第3話「150ピッチの攻防! 初めての配筋検査」
現場に配属されて数週間。
少しずつ現場の音にも慣れ、ヘルメットの重さも気にならなくなってきた。
けれど、今日私は知ることになる。
私が手に持っているこの「スケール(メジャー)」が、
どれほど残酷で、どれほど重いものなのかを。
「配筋検査」。
図面に描かれた理想の線を、現実の鉄の網の上に写し取り、
その正しさを証明するのが、私の最初の大きな仕事。
「これくらい、いいじゃない」は、ここでは通用しない。
150ミリピッチと、155ミリピッチ。
そのわずか5ミリの差が、プロの世界では「誠実さ」の境界線になる。
相手は、鉄のように冷たくて、誰よりも仕事に厳しい鉄筋屋のレンさん。
職人の「技」と、監督の「ルール」。
二つの正しさがぶつかり合う、静かな火花。
怒られるのが怖いんじゃない。
間違ったまま、この建物を未来へ残すのが怖いんだ。
泥だらけの床に這いつくばって、数字と戦う一日の始まり。
佐藤てっこ、初めての「真剣勝負」。
その1ミリの先に、本当の信頼が見えるはず。
1. 嵐の前の静けさ
今日はてっこにとって初めての大きなハードル、**「配筋検査」**の日です。
鉄筋が図面通りに組まれているか、設計事務所の先生が来る前に自分たちでチェックしなければなりません。
「……よし、スケール(メジャー)よし。チョークよし。デジカメよし!」
てっこは装備を確認し、レンが作業する床へと向かいました。
2. 「ミリ」が許されない世界
そこには、芸術品のように整然と並んだ鉄筋がありました。てっこは緊張しながらスケールを当てます。
「えーっと、図面では『150ピッチ(間隔)』……。……あれ?」
測ってみると、155ミリ。
「あ、あの、レンさん。ここ、5ミリ広いです……」
レンは手を止めず、冷淡に答えます。
「……そこは、下の配管を避けるためにわざと逃がした。全体の強度は計算内」
「でも、検査の先生は『図面通りじゃない』って怒るかもしれません。直してください!」
てっこが勇気を振り絞って言うと、レンの動きが止まりました。現場に冷たい風が吹き抜けます。
3. 職人のプライド vs 新人の責任
「……私は、現場でベストを尽くしてる。図面は理想、現場は現実。その5ミリを直すために、他の30箇所を解体しろって言うの?」
レンの瞳が鋭く光ります。てっこは思わず後ずさりしました。
そこに、型枠資材を運んでいたパネ美が乱入します。
「おやおや、二人とも顔が怖いよ! てっこちゃん、レンちゃんに『直し』を命じるのは、死ぬより勇気がいることだよ?(笑)」
「パネ美さん、笑い事じゃないです……! 先生に指摘されたら、私たちの負けなんです……!」
てっこの声が震えます。
「私は、レンさんの綺麗な仕事を、完璧な状態で合格させたいんです!」
4. 1ミリの歩み寄り
「完璧な……状態……」
レンはてっこの必死な顔をじっと見つめました。そして、ふいっと顔を背けて腰袋からハッカーを取り出しました。
「……わかった。そこだけじゃない。全体で調整して、150に見えるように『配り直す』。……てっこさん、マーキングを手伝って」
「はいっ!!」
二人はそこから、這いつくばるようにして鉄筋をミリ単位で調整していきました。
レンが結束を解き、てっこが印を付け、再びレンが締める。
泥だらけになりながらの共同作業。気づけば、てっこの手は鉄粉で真っ黒になっていました。
5. 検査の結果
午後、検査官がやってきました。
厳しい目で鉄筋をなぞる検査官。てっこは心臓の音が聞こえるほど緊張しています。横ではレンが、表情一つ変えずに立っていました。
「……うん。非常に綺麗に組まれている。合格。次の工程(コンクリ打ち)に進んでよし!」
検査官が帰った瞬間、てっこはその場にヘナヘナと座り込みました。
「よ、よかったぁぁ……!」
レンは無言でてっこに手を差し出し、グイッと引き上げました。
「……お疲れ様。……私の結束を解かせたのは、あなたが初めて」
「えへへ、すみません……。でも、本当に綺麗でした!」
二人の汚れた手が重なります。それは、新米監督と職人が、初めて「一つのチーム」になった瞬間でした。
【今回の現場あるある】
「5ミリのズレ」を指摘するかどうかで、監督は一生悩む。
職人さんは「図面通り」よりも「納まりの良さ」を重視しがち。
配筋検査の合格後、夕陽を浴びながら飲む水は、人生で一番美味しい。




