五
──ぴちょん。ひたひた。
此処に閉じ込められて、何日経った?
──ぴちょん、ひたり。⋯ガン。
太陽の光を直視できなくなって、何年経った?
──ぴちょん。ぴちょん。⋯ゴト
この暗さに慣れてしまって、感情が機能しなくなって。
──ぴと、ぴと。⋯コツ、コツ
一体、何日経った?
「⋯⋯っ、ぃたっ⋯⋯」
そんな、声が。耳を掠めた。思考の海に落ちていた自分の意識が、浮上する。
「─!」
と同時にヒュ、と喉が鳴った。
困惑、驚愕。でも、決して敵意はない。それだけは言える。自分が敵意を抱く理由など、あるわけがない。
今の声は高さからして女性だろう。足音の幅からして子供──恐らく、だが。
でも、そうなると疑問が浮かんでくる。此処は別棟とは言え、王城だ。子供が遊び半分で来ていいところでは⋯いや、自分の知る限り、王城を余裕たっぷりに歩ける子供たちはいる。知っているはずだ。
そこまで考えて、はたと気付く。
──奇しくも、答え合わせは同時だった。
「⋯あ、あら?人がいたの?ごめんなさい!」
「───!」
城下の者より、爵位を持った貴族よりも豪勢な私服。王の血筋を表す、白髪と紫目。
ほら、大正解だ。
⋯⋯⋯
⋯
王女が驚いた理由は、二つある。
一つは人が住めなさそうな、埃まみれの地下の一室に人がいたこと。
二つ目は、その地下室というのが驚くほど手入れが行き届いていなかったこと。
王はこのことを認知しているのだろうか、という疑問が浮かんで、消えた。
多分、王が知らなくても宰相あたりは知ってるはずだろうから。彼らが対策してないということは、する必要がないということ──要は、ここにいる人は“不必要”と判断されたことになるからだ。
目の前の人間が鋭い視線を向ける。布団だか布だかを深く被っているため、顔は分からない。おまけに声も知らない。
王女はぽけっとした顔で考える。
うん、これはやっちまったな。
未婚女性(特に王族)が男性(多分)の部屋に無断で入るなど、あってはならない。絶対、あってはならないのだ。
「えーと。失礼したわねー⋯」
だから王女はそう言ってそっと扉の外へと出て行って──
「⋯待て」
ぐい、と。服の裾が引っ張られる感触がして、王女は部屋の中に入った。というか、倒れ込んだ。尻餅をついて、王女は驚く。ちらり、と部屋の主を見上げようと振り向いて見ても、主本人は壁に顔を向けているから見えない。
「おーい」
「⋯⋯⋯」
沈黙。
さて、今の声からしてこの人間は恐らく男性だ。ということは、未婚女性の王女が男性の部屋に無断で入ってきたわけだ。
王女はうんうんと頷き、「ダメじゃない!」と叫ぶ。男性が肩をびく、と震わせて部屋の隅に寄った。
⋯いけない。これは早急に男性に色々聞かねばならない。
「⋯あの、」
意を決して口を開く。恐る恐る出した声は微かに震えていた。
「⋯⋯⋯」
「えーと、」
「⋯⋯⋯」
「取り敢えず、さよな⋯」
「駄目だ」
おっと。部屋から出てはいけないようだ。しくじったか。そう考えて、この状況を結構楽しんでいる自分がいることにニヤつきながら王女は「はあ」と曖昧な返事をした。
しかし、まずい。いかんせん相手が会話を続ける意思を持たないので、会話が続かない。気まずさの流れる空気に、王女は耐えられないのだ。
「そ、とは」
不意に、男性が口を開いた。王女は次の言葉を待つ。そとは⋯何だ。
「外は、どうだ」「ソトハドウダ?」
オウムのように繰り返してしまった王女は慌てて口を押さえる。
此処は埃っぽくて、カビ臭くて、多分長時間はいられないだろう。
だから、早いところ帰りたいのだが、男性はどうやらすぐには返してくれないらしい。
「⋯王、とか」
「あー!」
ポン、と手を打って王女は気付く。
「貴方、ずっとこの部屋の中にいるの!?凄いわね、何で?」
一気に喋ったからか、身体がまだ喋り足りないと疼く。
「⋯⋯⋯」
「まあいいわ。王?王様はアレよ、良い人よ、多分だけれどね。前王が色々改革するような人だったじゃない、労働改革とか。私は生まれてないのだけど。だから比べられることもあるけど、でも割と上手くやってるんじゃないかしらー?」
「──⋯!」
王女が頭に思い浮かんだ言葉を片っ端から出して行くと、前王の名が出てきたところで男性が反応する。布越しでも、その驚愕が伝わってくる。
「⋯そう、か」
話し終えた王女に男性はそう言うと、手の甲を振る。どうやら、帰ってくれと言っているようだ。
(帰るなと言ったと思えば、今度は帰ってくれ⋯)
自己中心的だな、と思いながら王女は「それじゃあ、また来るわねー」と呑気に部屋を出て行く。
多分、此処にはすぐにまた来るだろうし。
⋯⋯⋯
『また来るわね』????
待て待て待て。どういうことだ。いや、つまりまた来るということだ。
それは分かる。いや、納得できかねるが理解はできる。「うん」とは言えない。言いたくないが。
そんなことよりも。あんなに傍若無人に接したと言うのに、愚痴の一つも漏らさずに自分の言葉を待っていた。埃とカビだらけのこの部屋にもかなりの時間いた。身体に悪いぞ。
「分っからん…」
王女らしからぬ人間だ。ベッドとして使っている布に身を投げ出す。彼女は何故ここに来たのだ?というより、何故ここが分かった?
「導かれた⋯なんて」
真逆、ね。
フラグだよ。




