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 ぱち、とシヴァは目を瞬かせる。此処はリネン室、今はきっと夜だろう。

 地下だというのに、シヴァが時間を正確に知ることができる理由は、シヴァ自身にも分からなかった。ただ、窓を見ずとも外の時間が何となく分かる。それが、昔からの彼の得意技だった。

 ⋯まあ、そもそも外に出られたことなど片手分くらいしかないのだけど。


 ぶんぶん、と頭を振って、嫌な記憶を隅に追いやる。嫌な記憶だ、本当に。苦くて、泥まみれ。

「⋯はあ」

 苛々した気分を落ち着かせるようにため息を吐いても、気分は変わらない。ずっと地下に住み着いているからか、ジメジメした気性が自分に移ってしまったようだった。

 ぐい、と勢いをつけて立ち上がる。自分がいる部屋の隅。そのちょうど対角に位置する隅には、王女──シルクの持ってきた“要らない布”がたくさんあった。それこそ、床の冷たさを忘れるくらいに。


 そう言えば。最近は殆ど毎日のように来ていたシルクが、今日は一度も来なかったな、と思う。何か問題でもあったのだろうか。

 まあ、単なる世話役に過ぎない。来ても来なくても同じだ。──そう考えて、シヴァは首を振った。シルクが来ないと言うのなら丁度いい。今日は満月でないといいけれど。そんな呟きを残して、シヴァはふらりと歩き出した。

 夜の散歩は気持ちいい。今日は何処へ行こうか。



 息が白い。そんなに寒かったのか、とシヴァは思う。──シヴァには時間感覚がない。ないと言うより失った、の方が適切だろう。

 シヴァが閉じ込められて最初に失ったものはそれ(時間感覚)だろう。日が今どれくらいか、などは感覚的に分かるが、具体的な日付やら曜日やらは分からなくなってしまった。

 まあ、それで困ることはなかったから、別にどうでもいいと思う。シヴァが何より困ったのは食料問題だったから。

 運良くというか、恐らく知っていたのだろうが、食糧庫では余り物の野菜や肉があったりするから、時々それを盗んでは食べていた。飢えの苦しさにも慣れ、今では数日食事をしなくとも平気だ。


 シヴァは建物の影から、そっと城外を見渡した。シヴァの潜むリネン室は、城の外壁と直接繋がっている。だから、シヴァはこうして時々夜遅くに、散歩に出掛けるのだ。

 警備兵は月に一度、誰も見回りに来ない時間がある。どうやらその日は兵の休日調整で、仕事は日中まで、と決めているそうだ。もちろん事件だとかが入れば仕事にはなるけど。

(⋯良いことだ)

 シヴァはふと、シルクの話を思い返す。


『前王が、色々改革する人だったから』

 前王。もしかすると、シヴァの記憶にある憎い人間と関係しているかもしれない。もしくは彼自身が⋯

 そこまで考えて、シヴァは空を見上げた。真っ黒の夜空に、ぽっかりと明るい月が浮かんでいる。──三日月。この国では、三日月は負の兆しとして知られていた。今はどうか分からないけど。


「不吉、か」

 シヴァはそうは思わない。何故なら、シヴァの生まれたその日は、三日月の日だったから。しかし、シヴァは自分が生まれなければ良い、と思ったことも、自分の過去を恨んだことも一度として無かった。

 多分、シヴァは人よりネガティブになりにくいんだろう。それで片付けるのもどうかと思うが。


 平和だ。光の少ない中、ボンヤリとそんなことを考える。ひたすらに平和だ。

 ただ、やっぱりシルクがいないとなんだか落ち着かない。


 その理由を、シヴァはまだ知らない。

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