15 日鳥希里という生徒
「あら、し──────乙子じゃないの。どうしたの?」
紳士クンが二年藤組の教室にたどり着くと、このクラスの生徒である撫子が、
紳士クンの元に歩み寄って来た。
その撫子に紳士クンは尋ねた。
「お姉ちゃん、このクラスに日鳥希里さんっていう人、居る?」
「日鳥、さん?」
その名前を聞いた撫子の目元が、わずかにひきつった。
そして一転して声をひそめてこう言った。
「確かにこのクラスに居るけど、彼女に何か用なの?」
それに対して紳士クンは、変わらぬ口調で言った。
「ボク、その人にメイドとしてお仕えする事になったんだよ」
「な、何ですってぇっ⁉」
撫子はやにわにそう叫ぶと、紳士クンの両肩を掴んで教室の外に押し出した。
そして廊下の壁際まで紳士クンを連れて行くと、ひと際声をひそめてこう続けた。
「あんた、それ本当なの?」
「え?う、うん、本当だよ?」
目を丸くして答える紳士クンに、撫子は尚も続ける。
「どうして彼女なのよ?」
「え?どうしてって、何で?」
「あんた、彼女がどんな人間なのか知ってるの?」
「え、いや、知らないけど・・・・・・」
「知らないのにどうしてカードを渡したりしたのよ⁉」
「それが、今日の昼休みに給仕カードを無くしちゃって、
それをその日鳥さんが拾ったみたいなんだ」
「ええ?」
等と話していると、撫子の背後に一人の人物が現れてこう言った。
「もしかして、あなたが蓋垣乙子さん?」
「え?あ、はい」
そう答えて紳士クンが撫子の背後に目をやると、
黒い髪を肩のあたりまでのばし、
赤くて大きなリボンを付けた女子生徒が立っていた。
ちなみに彼女は、紳士クンが昼休みに見かけたあの女子生徒だった。
その彼女はスカートのポケットから一枚のカードを取り出し、
それを紳士クンに差し出して言った。
「これ、あなたの給仕カードよね?」
彼女の言葉通りそれは紳士クンの給仕カードで、
カードの中央に『蓋垣乙子』と確かに書き込まれていた。
なので紳士クンはコクリと頷いて答えた。
「はい、確かにそれはボクの給仕カードです」
「そう、それじゃあ明日からよろしくね」
彼女は素っ気なくそう言うと、踵を返してそのまま立ち去ろうとした。
するとそれを撫子が慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って日鳥さん!」
「何よ?」
そう言って立ち止まる彼女。
ちなみに紳士クンはようやく、この素っ気も愛想もない彼女が、
例の日鳥希里だという事を理解した。
(やっぱりこの人が、ボクの給仕カードを拾っていたんだ)
その希里に撫子は語気を強くして言った。
「何よじゃないわよ。あなたそのカード、どうやって手に入れたの?」
「校舎の裏庭で拾ったのよ」
「じゃあ返してくれない?
それはこの子があなたに渡した訳じゃないんでしょう?」
「どうして?形はどうあれ、私はその子の給仕カードを手に入れたのよ?
それならその子は私のメイドとして、私に仕えるべきなんじゃないの?」
「そんな理屈が通る訳ないでしょ!いいからさっさと返しなさいよ!」
「大声を上げるなんてはしたないわよ撫子さん。
それにこれは私と乙子さんの問題で、あなたには関係が無い事でしょう?」
「関係あるわよ!乙子は私の大切な妹なんだから!」
「あら、そうだったのね。
顔はそっくりだけど、性格があまりにも違うから分からなかったわ」
「なっ⁉それどういう意味よ⁉」
「ま、まあまあ、お姉ちゃん落ち着いて」
顔に青筋を立てて声を荒げる撫子を、紳士クンはそう言ってなだめた。
するとそれをを見た希里はフッと笑い、
「短気で怒りっぽいお姉さんとは違って、妹さんの方は人間が出来ているわね」
と言い放ち、そのままスタスタと立ち去った。




