「覚醒者」
こちらの作品は性犯罪を題材にしており、軽度な行為の描写が含まれます。
そういった内容の話が苦手という方は、読まないことをおすすめします。
作者的な制限は十五歳以上です。ですが、あくまで作者にとっての感じかたなので参考程度に。
それでも構わないという方のみ、読み進めてください。お願いします。
「おや、二人で一緒に来たの。珍しいじゃない」
数日後、俺と明音の二人は、例の夢魔体質持ちのターゲットの事で勢度さんに呼び出され、池袋支部に来た。
「ああ、ついさっきまで明音……もごご」
「何でもありません、司令塔。先ほどまで、祥司さんと共に事件についての見解を話し合っていただけですので」
勢度さんの質問に俺が答えている最中、隣に並んで立っている明音に口を塞がれる。
というか、なぁにが「事件についての見解を話し合っていた」だよ。この前切られたお前の服を買いに出かけてただけだろうがい。
そんでもって、まさか下着屋に連れて行かされるとは思いもしなかった。この間のショッピングモールでの仕返しのつもりか。
「フフ、仲がいいのは構わないけれど、任務に支障をきたさないようにね」
「心得ています」
と、何やら明音に向かって目配せをする勢度さん。やっぱり遊びに行ってたことバレてんじゃねぇか。
「それで? 早いとこ本題に入りましょーよ。ターゲットについて何か分かったんでしょ?」
「そうだね、いくつか分かったことがある。けれどひとまず、彼の話を聞こう」
勢度さんが手で指した方向に俺と明音は視線を移す。
と、その先には白衣に身を包んだ、いかにも研究者らしき人物が腕を組んで立っていた。
「日本生物科学研究所の田所君だ。それなりに優秀な人材だよ」
「オイ、それなりは余計だろう。これだから知能指数の低い人間は」
勢度さんの紹介に不満があったのか、悪態をつきながら俺達へと寄ってくる研究者。
田所と呼ばれたそいつは、改めて挨拶をするどころか分厚いA4用紙の束を投げ渡してくる。
「それが今回の研究対象「万羽香奈」の調査結果だ。読め」
「は……⁉」
ざっと五百ページくらいありそうな紙の束を渡され、しかもいきなり「読め」と言われたことで明音が不快感を露わにした。
「こ、これを今から読めと⁉ 冗談じゃないですよ! 一ヶ月あっても足りません!」
「ほぅ、読めないのか。ならば読まなくていい。だが、今すぐこの場から出て行け。前提の理解出来ていない奴にする話などない」
「な――っ! それを解説するのがアナタの役目でしょ⁉」
「違うな。私の役目は研究し、その情報を正確に記すことだ。貴様らの知りたいことは、全てそこに記されている。それを読む事すらできないのか? 凡人は」
「くううぅぅぅっ‼」
顔色一つ変えずに正論を述べる田所に言い負かされ、明音は顔を真っ赤にして憤った。
この二人の相性は最悪だな。話が進まないったらない。
「まーまー。えーと、田所さん。実は俺、こういう論文を読んだことがなくてさ。ぶっちゃけ読み方知らないんだわ。って事で内容教えてクレメンス」
「それは貴様の怠慢だろう。自己の怠慢によって生じた己の欠損を他人に埋めさせようとは、とんだ愚か者だな。研究者への冒涜ですらある」
おっとぉ、フレンドリーにいくためにあえて口調を崩したのが原因か? カミソリ以上の切れ味で返ってきたぞ。
「いやいや、そぉんなつもりはないよ。ただね? 俺達がコレを読んで誤解したら、それを正すのは田所さんの役目になる。それは面倒だろ?」
「――何が言いたい」
「要するに「二回も解説するなんて面倒くさいことせずに、口頭で一回説明して終わらせちゃいましょー!」ってことよ。おーけー?」
俺が手を叩きながらそう言うと、相変わらず腕を組んだまま気難しそうな顔をした研究者は、溜息を吐いて俺の提案を受け入れた。
「チッ――。まあいいだろう。その代わり一度しか説明しない。質問も受け付けない。それでいいんだな」
仕方なく、といった感じで確認する田所に俺は笑顔で頷き、田所は勢度さんに向き直った。
「オイ、この支部にプロジェクターはないのか」
「プロジェクター、ではなく立派なモニター付きの部屋があると言っておこうかしら?」
「フン。だったらそこへ案内しろ。今すぐに」
何に苛立っているのか分からないが、田所は勢度さんに部屋の場所を聞くと、俺達二人を先導してその部屋へと向かった。
◇
「さて。ではこれより、今回の調査対象の調査報告を始める。だがその前に」
部屋に着くなり、持参したタブレットを手早くモニターへと接続した田所は、椅子に座る俺達に質問を投げかける。
「貴様ら、夢魔体質についてどれくらい知っている?」
「詳しくは知らない。発動すると周囲を興奮状態にさせることくらいかね~」
「……それだけか?」
「そう、それだけ」
素直にそう答えると、田所は頭を抱えだした。
「――まさか基礎すら知らない馬鹿共だったとはな」
「だからあんたに教えて貰うんでしょー。ほら早くっ!」
