今日のケーキはなんだい?」

「胡桃とオレンジ、チョコレートを混ぜて焼いたケーキです。料理長がお口に合えば嬉しいと申しておりました。

 紅茶は桃、オレンジ、葡萄などを使った季節の紅茶になります」

「うん、おいしいね。ディアはどう?」

「チョコレートが濃厚でその中にオレンジの柑橘がさわやかで胡桃の食感も良くて美味しいですわ。アレクはどうかしら?」

「とても、おいしゅうございます」

「そう、良かったわ」



 さりげない会話なのにクラウディアはとても嬉しそうだ。

 これが恋する乙女。見守っている分には害はないだろう、シルヴェストは小さく嘆息すると、まだ、温かいお茶に口を付けた。

 相変わらず、王族と同席するのが心苦しいのかナターリエは、どこか落ち着きがない。

 隣に座るルーファズはさすが年の功というのか、かなり落ち着いて見える。

 王女の隣のアレクシスは緊張で倒れるのではないか、そんな心配さえしていた。

 奇妙なこのお茶会が始まって今日で三回目。

 休憩時間を利用してやってくるので咎めることもできない。

 息抜きになって良いのだけどね、シルヴェストはそう言って最後のケーキの欠片も口に放り込んだ。



「あ、お代わりをお持ちしましょうか、シルヴェスト様」

「私はもういい、ゆっくり、食べなさい。ところで、ディア、今日の夜にも父上に呼ばれると思う」

「お兄様の執務室に来ることを咎められる?」

「そのことじゃない、もっと、大事なことだと思う。多分、君の来月の社交界デビューの話じゃないかな」

「それって…」

「これから、君の花婿探しが始まることになることだろう」

「嫌ですわ、私はアレクじゃなければ嫌ですわ」

「アレクは侯爵子息、まぁ、君の結婚相手でも悪くはないが」

「でしたら!」

「父上が決めることに口出しはできない。祈るだけだな、私たちにできることは」



 ナターリエはルーファズと顔を見合わせると、「姫様、お可哀そうに」と呟いた。

 伯爵令嬢のナターリエはクラウディアが結婚することになれば、侍女の任を解かれ、結婚相手を探すことになるだろう。

 期限は遅くても二年、二年のうちにクラウディアは結婚相手を決めて嫁ぐことになる。

 二年後、二十歳になるナターリエはぎりぎり、行き遅れるということもないだろう。

 隣国との仲も良好で、クラウディアが隣国の王族の元に嫁ぐということもなさそうだ。

 それなら、相手は、臣下の貴族になるだろう。

 実はクラウディアの結婚相手の候補が3人に絞られていた。

 その中の一人がアレクシスなのだが、彼女には伝えていない。

 彼女よりも十歳年上なこともあり、もっと年の近い者が良いだろうとも言われている。

 二つある公爵家はどちらも跡取りがおり、妻もいるので、選ばれるのは侯爵家からになるだろう。

 その公爵家のうちの一つが近衛騎士隊長であるのだが。



「まぁ、隣国に嫁に出す予定はないから、侯爵家に降嫁になるだろうね」

「公爵家に嫁ぐことは出来ないので、そうなりますわね。あら、じゃあ、やっぱり、アレクで問題ないではないですか!」

「アレクは君よりも十も年上だけどね。それなら、さっさと良い結婚相手を見繕っておけばよかったよ」

「お兄様はどうなんですの? 侯爵家からお嫁さんをもらうのでしょう?」

「あぁ、そうなるだろうな。ディア、君のことをとやかく言えないようだな、私も」

「あら、では、心に決められた方がお兄様にもいらっしゃるのですね。それでしたら、お二人でお父様に進言なさいましょう?」

「ディアは前向きだな、さて、そろそろ、仕事を再開しようと思う。ディア、部屋にお戻り。ああ、ルカはちょっと残ってくれるかい?

