第9話 宮廷からの影
アランが工房で作業に没頭していると、
街の噂が一気に宮廷まで届いていることを知った。
「まさか……あの包丁剣の噂が、宮廷にまで……」
アランは胸の奥で冷たいものを感じた。
元宮廷魔術師として、過去の立場が災いする可能性もある。
数日後、宮廷から使者がやってきた。
黒いローブに金の紋章をあしらった、威圧的な人物だ。
「アラン殿、久しぶりだな」
声のトーンには微かな挑戦の響きがあった。
アランは深く頭を下げる。
「……ご無沙汰しております。何のご用でしょうか」
心臓が激しく鼓動する。
かつて宮廷で共に働いた魔術師たちの影が、今も彼を追っていた。
使者は工房をじっと見渡し、包丁剣に目を留める。
「なるほど……あの剣の噂は本当だったようだな」
その視線に、アランは一瞬身がすくむ。
「我々としては、貴殿の技術を再び宮廷に戻してほしい」
提案ではなく、命令に近い響きだ。
アランは言葉を詰まらせる。
錬金術師として独立した今、宮廷に戻るつもりはなかった。
しかし、使者は続ける。
「だが、もし断るなら……」
その言葉は含みを持ち、無言の圧力となった。
アランは剣を握り締め、心の中で決意する。
「……断ります。俺はここで錬金術師として生きます」
声は震えたが、迷いはなかった。
偶然の産物から生まれた奇跡の剣を、自分の手で育てたい。
誰かに強制されて作るのではなく、自分の意思で道を切り開く――
それが今のアランの望みだった。
使者は一瞬だけ目を細めた。
「なるほど……ならば、貴殿の選択次第だな」
そのまま使者は去り、宮廷の影は一旦消えた。
リカルドが肩に手を置く。
「大丈夫だ。君は自分の道を進める」
その言葉にアランは小さく頷き、作業台に向かう。
包丁剣の噂は広がり続け、宮廷の影もまた動き始める。
だが、錬金術師アランは決意を固めていた。
「偶然の奇跡を、自分の手で必然に変える――」
その夜、工房に差し込む月明かりが、静かに彼を照らしていた。




