7 えんじぇるらんじぇりいず
「ここやねん」
お目当ての店の前にたどり着いた笑美は、そう言って紳士クンに微笑んだ。
それに対して紳士クンは、完全に顔をこわばらせながら尋ねた。
「ここ、なの?」
「うん、ここ♪」
笑顔で答える笑美。
その店は、大通りからひとつ入った通りに小じんまりと佇んでいた。
ショウウインドウには下着姿(、、、)の女性のマネキンが並び、
建物はピンク色を基調にしたメルヘンチックな造りになっている。
そして入口の上に掲げられた大きな看板には、可愛い丸文字で
『Angel Lingeries』
と書かれていた。
ランジェリーとは下着の事で、つまりここは下着屋さんだったのだ。
前を通る男性もチラチラ横目で眺めながら通り過ぎて行くが、
男がそう簡単には近づけないようなオーラを放っている。
そんなお店の前に、紳士クンと笑美は並んで立っていた。
ちなみに今更言うまでもないが、紳士クンは正真正銘の男である。
決して女装が趣味という訳でもない。
しかし笑美はこの店が目当てでここまでやって来た。
という事は、
紳士クンもこの店に入らなければならないという流れは火を見るより明らか。
そんな現実を、今の紳士クンは到底受け入れる事が出来なかった。
『新しい下着が買いたいとか言い出したら面白いわね』
夕べの撫子の言葉が紳士クンの脳裏に蘇る。
確かにこの状況を見たら撫子は腹を抱えて笑い転げるだろうが、
当の紳士クンは面白くも何ともない状況だった。
そんな中笑美は、紳士クンの手を引いて言った。
「そろそろ新しい下着を買おうと思っててん。さ、入ろ♪」
しかし紳士クンは額に汗を浮かべながらこう返す。
「い、いや、ボクは店の外で待ってるから、
何か欲しい下着があるなら、笑美さん一人で行っておいでよ」
「え?何で?乙子ちゃんも一緒に入らなあかんよ」
紳士クンの言葉に笑美は不服そうな顔をするが、
紳士クンは上ずりそうになる声でこう続ける。
「いや、ボクは、買いたい下着とかはないから。
買いもしないのに店に入るなんて、お店の人に悪いし・・・・」
「悪い事なんかないって。
さっきだって何も買わんでも普通に服屋さんとか雑貨屋さんに入ったやんか。
それと一緒やろ?」
「で、でも下着は、女の子にとってとても大切な物だから、
その・・・・・・」
「だからこそ、乙子ちゃんにも一緒に選んで欲しいんよ」
「どえええっ⁉ボクが一緒に⁉えっ、笑美さんの下着を⁉」
「そんなに驚く事ないやんか。
華子の奴はこういうのに全然興味なさそうやし、
『大した体つきでもないのに、そんなに下着にこだわってどうするんですか?』
とかバカにされそうやん?かといって一人で来るのも心細いから、
今日はどうしても乙子ちゃんと二人でここに来たかったんよ」
「そ、そう、だったんだ・・・・・・」
笑美の真剣な言葉に、紳士クンはそう言って頷いた。
(これはボクも一緒に入らないと、納得してくれそうにないなぁ・・・・・・)
そう思った紳士クンは、覚悟を決めてこう言った。
「分かった!僕も一緒に行くよ!」
「よっしゃ行こう!乙子ちゃんも気に入った下着があれば買うたらええし!」
「え、いや、それは・・・・・・」
等と言いながら、二人は店の中に足を踏み入れた。




