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水天一碧


「ふぇぇ……何時見ても目移りしてしまいますねぇ……」 


 彼女の実家へ向かう道中、手土産も兼ねてアイスクリーム屋に寄った。

 入口にあるメニューが描かれた看板を見つめながら悩む彼女。この店もそうだけど、珈琲ショップなんかの対面式が苦手らしく、頼みたい物が決まるまではレジまで行けないそう。


「晴さんは決まりましたか?」


「うん、大体ね」


 こういう時は何も考えないことにしている。

 だって──


「いらっしゃいませ、こちら季節限定のフレーバーです。ご試食如何ですか?」


「あ、ありがとうございます……いただきます…………ふぇぇ、美味しいですねぇ……」


「商品はお決まりですか?」


「そ、そのですね……えっと……」


 試食品を出されると、それも買わなければ失礼なんじゃないかと彼女が葛藤してしまうから。


「私、今食べたやつください。雫はどうする?」


「わ、私は──」


 ペロペロと幸せそうにアイスクリームを食べる彼女。その愛らしさに思わず見惚れてしまって、溶けて手に垂れてきたアイスクリームと陽射しの強さが私を引き戻す。

 アイスクリームが付いてしまった手を彼女へ差し出すと、顔を真っ赤にさせながらペロペロと舐めてくれた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「暑い!! 虫多すぎ!! もう嫌なんだけど!!」


「文句ばかり言うな! 手を動かしなさい!」


「うっさい、やってるし!!」


 彼女の実家へ着くと、休む間もなく作業着を着せられて畑仕事をさせられる。

 私はなんの為にここに来たんだろう。


「その胡瓜は食べ頃だろう。今食べる分だけ採って雫の所へ行きなさい」


 私が植えた苗から立派に育った胡瓜を手に彼女を探すと、井戸の隣で採れた野菜を洗っていた。


「お疲れ様です。暑いですよね? 麦茶を用意してあるので飲みま──」 

  

 棚田が見せる水天一碧、噎せ返る程の草の匂い。モンペ服とスカーフ付き麦わら帽を被った彼女が、頬を赤くさせながら微笑む。

 エモいとか……そんな軽い言葉じゃ片付けられない激しい情操が抑えられず、彼女を強く抱きしめた。


「は、晴さん……?」


「ごめん、我慢出来ない」


「…………ふふっ。では、ほんの少しだけ待てますか?」 


 私が採ってきた胡瓜の皮を薄く適当に剥ぎ切り込みを入れ、醤油ベースの調味料と一緒にジッパー式ポリ袋へ詰める彼女。

 それを井戸水と氷の入った木桶に浮かべ冷やしている。


「食べ頃になるまで……いいですよ?」


「……唆すのが上手なんだから」


 深い軒の下……はらりと落ちた麦わら帽を、薫風が揺らしていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「はー、やっと終わったー。もう二度とやりたくなーい」


「全く、しだらない……」


「米だって野菜だって農家じゃないんだから作らなくてもいいのに」


「生きる為に食べる。食べる為に作る。汗を流せば日が暮れ、腹を満たせば日が昇る。その繰り返しだ」


「ふふっ、生きるの大変過ぎ」


「……苦労をしなさいと言っているわけではない。が、本来生きていくというのはそういうことだ。私から見れば都会の人間など家畜にしか見えん」


「ホント、辛辣な人」


 夕端居、彼女が手を振りながらこちらへ歩いてくる。

 夏を呼び込むように、せっかちなヒグラシがカナカナと何処かで木霊させている。

 私から駆け寄って抱きしめると、彼女の抱えていたトウモロコシが地面に転がっていく。


「は、晴さん、その……父が見てますし……」

  

「ねぇ、さっきお父さんが言ってたんだけど……腹が減るから食べる。食べるから作るんだって。じゃあ……好きだったらどうすればいい?」


 瞳を潤ませて頬を染める彼女。

 目を瞑り……愛らしく踵が上がっていく。


 唇同士が触れ合い、ヒグラシが笑う夏の宵。

  

 腹が減るから食べる。

 食べるから作る。


 好きだから……キスをする。


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