三
ふんふん、と歩く王女は、今現在城探検中である。何故かは省こう。昼終わりに食糧庫を案内される(多分)らしい。だからそれまでに十は部屋を回っておこう、と考えて、王女は先ほどまで王の私室にいた。
因みに側仕えの人たちに揃って怒られた。別に良いと思うのだが。だが、急に現れた王女にびっくりしてメイド長が戦闘体勢に入っていたし、王女も悪い部分はあるのだと自覚している。
「さあて、これで五つ目ね」
鍵束を見ながらそう呟き、王女は楽し気に笑う。
「うわ、笑うとアイツに似てますね、王女様」
不意に王女の背後からかけられた声。王女が慌てて振り向くと、そこには長い髪を一纏めにした美青年がいた。
「⋯ルイ、様」
「はーい、王女様。何でしょうかー?」
ああ、この軽薄な感じ。幾ら言っても直そうとしない間延びした口調(クリフは良いのだ、王女自身が許可したから)。
現外交大臣ハルマンの嫡子、ルイ・トーレクだ。因みに、王女の兄の幼馴染でもある。
「王子様には参りましたよー、先程まで仕事してたのにちょっと目を話した隙にどっか行くんですもん」
どうやら、ルイは王子⋯王女の兄を探しているようだった。ああ、と納得してから王女は言う。
「先程、自主練している騎士団に混ざって練習を受けているのを見ましたよ。多分、気が変わったんじゃないですか?」
「あちゃー、あれが王になるとはこの国も終わりですねー」
「貴方、私の前でそれ言えるの⋯」
あはは、王女様も王族でしたねー、と笑うルイの笑顔はやはり読めない。というか普通に良い顔だな。騎士団の場所を確認してくるので、恐らく今から連れ戻しに行くのだろう。
まあ、王女はあまりルイと話したくないので話を早めに切り上げられたのは良い事だが。
「⋯あ、そうだ」
ふと、ルイが足を止める。王女は何だ、ともう一度ルイを見た。
彼の長い髪がふわりと揺れる。⋯あれ、窓なんて開けられていたっけ?いや、それよりも。
王女は何故か、ルイの端正な顔に釘付けになっていた。
「その鍵束、王城の全ての部屋が開けられるんでしたよね?」
その表情に、いつものへらへらとした笑顔はない。彼自身の中で、何かあったのだろうか。
「ええ、まあ」
曖昧に王女が頷くと、ははあと言ってルイは黙り込む。ルイと余り一緒にいたくない王女はそっと尋ねた。
「ねえ、もう行っても良いかしら?」
「──あ、構いませんよ」
何がしたいのかしら、と疑問の残る王女はしかし、すぐに割り切って別の部屋を探すことにした。
⋯⋯⋯
⋯
王女を見送ったルイは、何の感情も付いていない表情で目を瞑る。彼の脳裏に、いつか読んだ本の内容が浮かび上がる。
『そんな経緯により、王城の地下の───室は人の近付かない場所となった』
(⋯全く、部屋の名前が分かっていたなら)
あの王女の様子では、遅かれ早かれ彼は見つかってしまうだろう。それはまずい。
いや、彼に王女を傷付ける意思さえなければ、ルイは別に構わないのだ。誰が何をしようと自分とルイの仕える第一王子に害さえなければ。
(こんなことを言えば、また怒られるかな)
酷く人間性が欠如したこの性格を、母は冗談だと笑い飛ばした。自分でも、かなり異常性のある性格だと認識している。
だから、隠している。笑顔で隠しているのだ。
「あ」
不意に、同じ本に書かれていたとある一文が思い浮かんだ。
「『彼はいつも笑っていた』⋯その通りだな、本当に」
まあ、王女が彼に接してもある程度は何とかなるだろう。もし何やら秘密がありそうなら、ルイから王女に接触すればいい。王女が傷付いても、ルイが悲しむことなどないのだから。
一体、彼とは?