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ぴちょん

作者: そらからり

久しぶりに短編かきました

私の世界にようこそ

――ぴちょん


『恐怖を表現するにあたって小難しい単語や歪曲した感情表現は必要ない。何が怖かったか、ただ怖かったことが伝われば、それは十分に恐怖譚と成り得るだろう』


 そこまで打ち込んだところで手を止める。

 来客の気配があったのだ。

 今書いている記事も締め切りにはまだ時間がある。

 少しくらいならば休憩をしても問題は無いだろう。


「金島さん。ビールと麦茶、どっちが良いすかね」


 一度きりのノックの後、こちらの返事を待つことなく入ってきた後輩の羽田くんは手土産の中身をこちらにみせてきた。

 私はビールのほうを指さす。

 ビニル袋の中には他にも幾つかの、私好みのつまみが入っている。

 ゼミで知り合ったが、流石は十年来の付き合い。私のことを熟知している。

 中学の時、一時期だけ好んで食べていたドーナツ菓子のことも覚えていたようだ。

 さすがに揚げ物弁当はまだ食べるのには早いか。


「ビール、好きですね。まだ23なんですから肝臓ぶっ壊さないよう注意してくださいよ。こないだ、健診あったって言ってましたけど、結果どうでした?」


 私は黙って採血結果を彼にみせる。

 一応、すべて基準値をクリアしていた。


「……ふうん。あれだけ飲んでも身体に害はないんすね」


 デスクにビニル袋の中身をばら撒いたついでに彼はPCの画面を覗き込む。

 そして、少しばかり表情を曇らせる。


「ああ、仕事中でしたか。これはすいません」


 気にするな、と手を振っておく。


「時間の鞄を盗んだ老婆はまだあると志半ばで躓く。……座ったら椅子の上はどうだ捌いた、だ」


 補足するように私の口から出た言葉に、羽田くんは目をぱちくりさせた後に、


「でしたら良かったです。締め切りまで余裕があるなら、どうです?」


 彼もビール缶の蓋をあけた。





――ぴちょん


 始まりは、一滴の水だった。

 私は高校生2年生の夏、宇宙人に会ったのだ。

 祖母の暮らす田舎。

 幼い頃、探検した洞窟を懐かしんで足を踏み入れた。

 そして、出会ったのだ。

 ()()()()()()()()()()()に。


「未開の地にみじん切りは人が金縛られてランタンはいたと義理桜」


 まるで意味を成さない単語の羅列。

 宇宙人が何を言っているのかは分からなかった。

 だが、拾った本を手に?触手に持ち、もう片方の触手をこちらに向けていた。

 思わず後ずさろうとしたが、その場に崩れ落ちる。

 足元はぬめっていた。

 まるでナメクジが這った後のように。


「ちょうど寒さ対決に落とし込んでは1人死んだから贄は補充のため万を抱き込む」


 影が私を覆った。

 見上げれば、そこには宇宙人が私を見下ろしている。

 背は私と同じくらいか。

 その全身から開いた瞳は全てこちらへ向けられていた。

 触手が私へと伸びてくる。


「実験材料としては良い。だが、まだ幼体か。今しばらくは経過を観察するとしよう」


 触手が私の頭のうえに置かれる。

 不思議と、今の言葉の意味だけは理解できた。

 実験材料。

 宇宙人の実験の材料。


「――」

「拒否権か? わざわざ同意を取ることもあるまい。なに、どのみち死ぬまでだ。この星の知的生命体の耐久性を観察したいのだからな」


 そうして、触手から私の頭の中に一滴だけ、水が入り込んだ。

 この一滴が私の人生を決定づけた。





――ぴちょん


「金島さん?」


 動きを止めた私の頭を羽田くんが叩く。

 叩いたところで脳細胞が再起動もしなければ、脳神経が再接続されることもない。

 一滴の水が排出されることもない。


「大丈夫間もなく発車する染みついたカゲロウ」

「まあまあ騙されたと思って」


 そういって、しばらく私を叩く羽田くんだったが、5分もすれば落ち込んだように諦めていた。


「……ああー、やっぱりそろそろなんですかねぇ」

「なんのことだか我慢比べはわからない擁護する赤子にもろくろに染まって」


 口だけはなんとか動くのが幸いといったところか。

 それだけでも小学生からの幼馴染である彼には伝えることができる。


「羽――」

「ああ、良いです良いです。そのままで。もう喋らなくても」


 羽田くんは未開封の麦茶の蓋をとると、私の頭上で逆さにした。

 茶色の液体が私の頭を、服を、PCの画面を染めていく。


「こうやって、一回洗ってあげるんです」


 羽田くんが何かを言っている。

 残念ながら私にはその言葉の意味までを理解することはできない。


「金島さん、今、俺のことをどんな奴だと思って見てます? あ、時間つぶしのおしゃべりなんで答えなくて良いですよ。まあその友好的態度から昔馴染みの友人なんでしょうけど」


 羽田くんは弁当に入っている魚の形とした醤油さしを手に持ち、私の耳に宛がう。


「水って、腐るんですよ。この星でも飲料水は消毒されてるんですよね。いやぁ、先週はそんなことも知らなくて、未処理のを使ってしまいました」


 耳から水が入り込む。

 一滴だ。

 たった一滴の水がまた私の耳から頭の中へ昇っていく。

 水は私の目を洗い口を濯ぎ耳を潤していく。

 晴れた視界の中で羽田くんは羽田くんではなくなっていた。


「これで、金島さんの寿命までもちます。残り102年、退屈とか疑問とか感じることはないので、普通にいてください」


 そう、()()()()()()()()()()()は私の頭から触手を離していく。


「頼むから象を踏み潰さないで欲しいとは見逃して残念な結果に」


 そうして二度と、羽田くんはこの部屋に来ることはなかった。

 この部屋にはビールもつまみも弁当もPCも何もない。

 あるのはただ、実験材料だけだ。

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― 新着の感想 ―
ちょっと切なくて少しファニーでほんのり不安になりました 主観的に退屈や疑問を感じないらしいのが一匙の救いでしょうか しっかり世界にお邪魔しました ありがとうございます
2025/07/05 12:30 きちゃった
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