第1話 包丁剣の噂
元宮廷魔術師のアランは、静かな工房で頭を抱えていた。
錬金術師としての初仕事――それは、思わぬ形で世界に名を知られることになる。
「失敗作なんだ……誰にも渡さないつもりだったのに」
そう呟きながら、アランは床に転がる短剣を見下ろした。
それは、包丁を素材に作った奇妙な剣――名付けて“包丁剣”。
錬金術の基礎すら完全ではない彼の手による初作品。
金属の繋ぎ目は雑で、刃の形状も不格好。
一目で“使えない”とわかる代物だった。
しかし、そんな剣を持った一人の騎士が現れたのだ。
無名の若き騎士――リカルド。
彼は包丁剣を手に戦場に立ち、魔獣を一刀両断した。
「うわっ……あれ、俺の作った剣……!?」
アランは耳を疑った。街中から聞こえる歓声が、彼の胸に突き刺さる。
「包丁剣、やばすぎる!」「あんな剣で魔獣を倒すなんて!」
人々は口々に噂し、街は瞬く間に騒然となった。
そして噂は一夜にして隣国にも届く勢いだった。
アランの工房にも、リカルドが姿を現す。
「この剣、もっと欲しいんだ。作ってくれないか?」
笑顔を浮かべる騎士に、アランは言葉を失った。
「いや……これは……失敗作だし……」
彼の声は震え、頭の中はパニックでいっぱいになった。
魔術師としての誇りも、錬金術師としてのプライドも、混乱の前には無力だった。
しかしリカルドは笑うだけだった。
「失敗作でも構わない。俺にはこれが必要なんだ」
その言葉に、アランは初めて自分の手が誰かの役に立つことを実感した。
「魔術師の時とは違う……」
アランは小さく呟き、包丁剣を手に取る。
金属の冷たさと刃の重みが、手のひらに伝わった。
その夜、アランは一人考え込む。
この剣は偶然の産物なのか、それとも錬金術の可能性なのか――
答えはまだわからない。だが一つだけ確かなことがある。
「俺は、錬金術師として、ここから始めるんだ」
包丁剣の噂は広がり続け、アランの名前もまた、少しずつ知られることになる。
街の人々はまだ知らない。
この“失敗作の剣”が、やがて伝説になることを。
そして錬金術師アランが、世界を揺るがす存在になることを。
夜明け前の静かな工房で、アランは決意を胸に握りしめた。
失敗作の包丁剣と共に――新しい物語が、静かに動き出す。