 代わりにアレク、ディアを送ってくれ」



 ぱぁと花が咲いたようにクラウディアの顔が輝く。

 それくらい、してあげないとね、シルヴェストはそう言って、立ち上がった。



「クラウディア様、申し訳ありませんが、この場を片付けたら戻ろうと思っているのですが…」

「構わないわ。アレクと二人だけなんて、こんな嬉しいことはないわ。お兄様、ありがとうございます」

「まぁ、これくらいわね、アレクなら問題を起こすことはないと思っているよ」



 一礼してアレクはクラウディアと共に退室する。

 ナターリエはてきぱきとテーブルの食器を片付け始める。



「それで、シルヴェスト様、邪魔者の私も退室しましょうか?」

「え?」



 ルーファズの一言にナターリエが驚いたように振り返る。

 ナターリエが片付けることを見越してルーファズだけを引き留めたのだろう。

 作業机に向かい書類に視線を走らせながらシルヴェストは尋ねる。



「あの二人、どう思う?」

「クラウディア様はわかります、アレクのことですか?」

「まぁ、そうだな。アレクならばと思っているところもある。あれぐらいの年の差がなければディアの手綱を握ることは出来ないかもしれん。

 私なら君でも構わないのだがね」

「御冗談を。クラウディア様は私のことを近衛騎士のおじさんぐらいにしか認識しておりません。

 アレクもクラウディア様のことは苦手ではないようですよ。

 それと、ナターリエも殿下の事はお嫌いではないはずでしょう、私の憶測ですがね」

「ル、ルーファズ様!」



 なんのことなのか、シルヴェストは理解したのか「では、ルカ。そろそろ、ディアのところに戻るといい」と告げた。

「御意」と騎士の礼を取るとルーファズは楽し気に彼女がすべて片付けてくれたワゴンを押して、退室した。

 そろそろ、アメリアが戻ってくる頃合いだろう、そこで、ワゴンを彼女に預ければ良い。

 二組の仲睦ましいやり取りは、三十を過ぎた男には少々、目映く映った。

「相手がいれば結婚していたんだろうな」そう、呟いて、ワゴンを押す副騎士団長は奇異な目で見られてたのを本人だけが気づかない。



 * * *



 恋愛結婚など、王族に産まれた以上は無縁なものだと思っていた、しかし、蓋を開けてみればそれは予想外の結末を迎える。

 国王の近衛騎士である騎士団長の妻は第一王子の侍女である、それが意味するものは、

 どうやら、すべて、子供たちのことに関しては国王に筒抜けだったようだ。



 好む相手の家柄がどこも申し分ないものだったのが良かったのろだろうか。

 その年の夏、第一王子と末姫二人の結婚相手が決まった。

 そのため、大きく王族の周りで騎士や侍女の配置替えが行われた。



 ナターリエ・アルベルト伯爵令嬢が第一王子の婚約者に選ばれ、

 そして、アレクシス・ブランシュ侯爵子息が末姫の婚約者に選ばれたのだった、



 騎士隊長と副騎士隊長は酒の席で揃って「王は子供たちに甘い」とぼやいたのだった。

 最後に「騎士隊長は陛下はお前の結婚も考えてるらしいぞ」と付け加えた。



 *おまけ・アレクの戸惑い*



 クラウディア・リーゼンフェルト、この国の王女である彼女は可愛らしいがとても、我儘だと噂されている。

 しかし、その我儘はとても可愛らしいもので、唯一、聞いた彼女の我儘はアレクシス・ブランシュの傍に居たい、それぐらいだった。

 優良株な近衛騎士は貴族令嬢からの支持も高いので、王女に対する評価は令嬢の中ではとても良いものではなかった。

 しかし、その噂は王女の耳に入る前に、消される、有能な王家支持派の仕事の一つであった。



 アレクシスも王女が我儘だとは思っていない、他の貴族令嬢の方が随分と我儘なように思う。

 同僚の婚約者の話を聞いていると、あれが欲しい、これが欲しい、と我儘放題だと聞く。

 家柄の良い者も多く、近衛騎士には、転属というものがなく、貴族令嬢の間では、高い人気を誇る。

 早々に婚約を決めるものも多く、近衛騎士の中で相手がいないのは副騎士隊長とアレクシスぐらいだった。

 昔は、副隊長であるルーファズにも、多くの婚約者候補が存在した、しかし、彼はどれもその婚約を断り、最近では女性に興味がないのではと思われいてる。

 ルーファズには兄がおり、爵位を継ぐこともないので、おのずと令嬢は彼の元から去っていった。



「アレク、王女の我儘と言われているんだ、断っても不敬には当たらんぞ。それは、陛下も理解している。

 よく考えて決めることだな」

「副隊長だったら断っていますか」

「ああ、断ってるな」



 清々しいほどのあっさりと、ルーファズは頷いた。



「というか、俺では王女殿下の相手にすらならん」

「例えばの話です」

「つうか、陛下は俺よりも二つ年上で、俺の兄の乳兄弟だった。俺のことも弟のように可愛がってくれてな、王女殿下がお生まれになったときに本気で俺の嫁にすると言い出したんだ」

