1 さよなら
「こんなにも誰かを想うなんて、後にも先にも君だけだ」
そう言った少年の記憶を私は消した。
十歳という子どもの恋愛だったけれど、それでも私たちは真剣だった。
お互いの状況や立場を理解し、この息苦しい世界での癒しが彼だった。彼もきっとそうだったと思う。
もう二度と会わない方が良い。これは私の独断。
彼の中から「私」という存在を消した。……これで良かったのだと思う。
記憶を消したのと同時に、彼を眠らせた。
森を抜けた大きなお花畑で彼は何も知らずに寝ている。起きれば、私のことなど綺麗さっぱり忘れているのだろう。
きっと、夕方になれば、衛兵たちが彼の元へと駆けつけてくる。
記憶を消すのは簡単だった。魔法をかければいい。
ただ、自分に魔法をかけることが出来ない。これからもずっと、心の片隅に彼がいるのだろう。
……そう思うと、ちょっと悔しい。
私も忘れよう、貴方を愛したことを。
「今までありがとう」
少年の綺麗な額に私はそっと口づけをした。
いつかまた違う形で出会えるのなら、今度は恋人になりたい。
まだ人生を十年しか生きていないけれど、私は本気でそう思った。
私たちは絶対に結ばれることのない運命なのだから、それを受け止めなければならない。
傷は浅いうちに……。
このサラサラの金髪に触れることも、この澄んだ青い瞳に私が映ることももうないのだろう。
彼はまさに物語から出てきた王子様そのものだった。
とめどなく涙が流れる。止めたいのに、止めることなど出来ない。私の涙が、彼の頬に落ちる。
こんなに苦しい思いをするのは私だけでいい。
貴方は全て忘れて、幸せに暮らして。
自分のエゴだと分かっているし、貴方がこんな終わり方を望んでいないことも知っていた。
でも、こうしなければならない。貴方が王子で私が魔女である限り。この終わり方が最もハッピーエンドなの。
安心して、私もそのうち忘れるから。