魔女に成った日
この世界には魔法や魔術といった力が存在する。
それは決して誰もが扱えるものではないが、比較的簡単な魔術を扱えるものはそれなりにいる。
特に王侯貴族などは魔術を権威として扱っており、優れた魔術の才を持つ者を取り込み、幼少期から魔術の知識を詰め込まれる。
決して多くはないが平民にも優れた魔術の才を持つものはいる。
しかし魔術とは数多くの先人達が積み重ねた叡智を学んで、ようやくその才能を最大限活かすことができる。
そのため平民の魔術師は誰かに師事を乞うか、独学で学ぶ者が殆ど。
しかしそういった事情も一昔前までの話。
魔術を学ぶための学園が各国に設立され、今では実力を示せば平民でも入学する事が可能である。
とはいえ、幼少期から魔術が身近な存在で、早い段階から魔術の勉強を初めている才能のサラブレッドたる貴族は依然優位であり、平民出で優秀な者は少数派に留まる。
エルネスタも平民の出自ではあるが、彼女は魔女になるべくして生まれた者。
世界が認めた存在であるため、例外中の例外である。
魔術学園に通う学生は一般的に〝見習い魔術師〟と呼ばれ、魔術を行使出来る者を指す。
晴れて学園を卒業したものや、魔術を使って職を得ている者は単に魔術師と呼ばれ、一人前の証である。
その上に優れた魔術師として評価されたものは、導師と呼ばれ敬意を向けられる存在であり、学園の教師は導師級でなければならない。
大魔道師ともなるとほんの一握りの魔術師で、魔術に没頭した研究者のような者が大半であり、体内の膨大な魔力が細胞組織を無意識に再生するため寿命が長い傾向にある。
そして、その長い人生の大半を使って魔術の先にある〝魔法〟という深淵を覗こうとしている。
偉大なる大魔導師として知られている、大魔導師アリエイスターは純粋なヒューマンでありながら、特別な延命手段を確立した訳でもなく、500歳程まで生きた。
長命種とされるハイエルフの平均寿命が500歳前後とされているため、ただのヒューマンでその寿命の長さはやはり大魔導師の称号に相応しい。
そんな大魔導師アリエイスターでも届かなかった〝魔法〟を行使するものは賢者と呼ばれ、気づけば不老の存在へと至っているらしく、半ば伝説上の存在とされている。
魔女という存在を除き、魔法を扱えたものは大陸の歴史上でも十二人とされており、そのうち三名は未だ存命中であるらしいが、その殆どが雲隠れしている。
魔女は多くの魔法を簡単に扱うが、賢者は一つの魔法に生涯をかける一極型。
むしろ他の魔法を研究していては効率が悪いのだ。
それほどまでに魔法をというものは、奇跡のような存在である。
そして最後に魔女。
唯一の存在であるといわれており、数多の魔法を自由自在に扱い、真なる魔法の深淵を覗いたもの。
不可能な事はないとされていて、その存在は目指す者ではなく信仰するもの。
◇◇◇
魔女が生まれると、魔女の住む空間が歪み、新たな土地が現れる。
それを〝魔女の土地〟と称する。
それは人の政治など知った事ないとばかりに、国の中に土地が発生したり、戦時中の国境線の間に土地が発生したりと、人間にとっては頭の痛い問題である。
ザンドラの土地は小国程の広さの土地であり原則、人々の間では魔女の土地は禁足地となっている。
しかしそこに民はなく、ザンドラは自身の魔女の土地で一人、森の奥の巨大な大樹をくり抜いた家で日々を過ごしていた。
初めてザンドラの家を見たエルネスタは、村の様式とはまったく違うその家のセンスに感動した。
ともあれまだ見習い魔女のエルネスタは、自身の魔女の土地ではなくザンドラの土地でしばらく過ごす事となる。
ザンドラとエルネスタの二人。
そしてザンドラの使い魔だという、カラビ=ヤウという名の、人語を話す黒猫一匹との暮らしが始まった。
初めの十年は魔術の修行。
この時点で既にエルネスタは大魔導師の実力と遜色ないレベルになっていた。
それは魔女の才というものを持っているからこその成長率。
しかしそこから先の魔法の修行は、そんなエルネスタを持ってしても大変であった。
外見年齢は十六歳程で止まっているが、魔法の修行を開始してから既に三百年。
それでも未だ魔法の深淵を覗いたとは言えない。
「ふむ、そろそろ頃合いか」
ふとザンドラが口にした言葉に何の事だろうかとエルネスタは思案する。
「エルネスタよ、ここ三百年余りお主は良く真面目に魔法の勉強に取り組んだ。今日よりお主は見習い魔女から、一人前の〝魔女〟とする」
「……はい?」
当然エルネスタはザンドラに遠く及ばず、魔法の深淵を覗くどころか、苦手な魔法すらある。
それなのにも関わらず一人前とはどういう事か。
「師匠、今の私の魔法の実力では、魔女と名乗るには些か以上に足りないと思うのですが?」
「まあ、確かに未だお主は未熟である。しかし魔女とはそういうもの。一から百まで教えては意味がないのだ。お主自身が一人で考え悩み、そうして自分自身の力を持ってして、魔法の深淵を覗かねばならぬのだ」
「はぁ……」
なんとなくわかったような分からないような。
エルネスタは曖昧な返事で答えた。
そんなエルネスタの態度を咎める事もなく、ザンドラはニヤリと笑って黒猫のカラビ=ヤウを抱いて、エルネスタへと渡す。
「えと……?」
「お主のサポート役じゃ。カラビは使い魔であるが、実はわしとの間に主従関係にはない。カラビを連れて自身の魔女の土地に赴き、そこで魔法の深淵を覗いてくるのだ」
「えぇぇ……」
「なんじゃ、何か言いたげだな」
「色々と言いたい事はあります。……でもそれが魔女の掟なら従いますよ。正直一人暮らしが面倒だなあ、なんて思っていません」
「よくもまぁ、師匠に飯を作らせたりと、この三百年随分コキ使ってくれたものだ。子供の頃は、それはもう可愛かったものだったのだが、いつの間にかこんなふてぶてしい娘に育ちおって」
アハハ……とエルネスタは目線を泳がせ所在なさげに、無理に笑ってごまかす。
話題を変えようと、エルネスタは自身が抱いているカラビ=ヤウに視線を向ける。
「カラビはそれでいいの?」
「そうだなァー。エルネスタは魔女としては色々と心配だしなァー。仕方ないからついてってあげよるナ」
気軽にエルネスタの使い魔となる事を了承するカラビ。
その様子を見て、ザンドラはうなずく。
「お主はまだ行った事のない場所への転移は出来なかろう? わしがお主の魔女の土地まで送ってやろう」
「いやー、普通に相乗り馬車にでも乗ってゆっくりと向かいますよ」
軽く答えるエルネスタ。
それに対して眉にシワを寄せる童女姿のザンドラ。
既に見た目は姉と妹といった様相だが、見た目の幼いザンドラの方が純然たる保護者なのである。
「む、不便ではないか?」
「不便を楽しんでこそですよ、師匠」
「まったく分からぬな」
「カルビはちょっと分かるかナァー。ザンドラも引きこもってばかりいないで、色々と旅して回ればいいとカラビは思うナ」
カラビの言葉に露骨に嫌そうにザンドラは顔を顰める。




