六
投稿時期、早めました。11/30→11/16
来月はまた月末投稿するかもしれません。大晦日なのでちょっと早めるかも。
引き続き、お楽しみください。
「⋯また、来たのか」
そう呟く青年に、王女はにこりと笑みを作って言う。
「そりゃ、こんなに面白い部屋があれば来るわよ」
王女が地下室へ押し入ってやって来てから早数週間。毎日のように押しかけた結果、すっかり王女はこの部屋の常連になっていた。
この地下室に入り浸ってわかったことが幾つかある。
一つ、彼は王城の者に、殆ど存在を知られていないこと。別棟の掃除を担当しているメイドにそれとなく聞いてみたところ、『リネン室の幽霊』が怖いと言う話以外はそれらしいものはなかった。恐らく、彼の存在に尾ひれが付いたのだろう。
もう一つ。彼は、王族を酷く嫌っている。これに関しては王女の推測だ。彼は教えてはくれなかった。しかし、そう考えると不思議なものだ。王族を嫌っているというのに、何故王城などに住んでいるのだろう。
「⋯おい、ガキ」
青年の、王女を呼ぶ声で王女は現実に引き戻される。とはいえ、
「ガキは言い過ぎじゃなくて?これでも私は王女なのよ」
「名前知らないからしょうがないだろ」
「知らないの!?」
大声を出してしまい、青年の肩が跳ねる。気持ち後ろに下がった気もする。
⋯そう言えば、彼は大声を出したことがない。滅多に声を荒げない。かと言って、ひそひそ声も聞いたことがない。
此処の幽霊と言い、王城に住んでいることと言い、何かあるのだろうか?
「⋯まあ、いいわ」
「?どうした」
王女は首を振る。はあ、とため息をつくと、肩からサラリと髪が流れた。
そんなことより、と王女はわざとらしく咳をして、青年の前に立つ。
「いい?覚えなさいよ?私の名前は⋯─」
そこでふと、王女の言葉が止まる。此処で名前を言うと、何かが終わる気がしたのだ。嫌な予感とも言うべき何かが、王女を満たしたのだ。
あ、とかう、とか言おうとしても、声が出ない。というか、名前を言って何になるのだろうか。いや、何かにはなるだろう。特に、今後の青年との交流にも支障が⋯
そこで、王女はふと疑問に思う。『今後』とは何だろうか、と。
特別な関係性でもない。ただ、王女が楽しいと思っているからそうしている。それだけの関係だ。今後などあるのだろうか?
思考力は並、しかし考えすぎな王女は立ったまま、考え始めてしまった。
「⋯?」
一方、青年はそんな王女の混乱を知る由もなく、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。そりゃそうなるよね、という話だ。頭の中は誰だって覗けない。
しかし、思うところはあったのだろう。暫し王女を見つめた後、不意に呟いた。
「『シルク』」
「、⋯え?」
何のことだ、と王女は首を傾げて、青年の回答を待った。青年が続ける。
「名前だ。俺が分かればいいんだから、何でもいいだろ。お前は名前を言いたくないみたいだし」
「『シルク』⋯」
王女は無意識に髪を触った。この髪は王女のお気に入りである。絹のように滑らかで、美しくて、絡まることも滅多にない。王女が自分を好きでいられる所以の一つである。
「⋯なんだよ、悪いか」
ぷい、と顔を背けた青年を見つめて、ふと王女は気付く。
汚い布に隠れて汚れているが、耳の先が微かに──確かに、紅い。王女の胸がドクリと波打つ。何だろうか、この感覚は。王女の知らぬ感覚で、感情で⋯。
「⋯⋯⋯」
「な、んだよ。何か言えよ」
痺れを切らしたのか、はたまた照れ隠しか。青年が語気を強めて言う。それでも、シルクは目を細めて青年を見つめていた。
「っ、お前いい加減に、」「し、『シヴァ』」
「⋯あ?」
ドクドクドクと胸が早鐘を打つ。顔は赤くなってないだろうか?頭が真っ白だ。
青年しか、見えない。
「⋯⋯⋯」
彼は何かを察して、静かに俯いた。その名を吟味しているようだ。
沈黙。シルクが耐えきれずに口を開こうとして「まぁ、いいんじゃねえの?」
そんな言葉が、遮った。
「⋯え」
「センスは悪くねぇ。ちょっと気取ってんのが嫌だけど」
「それ、って」
「で、お前はどうなんだよ」
「え」
「『シルク』っていう名前は気に入ったのかよ」
「も、もち、ロン⋯気に入り、マシタケド」
「聞こえない」
「気に入っ!たわ!」
「煩い」
「は、はい⋯」
青年──シヴァは愉快に笑った。それはシルクがこの数週間で見たことのない笑顔であり、余りに薄汚れた地下室に似合わない、快活なものだった。
シルクはシヴァの口調が砕けたものに変わっていたことなんて知らないし、自分の本来の口調が飛び出たことを自覚していない。
シヴァはどうかな。