「それじゃあ、クラウディア様が望めば副隊長が婚約者になっていたのですか」

「ああ、しかし、そうはならんかった。もし、お前が断れば…なぁ、俺としては断らんでくれるとありがたいんだがなぁ」

「ちょっ、さっきと言ってるとこと違うじゃないですか。よく考えろと言いましたよね。それ、聞かされたら断れないじゃないですか」

「俺の希望だ。答えを出すのはお前だと言ってる」

「嫌いではありません、とても、可愛らしい方だと思っています。恋愛となるとまだ、はっきりと決めることが出来ません。

 殿下は僕にとって、守る対象であり、お慕いする対象ではありませんでした。それが、突然、いえ、目を反らしていただけなのかもしれませんね。

 近衛騎士隊に入った以上、爵位のある家の後継ぎとなれば、いつか、結婚して、家を守らねばばらない。

 でも。その相手は殿下だと思ってもいませんでした。僕は第一王子付きのシルヴェスト様の近衛騎士ですから」

「しかし、思惑通りにはいかない、それを俺がしみじみと感じているよ。陛下は何故、俺を王女付きの近衛騎士にしたのか、さっきの話で分かるだろう」

「陛下は殿下と副隊長を近づかせるために近衛騎士に任命した、そういうことですね、そして、もし、殿下が望んでも断っていたと…」

「ああ」

「一つ、聞きたかったのですがそれなら、殿下が成長なされる前に結婚してしまえば良かったのではないですか」

「近衛騎士っていうだけで目の色を変える女連中のどこに惹かれるっていうんだ、それなら、お前こそ十年前に婚約者でも捕まえておけば良かったんだ」

「近衛騎士隊に入って間もなくは色々と忙しくて、気づいたら十年経っていたような気がします。婚約者どころじゃなかったように思います」

「だろうな、まぁ、俺の希望も伝えた。あとは自分で考えることだな。ああ、それと、ナターリエ嬢に相談してみるものありだろうな。あっちも、相当戸惑っているようだぞ」

「シルヴェスト様の態度は分かりやすいと思うのですが、ナターリエ嬢は気づいていなかったのですね」



 片手をあげて去っていく副隊長を見送ってアレクシスは小さく嘆息した。

 あの幼かった可愛らしい王女をずっと傍で見守ることができれば、それも悪くない。成長するにつれ美しくなっていく姿に惹かれないわけでもない。

 いつか、自分の心の底に眠る感情が恋心に変わることもあるのだろうか。

 嫌いよりはずっと好ましく思う王女殿下の太陽のような笑顔を思い浮かべてアレクシスの心が温かくなるのを感じた。



 *おまけ・ナターリエの戸惑い*



 ぼそりと耳元でこの国に王女殿下クラウディアは告げた。



「お兄様のナターリエ好きは誰もが知るところでしたの」



 その一言に。一気に頬を真っ赤に染めたナターリエは両頬を掌で覆うと「知りませんでした…」と告げた。

 本人だけが知らない事実に、クラウディアは更に戸惑いを見せて赤面する。

 王子のことは密かにお慕いしていました、その事実を胸の奥に閉じ込めていたというのに。

 こんな形で、王子から愛の告白を受けるはめになるとは思ってもみなかった。



「ナターリエはね、私の大事なお姉さまでもあるの。絶対に幸せになって欲しい。

 私には、お姉さまも妹もいないから、ナターリエが居てくれてすごく嬉しかったのよ。

 お兄様の気持ちも知っていたし、応援したかった。

 それにね、ナターリエもお兄様のこと嫌いじゃないでしょう? 見ていればわかるわ、何年一緒に居ると思ってるの」

「クラウディア様…」

「だから、誰よりも、私とおんなじくらい幸せになってね」

「ナターリエには勿体ないお言葉です…本当にナターリエはクラウディア様に仕えることが出来てとても幸せです」



 ぽろぽろとどちらかが年下に見えないほど、ナターリエは「申し訳ありません」と告げて泣いた。

 クラウディアの優しさがとても心に響いたのだった。

 ぎゅっと、大好きな侍女を抱きしめて、クラウディアは「ずっと、一緒には居られないから、貴女には幸せになってもらいたかったの。もちろん、私も幸せになりますけどね」そう言ってとても嬉しそうに微笑んだのだった。



 ブログからの転載になります。

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