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蝉時雨


 本来ならばキャンプへ行く予定でしたが……あまりの暑さに予定を変更し、今日はお家の中で寛いでいます。

 最近の趣味であるギターを持ち、カポタストで移調したCmのアルペジオを淋しげに奏でながらカレンダーを見つめている晴さん。

 この日をとても楽しみにしていて……素敵なテントや道具一式、新調し今日着る予定だった服も淋しげに机の上で佇んでいる。

 

「蝉も暑過ぎて羽化渋ってるってネットのニュースで見たし……仕方ないのかにゃ。お風呂に入ってくるね」


 日課である半身浴へ向かった晴さん。

 あなたが喜ぶことならなんでもしたいけれど……今一番のことをしなければ意味がない。

 ゆっくりしている時間はなく、急いで準備に取り掛かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「はー、さっぱりした。雫も…………わぁ……凄い──」


 リビングへ戻られた晴さん。無垢に見開くその瞳は、天井へ幾つも張り巡らせたイルミネーションライトを取り込んでキラキラと輝いている。

 宛ら、童女の様に小走りで駆け回り……設置したハンモックの上へ気持ち良さそうに飛び乗った。

 お洒落なラグの上には今回使う予定だった新しいテント。アウトドアテーブルの上にシングルバーナーを置き、クーラーボックスには氷と炭酸飲料。それから、少し背伸びをして麦酒を少々。

 

 大切なのは……あなたと二人でキャンプをすること。だから……


「ようこそ、我が家のキャンプ場へ」


 あなたが買ってくれた、あなたお気に入りの服を着てお出迎え。

 両手いっぱい広げると、目一杯の愛を込めてあなたは私を抱きしめてくれた。


「……雫以上に私を好きな人なんていないよ」


「ふふっ、当たり前です」


「私より雫が好きな人もいないから──」


 その言葉を刻み込むように、あなたと深く繋がって……息の仕方を忘れてしまう程、あなたで満たされる。

 気がつけばあなたも新調した服を着ていて、シングルバーナーの上に置かれたヤカンがカタカタと音を立て始めていた。

 

「お家キャンプなんて……ふふっ、最高だよね。なんで気が付かなかったんだろう」


 掃き出し窓に隣接したテントから外を見つめ……稚なく笑うあなた。そんな景色を見に、物珍しそうにやってきたポン助。


「晴さん晴さん、狸ですよ?」


「ふふっ、ホントだ。何処から来たのかにゃ?」


 なんて、つい野外キャンプになりきってしまう。新しいテントの匂いが気になるのか、コロコロと転がり自分の匂いをつけるポン助。

 あなたが優しく頭を撫でると、いつも通り頬を擦り寄せる。


「ふふっ、可愛い。うちの子になる?」

「キャンッ!!」 


 その景色に嫉妬してしまう私。

 みっともないって分かっているけれど、猫耳カチューシャを着けてあなたのもとへ。

 野良猫のつもりだったのに…………本当、あなたより私のことを好きな人はいないのでしょう。


「どうしたの? 愛猫で大切な大切な私の恋人のしーちゃん♪」


 甘く喉を撫でられ、身も心もあなたの猫へ。

 ヘソ天の格好をすると……溢れる程の愛を注いでくれた。


「ふふっ、やっぱりこの服似合ってるね」


「ショ、ショートパンツにレッグウォーマーはあなたのお気に入りですから……にゃ。でもどうして好きにゃんですか?」


「だって、こうして艶かしい太腿を指で辿っていくと…………ふふっ、見える? 足の付根にある、下着とレッグウォーマーの境目。しーちゃんの絶対領域」


「お、陰陽道の結界の様なものでしょうか……?」


「もー。そういうところも好きだよ──」


 一匹の猫の嬌声を掻き消す様に響く雨音。

 そんな魔法を溶かす雨が、猫から人へと徐々に戻してゆく。


「凄い雨。最近夕立も増えたし……すっかり夏なのに、蝉の声だけは聞こえないね」


「……ふふっ、大丈夫ですよ。蝉吟も一両日です」


「えっ?」


「せっかくのキャンプですし、水遊びしませんか?」


 私の言葉に驚くあなた。手を取って、裸足で庭へ駆け出した。

 全てを洗い流すかの様な篠突く雨に笑うことしか出来ず……そんな私を見たあなたは、芝の上へ抱き倒す様に私共々雪崩込んだ。

 目も開けられない程の雨粒に、笑い合う。


「ハハッ!! あー、楽しい。散々な筈なのに……不思議。元気が出てくるね」  


「……この雨が熱を冷まし地面を柔らかくして、地中で待つ蝉の幼虫へ羽化前最後の栄養源である水分が届けられるんです。夏の空を目一杯に羽ばたく為に…………ふふっ、私達と同じですね」


 寝転ぶあなたへ覆い被る様に、私があなたの傘になると……重なり合う柔らかな接点へと、雨水が染み入ってゆく。 


「栄養……届きましたか?」


「…………もっとちょうだい」


「ふふっ。今年の夏も……目一杯、楽しみましょうね」


 夜涼、夜半の夏。

 星の光目掛け昇る數多の土の精達が、空蝉を残し夏色に染まっていく。

 慈雨から受けた恩を返す感謝の鳴き声は……蝉時雨。


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