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 ザワザワと騒がしい声が遠くに聞こえる。早めに昼ご飯を済ませた王女は、料理長のOKを貰って、とある場所にいた。

 即ち、食糧庫である。

 因みに先ほどチラリと見たら、クリフは仕事が多すぎる、と目を回していた。何やら大食い競争なるものが開催されたらしい。そんなものやれば食材なぞなくなるのでは、と王女は思った。


「⋯まあいいわ。そんな事より、よ」

 そう呟いて王女は下を覗き見る。


 厨房の隣、第一食糧庫には王女は何度か入ったことがある。

 というか、第一食糧庫という名前だが、此処は大抵『倉庫』と呼ばれることが多い。食糧庫と言うには小さいからだろう。

 うんうん、確かに。王女は一人、納得する。


 だから、王女が行きたがっていた食糧庫はその地下にある、『第二食糧庫』なのだ。

 そーっと、再び王女は下を見る。思っていたより暗いのは気のせいだろうか。

 もしかしてもしかすると、階段前に掛けてあるこのランタンを使って降りなければいけない、とか。いやいやいや、そんなことは、ない、はず⋯。


 と、ここで王女の視線が一点で止まる。ランタンの上に貼られた張り紙の内容が、王女の体を固まらせた。


『食糧庫に行く人へ

 ランタン持ってね!!暗いヨ!!!

しぇふより』


 ⋯。

「く、く、クククク⋯ぐぅ」

 遂に壊れた、という訳ではない。ただ、ゴールまで行ったら先回りされた。

 そんな気分なのだ。


 王女はその場に、静かにしゃがむ。

「暗いよねぇ…やっぱりか」

 そう愚痴って。


 因みに王女は暗いところが余り好きではなかったりする。別に怖いとか、苦手とかではないのだ。

 ただ、余り暗闇というものを体験したことがないため、腰が引けるとか。そういう類の「好きではない」なのだ。

 再三、王女は下を見る。螺旋状になっている階段は、底が暗闇に覆われていて見えない。多分、そこまで長いわけでもないと思うが、余り一人では行きたくないのが本音だ。

 ぞわり、と背筋が粟立つ。いや、いやいや。別に怖いとか思ったわけではない。


『あっはっはっはっは⋯』

『おーい、もうちょっと〜』

『居酒屋じゃな⋯』

 地味に、外から聞こえてくる食堂の笑い声が更に王女の孤独を加速させる。酷く、冷たい風が吹き上げてくるような気がして、王女は胸を抑えた。

 恐怖を抑える為に呟く。


「大丈夫、私はこの国の第一王女…」

「善悪正邪を判断でき、無辜の民に手を差し伸べられる王族の一員⋯」

「そんな私よ?暗闇如き何するものぞっ」

 そう息巻いて、ランタンを少し乱暴に引っ掴んで、うおお、と階段を降りて行ったのが多分、大体数分前。



「⋯やっぱり、ジュノと行くべきだったかな」

 こんな泣き言を言っているのも、王女である。

 結論から言うと、王女の苦手なものの欄に『暗闇』が加わった。以上。



 蜘蛛の糸が視界の端に見えた時から、王女の心の中には嫌な予感が渦巻いていたのだ。そして、その予感は的中した。



「ぴぎゃっ、虫⋯じゃないじゃん」

 野菜の端を虫と勘違いし、



「何これ。チーズ⋯んぎゃー!!む、む、む、む、⋯」

 チーズと間違えて虫の巣を突き回してしまったり、



「電気、電気ぃっ!?」

 電気を探して、ぐにゃりとしたもの(後でよく見ると、腐った野菜だった。いや、それだけでも不快感はあるのだが)を踏んだり。


「もういや⋯。かえる⋯」

 王女は瀕死になっていた。



⋯⋯⋯



「ぷっ、あははっ!王女様〜、やっぱり私がいないとダメですねえ〜」

 愉快愉快、と嗤うジュノを睨み付ける余裕もなく。王女は椅子の背に体を預けた。

 この際、マナーだの王族としての何ちゃらなど気にしてはいけない。というか、王女は気にしたことなど一度もない。

 それが(父親)の頭痛を加速させている原因だと気付いてもいない。


「⋯ジュノ」

「んふ、ふふっ、あはは⋯何ですか〜?」

「三割減額」

「──っへぁ!?」

 まあ、侍女からはちゃめちゃに舐められたおかげで少し、ほんの少ーしだけ、いつもの調子を取り戻した。


「また行ってくるわね」

 王女は気を取り直して立ち上がる。先程より元気になったおかげか、幾らか心に余裕が出てきた。

「⋯は、はい⋯」

 落胆して項垂れている侍女など、見ていない。

 向こうが悪いのだから。


 さて、別棟はどこだったかな。

 ようやく始まりそうな予感。

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