「分かっている。だから机の上に乗せた足を下ろせ。それは人の話を聞く態度ではないだろうが」
そのご指摘に俺が足を下ろすと、田所はようやく説明を始めた。
「まず、夢魔体質という体質についてだが。そのような体質は存在しない」
「はい? じゃあアナタは、夢魔体質により引き起こされる事件を何のせいだと言うんですか?」
「黙れ凡人。説明をしろと言ったのは貴様らだろうが。黙って解説を聞くことすら出来ないのか」
そう言いながら、田所はモニターへ接続したタブレットを操作する。するとモニター画面にでかでかと人のイラストが表示された。
「夢魔体質の本質は、外部から移植された細胞だ。本来、人には存在することのない細胞。さしずめ「夢魔細胞」と言ったところか。それを他の細胞が取り込み、体を構成している細胞の一部だと誤認することによって体に定着する」
田所の説明に合わせて、モニターに映し出されたイラストが変化していく。
「ほー。てことは「がん細胞」の親戚みたいなもんか」
「……まぁ、大きく外れてはいない。がん細胞のように拡大していくことはないがな。ただ、コイツは厄介な性質を複数持っている」
「厄介な性質、ですか?」
「そうだ。真っ先に上げられるのは、貴様らも知っている「周囲の人間を興奮状態にさせるフェロモンを発するようになる」事だろうが、そんなものは薬の副作用に過ぎない」
再び田所がタブレットを操作する。と、今度はイラストではなく箇条書きにされた文字が映し出される。
「まず一つ、この夢魔細胞は女性にしか定着しない」
「「は?」」
「貴様ら、気付いていなかったのか? 夢魔体質による性犯罪の被害者は女性しかいないだろうが。ブラックリストの名簿を見れば、全員女性であることなど一目瞭然だろう」
「い、いやまぁ……言われてみればそうなんだけどさ」
たしかに、夢魔体質持ちの男とは会ったことがない。今まで特に意識したこともなかったが、こうして言葉にされるとなかなか衝撃的事実だ。
「話を戻す。夢魔細胞が女性にしか定着しない理由だが、この細胞は女性ホルモンと深い関わりがあってな。いや、その前にホルモンと細胞の違いを解説するべきか?」
「い、いや。二つの違いについてはまた別の機会に頼むよ」
「そうだな。今ここで説明したところで貴様らが理解出来るとは思えん。まぁ要するに、だ。問題はこの夢魔細胞が、女性ホルモンの内分泌器官でありながら標的器官として機能していることだ」
「どういうこと……?」
明音が理解出来ないという風に疑問の声を上げる。と、それを聞いた田所は準備していたとばかりにモニター画面に新たなイラストを映し出した。
「つまり。夢魔細胞というものは、女性ホルモンが与える信号を受け取り、それを糧に女性ホルモンを分泌しているということになる」
「で、それの何が問題になんのかな?」
「分からないのか? 人体の中で永久機関が成立してしまっているんだよ」
そう言って田所はタブレットを操作した。すると、モニターに映されたイラストが動き出す。
簡略化して表わされている女性ホルモンが、夢魔細胞へと信号を送る。と、夢魔細胞は新たな女性ホルモンを分泌する。それの繰り返し。田所の言ったとおり、永久機関が成立していた。
「夢魔細胞は比例的に女性ホルモンを分泌させていく。事実、貴様らが捕縛してきた調査対象も女性ホルモンの分泌量が異常なまでに高かった。……だけなら良かったんだがな」
「ま、まだ何かあるの? もう十分、その細胞が驚異的なのは伝わったんだけど」
「成人女性が持つ、女性ホルモンの標的器官はそう多くない。そして、夢魔細胞自体も女性ホルモンの受け皿としては小さい方だ。すると、夢魔細胞によって増幅されるだけされた女性ホルモンの行き場が少なくなる」
「まさか……」
俺が呟くと、田所は「その通りだ」と言わんばかりに頷いた。
「夢魔細胞の持ち主は女性ホルモンの宝庫だ。より女性らしい特徴が強調されるだろう。しかし、それでも分泌は止まることなく加速していく。よって、体内に抱えきれなくなった女性ホルモンは、体外へと一気に放出されるのだ」
その説明と同時に、モニターの画面に映っていた風船が破裂した。
「その現象が、貴様らの言う「夢魔体質の発動」というものだ。理解出来たか?」
「夢魔細胞ってやつの特徴は、まぁ。でも、なら男に定着しない理由は何なんだ? 男にだって女性ホルモンは流れてるって聞いたことがあるけど」
と、田所の説明によって新たに生まれた疑問を俺は口にした。しかし田所は、これについては即座に答えず、言いにくそうに顔を逸らした。
「それは、だな。……男には夢魔細胞の定着する器官が存在しないからだ」
「だからさ、その器官が何処なのかを知りたい訳よ。分かる? 何かの役に立つかもしれないし」
俺がそう聞くと、田所は深い溜息を吐いてボソッと口にする。
「――子宮だ」
「「…………」」
