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第1話: 転生者の日常と予兆の空

陽光がエルドリアの石畳を黄金色に染め、朝の市場はいつもの喧騒に包まれていた。露店の間を異種族の住民たちが忙しなく行き交い、焼きたてのパンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。獣人の子供が果物をくすねようとして母親に叱られ、ドワーフの商人がハンマーを叩く音がリズミカルに響く。まるで中世ファンタジーの絵巻物に、現代の雑踏の活気を混ぜたような光景だ。

佐藤太郎、30歳、元サラリーマン。いや、今は冒険者「タロウ」として、この異世界で生きている。トラックに轢かれて死に、気づけばこのエルドリア王国に転生していたのだ。転生特典として授かった「無限収納」と「全言語理解」のスキルのおかげで、言葉の壁はなく、荷物の心配もない。現代知識を活かし、簡易な発明品——例えば、木製の簡易水車や、紙製のメモ帳——を売りさばいて、街ではちょっとした有名人だ。

「タロウさあん! 今日もリンゴ、買ってくよね?」

市場の片隅で、少女エルナがニコニコとリンゴをかごから取り出す。15歳くらいの彼女は、亜麻色の髪をポニーテールにまとめ、そばかすがチャームポイント。粗末な服からは貧しい暮らしが伺えるが、笑顔は太陽みたいに眩しい。

「エルナ、昨日も買っただろ。俺の収納スキルがいくら無限でも、リンゴだらけになるぞ?」

太郎は苦笑しつつ、ポケットから銅貨を数枚取り出す。彼女のリンゴは甘酸っぱくて、地球のコンビニスイーツを思い出す味だ。

「えー、でもタロウさんの発明品、めっちゃ売れてるじゃん! ほら、昨日もあの『ペンシル』ってやつ、貴族の奥様が買い占めてたよ!」

エルナが身を乗り出して言う。確かに、太郎が作った鉛筆もどきは、羊皮紙に書き込むのに便利だと評判だ。

「まあな。でも、金は冒険の装備に消えるんだよ。剣とか、魔法の素材とかさ」

そう言いながら、太郎は腰の短剣を軽く叩く。冒険者稼業は、モンスター退治や遺跡探索でそこそこ稼げるが、リスクも高い。この世界の「日常」は、いつだって命がけだ。

市場を抜け、太郎はいつもの酒場「銀の角笛」へ向かう。木造の建物は年季が入り、入り口の看板は風に揺れてキーキーと音を立てる。店内は、昼前だというのにすでに賑やかだ。

「おーい、タロウ! 遅えぞ、酒が温まっちまう!」

奥のテーブルで、ドワーフの戦士ガルドが大ジョッキを掲げる。赤銅色の髭をたくわえ、筋骨隆々の彼は、見た目通りの豪快な性格だ。隣には、エルフの魔法使いリリアが静かに本を読んでいる。銀髪を三つ編みにし、尖った耳がわずかに揺れる。彼女の青い瞳は、いつもどこか遠くを見ているようだ。

「ガルド、朝から酒って、お前の肝臓はミスリル製かよ」

太郎は笑って席に着く。リリアが本から目を上げ、軽く微笑む。

「タロウ、今日も市場で女の子とイチャついてたの? エルナちゃん、君のこと気に入ってるみたいだけど」

リリアの声は涼やかだが、どこか意地悪な響きがある。

「やめろって、ただの世間話だよ! お前もエルナのリンゴ食ってみろ、飛ぶぞ」

太郎は顔を赤らめつつ、テーブルにリンゴを放る。ガルドがガハハと笑い、リリアが小さくため息をつく。この三人組は、冒険者ギルドで知り合って以来、なんだかんだで一年以上パーティを組んでいる。

酒場での雑談は、いつものように他愛もない。ガルドが最近のゴブリン討伐の武勇伝を語り、リリアが新たに覚えた魔法の理論を説明する。太郎は聞き役に徹しつつ、頭の片隅で考える。

この世界、悪くないよな。地球じゃ、毎日同じデスクで書類と睨めっこして、残業して、寝るだけだった。あの頃の俺、生きてるって感じなかったな…

ふと、窓の外の空を見上げる。青く澄んだ空に、雲がゆったりと流れている。だが、その瞬間——

「なんだ、あれ!?」

酒場の客の一人が叫び、窓を指差す。太郎の視線が空に吸い寄せられる。そこには、キラキラと輝く小さな光点が、ゆっくりと動いていた。

「星…じゃねえな。昼間だぞ」

太郎は目を細める。光点は、まるで金属が陽光を反射するように、不規則に瞬く。酒場の客たちがざわつき始める。

「神の使いか!? 聖なる光だ!」

「いや、魔王の前触れだろ! 昔、こんな光が現れて村が焼けたって話が…」

客たちの声が重なり、店内が騒然となる。ガルドがジョッキを叩きつけ、リリアが本を閉じて立ち上がる。

「タロウ、あれ、魔法の気配じゃないわ。自然現象でもない…何か、異質なものよ」

リリアの声に、普段の軽さが消えている。太郎は黙って光を見つめる。心臓がドクンと跳ねる。

あれ、UFOだろ…マジかよ!?

地球での記憶がフラッシュバックする。深夜のテレビで見た、SF特集。銀色の円盤、グレイ型のエイリアン、ビーム兵器。あの光点は、異世界の「神の使い」でも「魔王の前触れ」でもない。明らかに、地球のSF映画に出てくる宇宙船そのものだ。

「タロウ、どうした? 顔が青いぞ」

ガルドが心配そうに言う。太郎はハッと我に返り、笑顔を貼り付ける。

「いや、なんでもない。ちょっと…眩しかっただけだ」

本当は叫びたかった。お前ら、これUFOだぞ! 宇宙人だ! 侵略パターンだろ! でも、この世界の住人にそんなことを言っても、頭のおかしい奴扱いされるだけだ。転生者であることすら、誰にも明かしていない。

夜になり、街はまだざわついていた。光点は一度消えたが、夕暮れ時に再び現れ、今度は複数の光が空を舞うように動いていた。広場では、司祭が「神の審判」と叫び、商人たちが荷物をまとめて逃げ出す準備を始めている。

太郎は酒場の二階、自分の部屋の窓から空を見上げる。光点は、まるで街を観察するように、ゆっくりと旋回している。

これは…偵察か? それとも、もっとヤバいことの前触れ?

ふと、地球での記憶がよみがえる。東京のワンルームマンション、誰もいない部屋でテレビだけが点いている夜。会社の同僚とも、家族とも、ろくに繋がれなかったあの孤独な日々。

「この世界じゃ、仲間がいる。ガルドもリリアも、エルナだって…でも、俺の知識、どこまで役に立つんだ?」

独り言を呟き、太郎は拳を握る。光点が一際強く輝き、街の上空でピタリと停止した瞬間、遠くで誰かの叫び声が響いた。

「来るぞ! 天の災厄が降りる!」

街がパニックに飲み込まれる予感を、太郎は肌で感じていた。

(第1話 終わり)

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