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変わらないものの美しさ。


「ひ、日向さん……その……恥ずかしいんですが……」


 日向さんに手を引かれ、駅のホームで電車を待っている。

 どこからツッコんで良いのか分からない位、私にとって初物尽くめで……

 でも、口元が緩んでしまうのは幸せな証拠である。


「イヤ?」


 首が取れそうなくらい首を横に振る。

 嫌な筈ない。

 ないけど人前は恥ずかしい。

 なんて贅沢な悩みなんだろう。


 日向さんは帽子にサングラス、それからマスクをしている。

 私以外、日向さんだと分かる人はいないんじゃないだろうか。

 こんな格好が流行ってるのかな……?


 電車は座る所がない位混んでいる。

 立っている人も多く、自然と距離が近くなる。


「結構混んでるね。雫はいつもどこで買い物とかしてるの?」


「近場で全て済ましてます。人混みが苦手なので……都会のおまちは人の流れが速すぎて、怖いといいますか……」


「おまち? それって方言?」


「ど、どうなんでしょう? その……おまちの事おまちって言いません?」


「あははっ、可愛いね雫は。おまち……うん、良いかも」


 少し恥ずかしいけど、日向さんが笑ってくれるのならそれで良い。

 

 時折揺れる車内、その度に密着してしまう。


「ご、ごめんなさい……立って乗るのは慣れなくて……」


「……じゃあこうしてよっか」


 優しく抱き寄せられる。

 わー……えー……幸せ……


 私よりも頭半個分程背の高い日向さん。

 チラッとだけ見上げると、サングラス越しの目が合った。

 

「ん?」


 優しく微笑んでくれて、少し抱きしめられて……ただただ幸せな時間が過ぎていく。


 電車から降りても、手を繋いだままだった。

 来たことのない駅で、人通りが激しい。

 この流れが私は苦手だ。

 歩く速さも何もかもがついていけなくて、私だけ取り残されてしまうから。


「人、多いよね。大丈夫?」


「そ、その……日向さんがいてくださるので…………でもやっぱり怖いです……」


 日向さんは壁際まで来てそのまま壁へもたれかかった。 


「こうやって止まってるとさ、なんだか私達だけ取り残されてるみたいだね」


 私と同じ事を考えてくれている、それだけで胸の奥が温かくなる。


「……苦手な所に連れてきちゃってごめんね。帰ろっか?」


「いっ、いやです!!」


「雫……」


「せっかくの……デートなんですから……その……」


 泣いちゃいそう。

 駄目だな私は……こんなんじゃ日向さんに嫌われちゃうよ。


「……こうやって手を握ったら少しは安心出来るかな?」


 指を絡めあわせて、まるで一つになったみたい。

 より近くに日向さんを感じる事が出来る。


「これさ、なんて言うか知ってる?」


「何でしょうか……?」


「恋人繋ぎ。ちょっと恥ずかしいね」


「こっ、こ、こ…………こ……」


 鶏みたいになってしまう。

 恥ずかしいよ……でも嬉しい……


 周りの雑音が気にならない位不思議な感覚。

 涙が頬を伝っていく。


「雫……大丈夫……?」


「ごめんなさい……最近色々な事が変わり過ぎて……私は変化に弱い人間なんです。勇気も度胸も無いし……いつも逃げてきたんです………でも、こうやって大切な人と一緒に手を繋げて……なんだか良いなって思ったら涙が出てしまって……支離滅裂ですよね、ごめんなさい……」


 その場で強く抱きしめられる。

 それは苦しい位に力強い。


「ひ、日向さん……?」


「ごめんね、私雫の事何も考えてなかった。雫に無理をさせてたなんて思わなくて…………でもね、それが凄く嬉しいの。私の為に一歩踏み出してくれたのかな、なんて思ったら愛しくて……」


「そ、そんな大袈裟ですよ……でも……ありがとうございます。私も……その……愛しいです」


 抱きしめられて、おでこにキスをして貰う。

 おでこから伝わるように全身が熱くなる。


「……雫に知って欲しい事があるんだ」


 そう言って日向さんは身につけている帽子やサングラスを取り始めた。


 私の事を真っ直ぐに見つめてくれる彼女の後ろには大きな大きな広告看板があって、その看板目一杯には─── 


「これって……日向さん……?」


 艶やかな写真、化粧品の広告看板に写っているのは紛れもなく目の前にいる日向さんだ。

 でも……どうして……


「雫、私は……」


《なぁ、あれ日向晴じゃね?》

《どれどれ?》

《日向晴?》

《えっ?ホンモノ!?》

《顔小さ!やばっ!》

《隣の子誰?》


「……雫、早足で行くよ」


「えっ?わわっ……」


 日向さんに手を引かれ、周りの人達と同じ様な速さでその場から離れる。

 こんなに早く歩いた事は無くて、気持ちが焦ってしまう。

 目が回り、思わず息をすることを忘れてしまう程。

 

「……もう大丈夫かな。ごめんね雫……雫? 大丈夫?」


「ハァハァ……ご、ごめんなさい……こんなに…………こんなに…………」


「雫……」


 情けない。

 私のような古いタイプの人間は、自然淘汰される運命なんだ。

 けど── 


「ふぅ……もう大丈夫です。ご心配をおかけしてしまいすみません」


「ホントに……?」


「少しずつでも変わりたいんです……その……日向さんと一緒にいたいので……」


 駅から出た人通りが少ない路地裏で、日向さんに抱き締められる。

 日に何回も。なんて幸せなんだろう。

 おでこにまた温かくて優しい感触がする。


挿絵(By みてみん)


「いいよ、変わらなくて。雫はそのままでいいから…………」


「日向さん……」


「ずっと一緒にいるから。そのままの雫が大好きだよ」


 なんて言ったらいいのか分からなくて、でもこの幸せな気持ちを伝えたかったから……私なりに抱きしめた。

 

「ふふっ……雫に見て欲しいものがあるの。こっち、おいで」


 手を引かれて、恋人繋ぎで歩く。

 私に合わせてくれているから、ゆっくりと。

 それが嬉しくて、つい口元が緩くなる。


「大人二人。席は……この隅の所で」


 連れてきてもらった所は……ここはどこなんだろう。

 何だか良い匂いがする。それに壁には様々なポスターが飾ってある。

 もしかしてこれって映画……?


 訳がわからない内に仄暗い席に座る。

 分かる事は、日向さんが隣りにいて手を繋いでくれている。

 それから、このポップコーンは美味しい事。


 多分ここは映画館。

 生まれてはじめて来た。

 映画を見たのは学校の授業くらいで、初めはそれが作り物だと知らなかった。

 その映画の女の子がとてもキラキラと輝いていたのを今でも覚えている。


 それから……今目の前で始まった映画に出ている女の子。

 誰よりも輝いていて、見る度に心惹かれる。

 

 私が好きになった人は、誰もが知る人気女優だった。


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