よく聞こえなかった、もう一度言って欲しい。と言うのは流石に酷だろうか。
いや、でも俺の聞き間違いという可能性が僅かに残っている。それを正すのは必要だろう。
「ごめん、なんて言った?」
「――だから、「子宮だ」と言っただろう」
……………………。
大きく息を吸って、吐いて。深呼吸を繰り返す。そうやって自分の精神を落ち着ける。
そして俺の口から放たれた言葉は――、
「エロ漫画じゃねーか」
「私に言うな! 誰だってそう思っているだろうが‼」
そんなやり取りをする俺の横で、明音は俯いてぷるぷると何やら悶えている。
「はあぁぁ……ま、いいや。そんで、なんか役に立つ特徴とかないの? 夢魔細胞があるかどうか見極めるためのさ」
「ぐ――っ。あるには、ある。だが、それは既に貴様も知っているはずだぞ」
「俺も知ってる? ちょっと心当たりがないね。どんなものなのか教えてよ」
「チィィ――っ! あぁいいだろう、教えてやるとも! 夢魔細胞を持つ女性は、その下腹部、ちょうど子宮の位置がある辺りに、怪しいピンク色を放つ紋様があるんだよ!」
「ぶふぅ――っ‼」
ああ、面白い。まさかこの嫌みな研究者がそんな言葉を口にするとはなぁ。意外と可愛いところあるじゃないか。
当然、俺は知っている情報だったが。面白いものを見れたという、それだけで十分価値がある。
「……おい、貴様ら。笑い転げていられるのも今のうちだぞ。この「女性ホルモンの暴発」という事態は、すでに危険領域に達しているのだからな」
「んぇぇ? だぁいじょうぶでしょぉ。てか腹痛ぇ」
「現状、この夢魔細胞を除去する手段はない。むしろ、女性本来の備わっている機能として次の世代に受け継がれているくらいだ。そして、暴発による影響は、何も強制的に興奮状態にすることだけではない」
真面目なトーンで話す田所に、俺の笑いも引いていった。他ならぬ田所の態度が、日本の状況が破滅まで秒読みであることを物語っている。
「暴発によって気をあてられた女性の体にも、変化が出始めている。夢魔細胞がないにも関わらず、女性ホルモンの分泌量が増加し始めた。そして直ぐに、夢魔細胞を引き継いでいる世代の活性化が始まるぞ。この意味が分からないほど馬鹿ではないよな」
迫真の田所の説明に、俺は固唾を飲み込んだ。
「端的に言おう。貴様らの捕縛した調査対象は、次世代の夢魔細胞所有者だ。そしてそこにいる女性は、暴発にあてられて体が変化している初歩段階にいる」
「明音⁉ お前まさか……」
俺が反射的に明音の方を振り向くと、明音は口元と下腹部を押さえて悶えていた。
何も知らない状態だったら、ただの腹痛による吐き気を感じているのかと思ったかもしれない。だが、田所に説明された今、別の可能性が俺の脳裏をよぎる。
「始まるぞ。次世代の夢魔細胞所持者――「覚醒者」による、日本の国家転覆が。果たして、貴様らAVCの人間だけで対抗できるだろうか?」
煽るように俺へ向けて言う田所に、俺は一つ確認する。
「あんたは……その世界で生きていくつもりか」
「フン。研究者としては、これも人類の進化の道筋だと受け入れよう。だが、このような変化は総じて何者かによる介入があってのもの。自然的ではない。何者かの介入による変化など、たいして深みのない浅はかな変化に過ぎないのだ」
「何が言いたいんだよ。わかりにくすぎるだろ、あんた」
「つまり、だ。この浅はかで下らない進化を元に戻せるのであれば、私は貴様らに手を貸してもいいだろう、ということだ」
なるほど。
どうやら俺の思っていた以上に、今の日本は傾いているらしい。
性犯罪という、犯罪のラインが曖昧なものによって、国家転覆されかけていると。
そして、これから先の日本は、覚醒者により性犯罪が加速していくということか。
田所は「誰かの介入」と言っているが、誰がこんな馬鹿げた方法で国家転覆を企むんだよ。とんだ変態か、頭のネジが飛んでる奴しかいないだろ。
しかし、国家転覆であろうが殺人であろうが。その手段が性犯罪ならば問題ない。
「――俺はすぅぱぁなエリートだぞ? 国家転覆の阻止くらい朝飯前だ」
俺が田所にそう返すと、田所は満足そうに頷く。そして、
「では、解説を続けようか。貴様の捕らえた「覚醒者」は、私に多大な情報を落としていったぞ。狂喜乱舞するといい」
そう言って、田所による「覚醒者」の解説が始まった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
この作品は、作者が思った「NTR」や「レ○プ」系のエロ本への回答です。
そういう本に出てくる女の子たちは可愛いんだけど、救いがなさ過ぎる。というわけで、そんな女の子たちを颯爽と助けていく主人公の話なんか面白いんじゃないか? という意図で書き始めました。
そういった意図が上手く伝わっていれば幸いです。
こういう、エロを題材にした話を書くのは初めてで、拙いところがあるとは思いますがご容赦を。