17 紳士クンをメイドにした理由
「え?何です?」
「このカレーを作ってもらう為だったのよ」
「ええ?そうなんですか?」
「そうよ。きっと神様が私にこのカレーを食べさせる為に、
あの時あんたの給仕カードを私に拾わせてくれたんだわ」
「希里お姉様って、カレーが好物なんですか?」
「ううん、別に好物って訳じゃないんだけど、
私のお母さんがまともに作れる料理って言ったら、
カレーかシチューぐらいしかなかったから」
「・・・・・・」
「何で黙るのよ?」
「いや、悪い事を聞いちゃったなと思って。スミマセン・・・・・・」
「別に悪い事じゃないし謝る必要もないわよ。
お母さんは自分で勝手に出て行ったんだから」
「あの、この事、学園の先生や友達には相談したんですか?」
「しないわよ。したって何も解決しないもの。
表向きは同情されて、裏では暇つぶしの噂話のネタにされるのがオチよ」
「そんな事、無いと思いますけど・・・・・・」
「そんな事あるのよ、女ってやつは。
表面上は可愛くて物分かりがよくても、一皮むけば欲と妬みにまみれて、
隙あらば自分にとって不都合な人間を引きずり降ろそうと企んでる。
女っていうのは、そういうしたたかな生き物なのよ」
「そ、そうでしょうか・・・・・・」
「そうよ。だからあんたはそういう女にはなっちゃ駄目よ?
ま、撫子さんの妹なら大丈夫だろうけど」
「そういえば希里お姉様は、
ボクのお姉ちゃんの事は嫌いじゃないって言ってましたよね?
いつもあんなに仲が悪そうなのに」
「だって彼女は、自分の感情を偽ったりしないでしょう?
腹が立ったら怒って、おかしかったら笑って、悲しかったら泣く。
それは人として凄く当たり前の事のはずなのに、
大人の世界じゃそれはよくないって事になってる。
でも撫子さんはそんな事はお構いなしに、
『素顔』で私に気持ちをぶつけてくれる。
それはとても勇気が要る事なのに、彼女はそれを難なくやってのけるの。
だから私は撫子さんの事が嫌いじゃないの。
こんな私とでも、真剣に向き合ってくれるから」
「そう、ですか・・・・・・」
希里のその言葉に、紳士クンは照れ臭そうに笑ってうつむいた。
そんな風に姉の事を褒められたのは初めてだったので、
何だか自分の事のように嬉しかったのだ。
すると希里はそんな紳士クンを眺めながら、優しい口調で言った。
「だから私、あんたをメイドにしたんだわ。
撫子さんの妹であるあんたを。
他の子だったら、絶対メイドなんかにしてないもの」
「・・・・・・」
そこまで言われた紳士クンは、照れるあまりにそれ以上何も言えず、
それを隠すようにカレーライスを口の中にかきこんだ。
そんな穏やかな空間の中、日鳥家の夜はゆっくりと過ぎてゆくのであった。




